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木彫り熊、器になる

ー民芸品の文化的価値を陶芸で再生するー

(大学院)工芸デザイン分野 中井 幸枝

素材:信楽陶土、赤土
釉薬:翡翠結晶釉、白萩釉、伊羅保釉、黄瀬戸釉、オリジナル釉
技法:型押し成形、タタラ技法、手びねり技法、
サイズ:25cm×20cm×20cm他

【はじめに】
 本研究は、不用品売買サイト「メルカリ」で見つけた木彫り熊を陶芸の材料として見立て、使われなくなった置物を日常で使用できる器へと再生する試みから始まった。
 北海道観光土産として広く知られる木彫り熊には、職人の丁寧な手仕事だけでなく、その時代の暮らしや価値観が刻まれている。本制作では、それらに込められた技術や思いを陶土という別の素材を通して受け継ぎ、現代の生活に寄り添う器として再生することで、文化の魅力を現在へとつなぐことを目的とした。
 北海道八雲の木彫り熊は、スイスの農民美術に由来する木彫熊を基に、農閑期の副業として制作が始まり、昨年発祥から百年を迎えた。かつては広く普及した民芸品であるが、現在では置物としての需要が減少し、不用品として流通する例も見られる。
 本研究では、そのような木彫り熊を単なる鑑賞物としてではなく、陶芸制作の型として用いることで新たな役割を与えた。フリマサイトで収集した民芸品をそのまま制作に取り込む方法は従来に例が少なく、材料の入手方法を含めて独自性の高い試みとして評価を受けた。そうしたことから、陶土を使って、その美しさや思いを表現していくことに大きな意味と価値があると考えた。
 木彫り熊の表面には、一本一本の刀痕が生み出す独特の毛並みの流れや力の強弱が残されている。それらは機械では再現できない手仕事ならではの痕跡であり、作り手の身体性と精神が表出したものである。私はこの魅力を引き継ぐため、木彫り熊を陶芸の「型=道具」として用い、毛並みの彫りを陶土に写し取った。熊の毛並みを陶土へ写し取り、 オリジナルの器として再生する発想は、 私独自の新しい制作方法である。
 こうして生まれた器は、食卓で料理を盛り付ける食器として、また植物を育てる植木鉢として、暮らしに自然に寄り添う。木彫り熊が、姿を変えて今を生きる人の暮らしに役立つ。その器は使うたびに心が和んだり、日々の暮らしに豊かさをもたらす存在となるだろう。
 制作にあたっては全国から木彫り熊を収集した。匿名で届く荷物であっても、地方新聞に包まれていることでどこから旅してきた熊なのかが読み取れて興味が湧いた。手元に届いた品々の特徴を丁寧に観察し、そこに宿る職人の手仕事の情熱や美意識にじっくりと向き合った。物が辿ってきた時間や背景に思いを巡らせる契機ともなった。
 また文化的理解を深めるため、国立民族学博物館を訪れて住居や生活用具、祭具、木彫り熊に関わる民芸品の実物を調査し、さらに国立国会図書館で関連する論文を取り寄せ、アイヌ文化に関する書籍や漫画を読むなど、文献研究も行った。
 北海道において熊はアイヌ文化の中で神聖な存在とされ、自然との共生を象徴する動物である。熊はキムンカムイ、山の神として非常に大切にされてきたように、神と人と自然との共生の願いが込められている。熊の彫刻は祭具にも使われてきた。それを器にすることで、目には見えないが、盛り付けた食べ物に神や自然の力が宿ったように感じ、おのずと感謝の気持ちが芽生えてくるのではないだろうか。また、鮭をくわえた熊の姿は、重要な食糧資源との関係を示す象徴的な表現であり、生命の循環を感じさせる。
 木彫り熊の繊細かつ大胆な彫りには、毛並みの流れに沿った手仕事のぬくもりが感じられ、自然や日本画の美しさを表現しようとした作り手の熱意が感じられる。私はその彫りのリズムと立体感に魅かれ、土と融合させることで、日常使える器を再生しようと試みた。その彫り跡には熊の力強さや生命力、アイヌ文化や北海道開墾の歴史背景も見える。
 そして、単に過去の職人による手技や模様を写すのではなく、それらに込められた当時の思いや文化の記憶を、土という素材を用いて丁寧に引き出しながら制作すること、それが今回の制作において、私自身、最も大切に考えながら心を込めて作陶した点である。
 工芸と文化をつなぎながら、暮らしの中にやさしく溶け込む作品作りを目指している。誰かのそばにあった時間を受け継ぎながら、「再生」への思いを胸に、土と向き合い、制作を重ねていった。

