パッチワークキルトの原点を訪ねて
―草木染めログキャビンの旅―
(大学院)工芸デザイン分野 熊本 雅代
綿シャンタン・身近な草木など
『ログキャビンマンション』60×60㎝
『草木染めログキャビン色見本』40×56㎝
パッチワークキルト制作は、多くの時間をかけて、人の手で制作するものである。人間は、この世に永遠に存在するわけではなく限られた時間の中で生きている。そういった貴重な時間をパッチワークキルト制作に充てる。「パッチワークキルト制作が好き」という感情の背景には、作品の仕上がりだけに「美」が存在するのではなく、制作過程にも「美」や「価値」が存在すると考えられる。単に作品の完成を目的として制作するのではなく制作過程に視点を置き、そこから生じる景色の考察を作品に加え成果物とした。現在、「既に形がつくられたもの」に囲まれての生活が当たり前となり、時間短縮による「楽」を求めて便利なものに頼りながらの日常生活がマンネリ化している。そういった生活環境のなかで隠れた小さな楽しみや魅力を手縫いによるパッチワークキルトを通じて引き出すことへの模索を作品の制作と共に検討した。
第1章ではログキャビンパターンが作り出された背景や種類について述べた。アメリカの開拓時代から口伝えにより人々に広がったパッチワークキルトのパターンの中でも「ログキャビン」は、先人により導きだされた幾何学模様である。数学的要素を用いて作られたものであり、多くの知恵が凝縮されている。また、模様には開拓者の暮らしぶりが映し出されている。パッチワークキルトの歴史を振り返り、その当時に自らを落とし込み、原始的手法を用いることでパッチワークキルトの原点を探り伝統的なログキャビンの図柄の中に草木染めを反映させて第3章で述べる制作に活かしたいと考えた。
第2章では日本に「パッチワークキルト」といった言葉が定着する以前の江戸時代から「パッチワーク」と「キルト」といった技法の分類は曖昧ではあるが存在していたと考えられる。「百徳着物、背守り、刺子、千人針、雑巾、座布団型お手玉」の事例をあげ、人の手により縫い繋がれている制作過程に見える風景、時代背景から作りだす縫物に備わる人の心、人の手によって結ばれた糸の結び目から伝わる心情、生活環境から作り出された縫物、縫い目がもたらす実用的機能、簡単な構造で作られた「おもちゃ」からの新たなパターンの展開を考察し、第3章での制作に繋げ、第4章でのパッチワークキルトの新たな可能性へと展開させた。
第3章では「ログキャビンパターン」が作られたころに思いを寄せて制作を行った。これまでは、布を購入し、好みの布を手元に用意してからパッチワークキルトを始めていたが、今回の研究制作では、白い木綿の布に草木染めをすることから始めた。染色するための植物探し、時には、種をまき植物を育て素材づくりから制作を行った。また、便利な機械は使用せず、明治から昭和初期にかけて日本でも家庭で日常行われていた手縫いにより制作することで、制作過程を通してパッチワークキルトの原点を考察し、あえて遠回りすることにより、人と物との関わりだけではなく、人、自然、物との隠れた心理的な側面を探り試行錯誤のあり方やその過程においての面白さを追求した。ログキャビンパターンのストリング幅を自由に変形させる「ランダム」といったバリエーションの手法は、先達が導きだしたものである。この手法を用いてログキャビンが作り出された歴史を思い描きながら現在風に自身の思いを込めアレンジして制作した作品が『ログキャビンマンション』と題した作品である。各ブロックをマンション1戸の敷地と見立て、15cm角の枠に自由に間取りを描き、16戸のパターンを製図した。中心となる布は暖炉の火から暖かさを放つイメージをもたせるため、ビワの葉と鉄媒染によって丹色に染めた布を使用した。また、神社では、丹色の鳥居をよく見かけることがある。鳥居は材質が木材であることから、丹朱に彩色することで防腐効果が期待されている。ログキャビンキルトは、木組みをイメージして作りだされたものだ。今回の作品に使用した素材は、色褪せしやすいとされている草木染め布を用いた作品であることから、中心に丹色を用いることで耐久性と温もりを高める印象を与えることを目的とした。ログキャビンの特徴である明暗を用いて、部屋の日当たりをイメージしながらログを組んだ。集合住宅は戸建ての家とは異なり土との関わりを持つことが少ないことから人と草木とのふれあいに距離を感じるが、草木を使用して染めた布を使用することで、そういった距離を縮めたいと考え、現実に存在しない架空の建物を、パッチワークキルトを介して作品に落とし込んだ。
第4章ではパッチワークキルトの新たな可能性を「ログキャビン」から発信させた。第3章での制作から、草木の力を借りて植物との対話により導き出した愛着のある染め布を縫い合わせる制作の過程から、植物が放つ色を伝えたい気持ちが高まり、ログキャビンを『草木染めログキャビン色見本』へと展開させた。ログキャビンのパターンは、配置段階で、ブロックの向きを変えて配置することにより、多くの模様を表現させることのできる特徴を持ち合わせている。制作者にとっては、ブロックの配置段階は、変幻自在に模様を操ることができ、まるで平面に見える万華鏡のようである。こういった思いもよらぬ模様に出会えるひとときでもある。現在社会では、選択肢が豊富に存在するが、自ら選択肢を作り出すことのできるログキャビンパターンの展開は、制作過程によるパッチワークの魅力と考えられる。これまでの筆者の制作過程では、早く制作物を完成させたいといった気持ちが先急ぎ、自ら配置して、即座に縫いつなげるといった「個の楽しみ」によるプロセスで進めていた。しかし、『草木染めログキャビン色見本』制作では、作品が完成してから鑑賞者に見てもらうのではなく、ブロックをつなげる前の段階で、これまでパッチワークキルトや草木染めを経験したことのない方にも体験をしてもらった。布に色を染めることから始めた試行錯誤による制作過程を経たことにより、装飾性だけを目的とするのではなく、「草木、自然、人、もの」を拡大させて繋ぐコミュニケーションツールとしての機能を兼ね添えたパッチワークキルト作品を完成させることができた。今後も草木染めパッチワークキルトを通して「身近を繋ぐ」をモチーフに、新たな作品を展開させパッチワークキルトの魅力を発信していきたい。
草木染めログキャビン色見本
熊本 雅代
(大学院)工芸デザイン分野
祖母は身の回りにある素材を工夫して手縫いで針仕事をしていた。特殊な材料ではなく、ごく一般的な材料を使っての手仕事であった。しかし、日常生活に彩を与え温もりのあるものに仕立てられた。祖母との暮らしから自身も身近な素材を日常に取り入れ針仕事を楽しんでいる。
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