うつろい化生する紅色
―紅花染めの褪色をデザインする―
(大学院)工芸デザイン分野 森 淳子
紅花染め・月山和紙
1.制作研究の概要
本制作研究は、紅花染めにおいて不可避とされてきた「褪色」という現象を、欠点や劣化としてではなく、「うつろい化生する色」として再定義し、新たな美的価値として提示することを目的とした。紅花染めは光と時間の経過の中で、鮮やかな濃紅からゆっくり色が抜け、薄紅に変化し、黄味を帯び淡くくすんだ落ち着いた色合いへとうつろい変化する。その過程がまるで「人生」ならぬ「色生(しきせい)」とでも呼ぶべき生きた色の変化であることから、筆者はこの現象を「化生(けしょう)」と呼ぶこととした。
紅花染めは、鮮やかな紅色を生み出す一方で、光や湿度の影響を受けやすく、色が褪色しやすい特性を持つ。本研究ではこの特性そのものを否定せず、光・時間・環境との関係の中で変化し続ける色を、表現の核として捉え直す試みを行った。
具体的には、山形県で栽培される最上紅花(もがみべにばな)で、同じく山形県の月山和紙(がっさんわし)を染色し、日光曝露や遮光条件を変えた褪色実験を行った。その結果、褪色の速度や色調の変化は、光量や設置環境、季節などによって大きく異なり、意図的に完全に制御することが難しいことが確認された。
この実験結果をもとに、紅花染めの和紙を用いたアート作品と、日常で使用・着用できるアクセサリー作品を制作し、完成形を固定しない「変化し続ける作品」として提示した。
2.制作研究の背景・意図
最上紅花を使用した紅花産業は江戸時代に最盛期を迎えたが、明治期以降、安価な紅花の輸入や化学染料の普及により急激に縮小した。最上紅花は、日本文化の色彩観を象徴する歴史的資源であると同時に、現在では希少性と脆さを併せ持つ存在でもある。こうした状況を踏まえ、最上紅花の産業的・文化的価値をいかに継承し、現代社会に接続するかが重要な課題となっている。
さらに、紅花染めには「褪色しやすい」という避けがたい特性が存在し、現代の価値基準においては、この性質がしばしば「欠点」あるいは「品質の劣化」として評価されてきた。
本研究では、この「褪色という制御できない変化」そのものを排除するのではなく、受け入れ、デザインとして活用することを制作意図とした。
日本文化には、変化や劣化を否定せず、時間の痕跡を美として受け入れてきた価値観がある。金継、襤褸、貫入、緑青、根来塗などに見られるように、使い込まれ、変化した状態が「育ち」や「景色」として尊ばれてきた。こうした美意識を背景に、本研究では紅花染めの褪色もまた、「うつろい」として肯定的に捉え直せるのではないかと考えた。
3.制作研究の位置づけ
本研究は、染色技法の保存や再現を目的とする工芸研究ではなく、褪色という現象を起点に、デザインの視点から素材と向き合う制作研究である。
完成形の美しさを追求するのではなく、時間の経過によって変化し続ける状態そのものを作品の一部として提示し、鑑賞者や使用者がその変化に関与する構造を重視した点に特徴がある。
紅花染めに内在する特性を現代の生活や感覚に接続し直すことで、「保存されるべき伝統」ではなく、「使われることで意味が更新される資源」として再解釈する試みであり、伝統と現代デザインを横断する実践として位置づけられる。
4.本研究が提示する視点 ― 変化とともに生きる色へ
本研究が提示するのは、紅花染めの褪色という特性を欠点や劣化ではなく「うつろい化生する色」と再定義し、その現象をデザインとして取り入れることで、紅花染めを保存すべき過去の遺産として固定するのではなく、現代の生活の中で使われながら意味を更新していく素材として捉え直す視点である。
褪色は制御できず、均一に再現することも難しいが、その不確実さこそが、色を完成された結果ではなく、共に生き、育てる存在へと転換する契機となり得ることを示した。
本研究で用いた手法や表現方法は、いずれも完成形として固定化されたものではなく、素材や形状を変えることで、褪色がもたらす表現の可能性はさらに広がると考えている。本研究で得られた知見は一つの到達点であると同時に、今後の制作研究の出発点でもある。これからも「うつろい化生する紅色」の可能性を継続的に探求していきたい。
最上紅花から抽出される色素で月山和紙を染め、和紙を層に重ねてアクセサリーを制作。一番上の層に黒いテープを貼り、模様を作る。
紅色が褪色し、色が変化したタイミングで黒いテープをめくると下から鮮やかな色が現れ、新しい景色が生まれる。
アクセサリーを付けている間も褪色は進む。その人、その人の使い方や保管の仕方で褪色の進み方が異なり色合いも変わる。
紅花染めの褪色をインテリアとして楽しむアート作品。紅花染めした和紙の上に、紅花を模した型紙を重ね額に入れ、壁に飾る。
褪色前の紅花染めした和紙と型紙
型紙の間から覗く紅色が褪色していく様を時間の経過と共に楽しめる。その後、型紙を外せば、新しい風景が生まれる。移ろう紅色を育みながら鑑賞ができる作品。
(左上)褪色前 (中央上)褪色中 (右上)型紙をはずしている所 (下)型紙をはずすと新しい柄が生まれる
紅花染めの褪色をインテリアとして楽しむアート作品。紅花染めした和紙の上に、黒いテープを貼り、遮光する。
時間の経過と共に褪色が進む。好きなころ合いで黒いテープをめくれば、鮮やかな色彩が現れる。いつ黒いテープをめくるのか?環境、時間、タイミング、手にした人によって、描き出される景色が変わってくる。
森 淳子
(大学院)工芸デザイン分野
3年前より紅花染めをはじめる。
山形県で栽培される最上紅花(もがみべにばな)の歴史や文化、色、製法、人々との関係性に強く惹かれ、作品だけでなくその背景も含めて伝える表現を志向している。
本研究では、月山和紙を紅花染めし、作品を制作した。
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