【第1章 木彫り熊と文化的背景】
 木彫り熊の起源は、旧尾張藩主徳川義親がヨーロッパ滞在中にスイス・ベルンのペザントアート(農民美術)に出会い、その技術を北海道八雲の農民に伝えたことに始まる。一方、旭川ではアイヌ文化の影響を受けながら独自の発展を遂げ、北海道を代表する民芸品として広まった。
 1970年代以降、冬季オリンピックの開催や「カニ族」に代表される旅行ブーム、秘境のユースホステル巡り、幸福駅ブーム、交通網の発達などにより、北海道は身近な観光地となった。これに伴い、木彫り熊は土産品として大量に生産され広く流通するようになった。しかし普及とともに装飾品としての役割は次第に低下し、現在では家庭内に保管されたままのものや、中古市場に出回るものも多く見られる。
 木彫り熊の最大の特徴は、毛並みの彫刻表現にある。背中から放射状に広がる彫りは、動物の生命力を強調すると同時に、装飾としての美しさも兼ね備えている。特に手彫りによる一本一本の線の集まりは、光の当たり方によって多様な陰影を生み、豊かな表情を形成する。本研究では、この造形的特徴を陶芸の表面装飾として再構成することに着目した。

【第2章 研究動機と目的】
 私は以前から中古衣類や古い民芸品に宿る質感や模様に強い関心を抱いてきた。長い年月を経て残された物には、製作者だけでなく歴代の持ち主の生活や記憶が蓄積されている。
 木彫り熊との出会いは、幼少期に北海道旅行で目にした彫刻の実演販売の記憶と重なり、今もなお強い印象として心に残っている。熊の毛並みの彫刻には、力強さと繊細さが同時に存在する。その表現を陶芸に応用することで、新たな造形の可能性が開けるのではないかと考えた。
 木に直接陶土を押し当てて模様を写し取る方法は、既存の装飾技法とは異なり、職人の手仕事の痕跡そのものを素材として取り込む点に特徴がある。この発想は制作の独自性として高く評価された。

【第3章 表現方法と制作過程】
 制作ではタタラ技法と手捻り技法を用い、木彫り熊の毛並みの方向や深さを読み取りながら陶土に叩き押し当てて転写を行った。
 焼成後の器には彫り跡に沿った陰影や釉薬の溜まりが生まれ、量産品にはない複雑な表情が現れた。木という素材に刻まれた造形が土に移ることで、異なる素材でありながら同質の生命感が感じられる結果となった。
 完成した作品は、食器や植木鉢として使用可能であり、民芸品が再び生活の中で機能する形へと変化した。手仕事の痕跡をそのまま写し取る方法は一般的な陶芸とは異なる視点であり、唯一無二の存在感を持つ作品として成立した。

【第4章 表現の意義と可能性】
 制作を通して、土に刻まれた痕跡は私自身の記憶とも結びつき、作品は内面の記録としての側面を持つことが明らかになった。丸太から彫り出され、誰かに所有され、流通を経て作者の手に渡るまでの時間が、器の表面に層として重なっている。不要とされた物を再生する行為は、物に宿る記憶を未来へと引き継ぐ行為でもある。

【おわりに】
 本研究を通して、捨てられつつある民芸品から新たな価値を生み出せる可能性を実感した。木彫り熊の毛並みの彫刻を陶芸に取り込むことで、木彫の記憶と美しさを別の素材である陶土の中に保存し、日常生活の中で再び活かすことができた。
 特に、木彫り熊の手で彫られた毛並みは美しく、さざなみのようにゆらいでいるものもあれば、荒々しい波のように力強く刻まれたものもあり、大自然の山や川の風景を思わせる。熊の毛並みの彫り模様は、器や植木鉢ともよく馴染み、趣のある表情を生み出す。昔の手仕事の魅力を今の生活に活かしながら、日常に寄り添う器として形にできたことに、生きがいを感じている。
 「北海道の民芸品である木彫り熊の彫り模様」の手仕事は、陶芸を通して新たな表現へと生まれ変わった。その過程は、 私自身の暮らしや人生の歩みと重なる部分も多く、 深い意味を感じている。
 これらの作品が料理や植物とともに暮らしの中で用いられることで、過去の手仕事は単なる遺物ではなく、現在進行形の文化として生き続ける。
 今後も異なる素材や技法との組み合わせを探りながら、不要となった民芸品に内在する文化的価値を再解釈し、制作へと展開していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中井 幸枝

(大学院)工芸デザイン分野

CONTACT

民芸品や着物の絞りなど、誰かの手を経てきた物に残る質感や痕跡に関心を持ち、工芸表現へと展開している。
フリマサイトを通じて出会った品々を素材や道具として捉え直し、過去の手仕事と現在の生活をつなぐ制作を行う。
本作では、北海道の木彫り熊に刻まれた美しい毛並みの彫り跡に着目し、それを陶芸の「型」として用いる独自の方法を考案した。
鑑賞物であった民芸品を、日常で使われる器として再生することで、文化や記憶を現代の暮らしへ引き継ぐことを目指している。

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