(大学院)工芸デザイン分野 安部 里香【領域奨励賞】
WORK SHOP:森を織る ~白峰スギのタペストリー制作~
ひらかれた工芸 -工芸と周縁とのエコトーン-
本論は、デザイン分野の考え方を着想源に工芸を新たな視点で再考する工芸論である。第1章では橋梁としてのデザインという視点を取り入れ、工芸の複合性という点に着目する。工芸と周縁の領域を生態学のエコトーンという語を用いて表現し、そのような移行域にあるものに目を向けることを現代の工芸観と位置付けてもいいのではないかという考えを述べた。第2章では、工芸の周縁として、触覚・料理・数学という視点に分けて“工芸的なるもの“をあらゆるところに発見できること、全体性に含蓄されているということを明らかにし、このことが技術獲得などの狭い視野に陥りがちな工芸をひらかれたものにし、デザイン分野のように分解から統合へ向かい「ひらかれた工芸」への道筋になるであろうことを証明した。第3章では「ひらかれた工芸」とはどのような実践をなし得るかということを研究するために、筆者が実際に行なった、制作・ワークショップ・展示などを紹介し、所与の生かし方という技術・道具としての目的を持った工芸と、手技によって実存を確かめる行為の両面を持った「ひらかれた工芸」を提案した。第4章では、手技を基盤にしたメディアとして「ひらかれた工芸」を捉え、乗り物としての「工芸」に「いとおしさ」や「分解」といった概念を乗せることで、今後の研究課題の主題となりうることを考察した。
研究の背景には、「単一技法に特化した技術」に閉じてしまいがちな工芸分野に対しての疑問がある。越境や異種との協働といった境界の周縁への視点が重要視される時代の流れの中で、「工芸的なるもの」をあらゆるところに発見していく「ひらかれた工芸」と呼べるまなざしを提案し、手芸やDIYなどの見落とされてきた手仕事や、そこから生まれるコミュニティーやコミュニケーションをも含む領域を統合して再解釈する。私が長年染織分野において身につけた「単一技法に特化した技術」を、一般的に染織分野で使用するものとは異なる素材に対しても適応、使用できたことに着目し、工芸のモノとしての魅力だけでなく、その背景にある素材や道具、それらを成り立たせる環境、人間の知恵と工夫の歴史を未来への資産として受け継ぎ利用していくには、どのような実践活動ができるのか。「ひらかれた工芸」と名付けて、筆者の実践例を挙げながら考察することは、技法や技術がどのように環境から素材を受け取り、生活に必要な品へ加工してきたかという人間の歴史も同時に学ぶことでもある。それはモノと人との関係性を学ぶことでもあり、自然との絶妙で良好な関係構築の仕方を教えてくれ、視覚偏重の現代社会において実存という確かな手応えを得る一助となる。このような活動の目指すところの一つには、工芸を何か崇高で特別なモノという祭壇に持ち上げて、人々から遠ざけないようにしたいという思いがある。
工芸のもつ「複合性」とデザインの「橋梁」としてのつなぐ力の向かう先は同じく「統合」なのではないだろうかという考えから出発した本論である。分解し専門性に特化するだけでは解決できないという問題を共有していることを明らかにし、還元主義とホーリズムについての議論についても述べた。先行研究の中にも「統合論」を主題とするものは多い。しかし、本論はその「統合」概念の先に「分解」の概念を発見することに至った。人間も土のようにものごとを分解していくとともに、自らも分解していく存在であるという自己認識のもとに考え直すのであれば、私が疑問を持った既存の分類された工芸概念を「手技を基盤にしたメディア」として統合した後、改めて分解していくことは循環の流れとして自然なことなのかもしれない。生産や創造がもたらす秩序と調和ではなく、分解がもたらす秩序と調和について論じる「分解論」は、次回の論文の主旨になり得る。今回の「統合論」も工芸という乗り物に乗った「循環」の一段階であるとすれば、工芸の「生産」「統合」「分解」といったプロセスを言語化する特徴的な研究となるであろう。
“Chu-hi-cha” tea mat
ステ耳チェアクッション
安部 里香【領域奨励賞】
(大学院)工芸デザイン分野
このコースのその他作品