(大学院)工芸デザイン分野 佐藤 大地
共同社会工芸の概念図
共同社会工芸論 ―結合体と制作行為―
本研究はドイツの社会学者であるフェルディナント・テンニエス(1855-1936)が提唱した社会学的類型概念の一つである共同社会における工芸の制作行為の目的を明らかにし、これまでにない工芸の分類形態を構築することを目的とする。制作行為の目的に目を向けた分類を行うことで、工芸本来の役割と、工芸が包含している社会性と共同性を明らかにする側面も持つ。
本研究の背景には、筆者が過去に行なっていた中国の少数民族であるミャオ族のろうけつ染の制作研究がある。その研究過程で、彼らが個人の利己的な目的で制作行為を行なっていないことに気がついた。彼らの作った制作物はどれほど優れたものであっても、製作者の名前など残らず家族という共同体のために消費され、基本的に金銭などと交換されることはない。この事実は、個人の名誉や金銭を目的とする現代の工芸に対する懐疑心を生み、自身の工芸観を再考するきっかけとなった。
現代において工芸は、陶芸、染織、木工などに分けられ、主に視覚や触覚などから分類されている。しかし、視覚や触覚では認識することができない工芸の背景にある社会形態については十分に検討されることが少なかった。本来、工芸は人の生活や社会と密接な関係があり、工芸そのものに社会性が包含されている。そして、その社会性に基づく工芸の目的も様々である。これらのことから、社会的側面から工芸の目的を明らかし類型化することができれば、新しい工芸の分類形態を構築することができるのではないだろうかと仮定し、本研究に着手した。
テンニエスによれば、社会は人の意思の相互関係によって成り立っている。その意思の相互関係による集団は統一的に働く結合体として、人間が生まれ持った良心や誠実さなどの本質意思による前近代的な結合体と、自身で選択することができる打算や考量などの選択意思による近代的な結合体に分けられ、前者を共同社会、後者を利益社会と呼ぶ。利益社会を成り立たせる選択意思が、目的を達成するために合理的に選択されるのに対し、共同社会を成り立たせる本質意思は人間の本質そのものの無意識的な表現であるため、ほとんどの場合、合理的に選択されることはない。そのため、本質意思から発生する行為は、行為そのものに目的が包含されているという特徴がある。この特徴は当然、共同社会における行為の一つである工芸の制作行為も例外ではない。本研究は、それらの社会形態うち主に共同社会で行われる工芸を取り上げたものである。
共同社会は結合の紐帯によって、血縁を紐帯とする家族などの「血の共同社会」、地縁を紐帯とする村落などの「場所の共同社会」、神や技術を紐帯とする教会などの「精神の共同社会」の3つに分けられる。筆者は、それらの共同社会で制作される工芸を共同社会工芸と名付けた。共同社会工芸は、歴史的に持続してきた記憶に基づいて制作行為を再現できることに意味を持つ。したがって、同じ制作行為が行えること自体が社会的記憶や共感を持続するための重要な目的を持ち、制作物の良し悪しや制作者の名前などの個別性や、金銭的価値はほとんど考慮されない。
筆者はこれらの特徴を持つ共同社会工芸を3つの共同社会を背景に「血縁による共同社会工芸」、「地縁による共同社会工芸」、「精神による共同社会工芸」に分類した。血縁による共同社会工芸は血の共同社会で行われる工芸であり、生命を持続させるための記憶の体得と承継を目的とする。地縁による共同社会工芸は場所の共同社会で行われる工芸であり、同じ場所で他者と共同で生きていくための思慕と同化を目的とする。精神による共同社会工芸は精神の共同社会で制作される工芸であり、同じ神や技術を持つ者たちに対する献身と祈願を目的とする。そして、これらの3つの共同社会工芸の目的を明らかにしたことで、共同社会における工芸を制作行為の目的から類型化し、独自の分類形態を構築した。
本研究によって、共同社会における工芸の制作行為には、人間が共同で生きてきた記憶を送受信するための目的があり、工芸品はその記憶を送受信するためのメディアであることを明らかにした。そして、共同社会工芸の目的を明らかにしたことで、共同社会工芸に包含されている「人間の生まれ持った肯定的な意思によって集団を作る社会性」と「自己と他者との関係における相互理解によって記憶を持続させてきた、時間を超えた共同性」を浮き彫りにすることができた。
本研究は、工芸を分類する上で新たな視点による分類方法であり、工芸の新しい捉え方への挑戦であった。本研究における独自の工芸分類は、これまでの主流であった視覚や触覚的特徴による物質的な側面からの工芸分類から解放されたものであり、工芸の捉え方を広げることができた研究であったと言える。
共同社会の多層構造
目的と制作行為の関係
佐藤 大地
(大学院)工芸デザイン分野
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