木育楽器「ウッド・トーンチャイム」の開発
―楽器作り教材としての新たな提言―
(大学院)工芸デザイン分野 髙橋 由紀雄
ピアノ響板用スプルース・打弦機構用ウォルナット・十勝の広葉樹・オニグルミ・シリコンゴムバンド
北海道で誕生した「木育」で提唱されたその理念を背景に、保育者養成短期大学の課程の中での木育普及を図るために、音楽と木育を融合させる試みを続けている。そのツールとして木工作による楽器制作のワークショップなどを実践しているが、本論文では、新たな教材として木育楽器「ウッド・トーンチャイム」を開発し、その教育的意義と可能性について検討した。本研究は、単なる楽器開発ではなく、木という素材の価値をどのように子どもたちに伝え得るか、そして楽器作り活動を音楽的に成立する学びへと再構築できるかという問いに基づいている。
第1章では、まず木育の誕生とその思想的背景を整理した。木育は2004年に北海道で生まれ、「木とふれあい、木に学び、木と生きる」ことを通して、人と森林とのつながりを主体的に考える心を育むことを目的としている。その背景には、日本における人工林の高齢化、林業従事者の減少、木材価格の低迷といった構造的課題がある。森林資源は循環させなければ次世代に引き継ぐことができないにもかかわらず、その循環が滞っている現状があった。木育は、この社会的課題に対する文化的・教育的アプローチであり、単なる木材利用促進策ではなく、人づくりを通した社会づくりを目指す理念である点に特徴がある。
とりわけ北海道では、プロジェクトの段階ですでに木育の普及のためには、他業種と協力できる人材育成とネットワークの構築が重要と考えていた。それにより木育マイスター制度を設け、多様な専門性をもつ人材がネットワークを形成しながら自主的に活動するという、現在のスタイルができあがったと言える。このコーディネート型人材の育成という視点は、全国の木育施策と比較しても独自性が高い。筆者はこのような人的基盤の上に立つ木育だからこそ、音楽という分野との融合も可能であると考えた。
第2章では、木育と音楽の融合の可能性について検討した。学校教育や幼児教育における楽器作り活動を振り返ると、「身近な素材」「廃材利用」「簡単にできること」といった価値が前面に出る一方で、音色や音階、楽器としての完成度への配慮が後景に退いている例が多い。身近な素材を活用することや、音が出ること自体が目的化し、音楽的感動や合奏の喜びへと発展しない活動も少なくなかった。その結果、楽器作りは「音の出るおもちゃづくり」として扱われ、音楽教育の中心的活動とはなり得なかった経緯がある。
しかし本来、楽器作りとは、人類が音を獲得し、音楽へと昇華させてきた過程を追体験する営みであるはずである。素材の選択、形状の工夫、振動の仕組みへの理解を通して、音の質や高さが決まる。その体験は、音楽を「与えられるもの」ではなく「自ら構築するもの」として捉える契機となる。この楽器づくりの原点に立ち返り、木という素材の特性を生かしながら、音楽的に成立する楽器作りが実現できるのではないかと考えた。
その実践として、これまでに枝材を用いたウッドブロックやシェイカー、無垢材のカスタネット、オニグルミのブレスシェイカーなど、地域材を活用した木育楽器を開発してきた。また、企業の端材、特にピアノ響板の端材を活用したハンマーダルシマーやカホンの制作にも取り組んだ。これらの活動を通して、素材の由来を知り、その木の特性を感じながら音の出る楽器を自らの手で作り出す体験は、単なる工作を超え、木や森への意識変容を促す可能性があることを実感した。制作に関わった学生が、音の仕組みへの関心だけでなく、森林資源の循環利用の必要性について考えるようになったことは、その一例である。
第3章では、幼児期における木のおもちゃの意義と、木材がもたらす生理的効果について整理した。木製玩具は発達段階に応じた遊びと深く関わり、特に音の出るおもちゃは全年齢層で有益であることが示されている。また、木材の香りや触感、視覚的特性が副交感神経活動を高め、リラックス効果をもたらすという科学的知見も蓄積されつつある。つまり、木という素材そのものが教育的環境として意味を持つのである。
こうした背景を踏まえ、筆者は「音階を持ち、合奏が可能であり、かつ子ども自身が制作できる木製楽器」の開発を目指した。その具体化がウッド・トーンチャイムである。開発の出発点は箱型ウッドブロックであった。同じ寸法でも樹種によって音の高低が明確に異なることに着目し、長さや厚み、幅の調整によって音階を再現できる可能性を見出した。試作を重ねる中で、高音域の再現や隣接音の共鳴の問題、気候差による音程の不安定さなど、多くの課題が浮かび上がった。その都度、樹種の選択や寸法の再設計、マレットの改良などを行い、最終的には1オクターブの音階を鳴らすことのできる構造へと到達した。
さらに重要であったのは、教材化の視点である。子どもが安全に、かつ達成感をもって制作できるよう、治具の工夫や工程の簡略化を行った。また、どの板がどの音であるか視覚的に理解できるよう、樹種の色の違いを活用するなど、学習上の配慮も加えている。制作後には合奏活動へと発展させることで、音楽的表現の喜びまでを包含するプログラムとした。
第4章では、ウッド・トーンチャイムの音楽的評価と可能性について検討した。音階を有することで旋律演奏や合奏が可能となり、制作体験が単発の工作で終わらず、継続的な音楽活動へとつながる点は大きな成果である。また、制作過程で音の変化を確かめる経験そのものが、素材の違いや振動の仕組みへの気づきを促していると考えられる。
本研究を通して私は、「木育楽器」という概念を提案した。木育楽器とは、単なる木製の楽器ではなく、木の価値に気づき、森林とのつながりを感じるための教育的ツールである。ウッド・トーンチャイムは、木の特性を体感しながら音楽的な喜びを味わうことのできる教材として、木育と音楽教育の架橋を試みた実践である。
今後は、より多様な年齢層や地域での実践を通して、その教育的効果を検証し、改良を重ねていく必要がある。そのためには、各地で再現できる仕組みの構築という課題が残る。材料の確保や加工など、また指導法や音楽プログラムの共有など、様々な解決すべき課題を検討しなくてはならない。しかし、少なくとも本研究によって、楽器作り活動を音楽的に成立する学びとして再構築し、木育の理念を具体化する一つの方法を提示できたと考えている。木を素材とすること、音を媒介とすること、その両者が重なり合うところに、これからの木育の新たな可能性があると私は確信している。
持ち手を取り外した、保管状態のウッド・トーンチャイム
組み立て前の、キットの状態のウッド・トーンチャイム
髙橋 由紀雄
(大学院)工芸デザイン分野
北海道の中央より少し右下の十勝で保育者養成に関わりつつ、木育マイスターとして森や木のことを子どもたちに伝える活動をしている。人は昔から木の個性をよく理解して、狩猟や生活など様々なことに利用してきた。現在の日常ではそういった場面は目にしないが、楽器用適材として多くの楽器に多様な木が利用されている。木の価値は、音を通して感じるのが一番伝わりやすいと考え、「木育楽器」の開発と、子どもでも作ることのできるキット化を試みている。
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