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子供期の造形から、 生涯につながる遊べる工芸ワークショップの開発

(大学院)工芸デザイン分野 大杉 健

500×450×800mm 銅

本論文は、AIやデジタル技術の進展によって人と人、人とものとの直接的な関係が希薄化しつつある現代社会において、手わざの造形=工芸の価値を再評価し、子供期の造形体験を基盤として生涯にわたり創造的な活動を楽しむことのできる「遊べる工芸ワークショップ」の開発を目的とした研究である。効率性や利便性が優先される社会では、制作過程が短縮され、身体的関与や素材との対話の機会が減少している。本稿では、時間をかけて素材に触れ、試行錯誤しながら形を生み出す工芸の営みが、人間の感性や主体性、他者との関係性を回復し、生活の質を高める文化的実践であると位置づける。

第1章では、手わざの造形における作り手と使い手の関係の歴史的変遷が整理する。縄文時代には作り手と使い手が同一、あるいは極めて近い共同体の中に存在し、造形は生活と不可分の営みであった。弥生から中世にかけては地域ごとの工芸が成立し、地産地消的な関係の中で作り手の意図が使い手に伝わる関係が維持されていた。江戸時代の流通の発達は工芸品の広域流通を可能にし、都市文化の中で多様な需要を生んだが、同時に両者の距離を拡大させた。近代化と工業化は分業と大量生産を進め、両者の関係は市場とデータを介した間接的なものへと変容した。これに対し民藝運動は、無名の職人による日用品の美を評価し、生活に根ざした造形の価値を再提示することで精神的距離の回復を試みた。さらにAI時代においては、デザイン支援ツールや3Dプリンターの普及により造形の自動化や個別生産が進み、作り手の役割そのものが変化しつつある。このような歴史的流れを踏まえ、身体性や素材との対話を重視した関係の再構築が、現代の工芸教育における重要課題である。

作り手の視点では、伝統工芸の保護政策が文化継承に寄与する一方で、長期修業の必要性や収入の不安定さが若者の参入を困難にし、後継者不足を招いている現状が指摘されている。また、専門的道具の製作者の高齢化や廃業により、制作基盤そのものが失われつつあるという問題もある。一方、現代工芸は伝統技術を基盤としながらも個人の表現やテーマ性を重視し、自由で遊びのある造形を可能にする領域として新たに発展してきている。この自由性は、子供期の造形活動やワークショップ設計において重要な示唆を与えるとともに、従来の「正解のあるものづくり」から「多様な答えを許容するものづくり」への転換を促すものである。

使い手の視点からは、大学生調査により家庭内で工芸品を認識している割合は一定程度あるものの、工業製品との区別が曖昧であり、工芸概念の混乱が見られることが明らかとなった。また、高価な工芸品は鑑賞対象として扱われることが多く、触れて使う経験が減少してきているといえる。美術館での鑑賞活動は人気が高いが、実体験の不足は工芸の本質である「用の美」への理解を浅くする可能性がある。さらに、現代の消費社会では安価で均実質な製品が大量に流通し、壊れたものを修理して使い続ける文化が衰退していることも、工芸との距離を広げる要因となっている。しかし、こうした状況の中でも、金継ぎのような修復文化が再評価されていることは、持続可能な社会への価値観の変化を示す象徴的な現象である。

第2章では、工芸と教育の関係が検討される。縄文土器の文様と幼児の描画発達段階の類似性から、人間には原初的な造形衝動が備わっていることが示され、乳幼児期の造形活動が工芸表現の基盤と考えることができる。幼稚園教育要領や小学校学習指導要領では、幼稚園では、素材に親しみ遊びながら表現する活動が重視され、小学校では「造形遊び」は身体全体を使った試行錯誤の活動として位置づけられている。低学年では紙や粘土を中心とした触覚的体験が重視され、中学年では木材などを用いた構造的な制作へ、高学年では金属や社会や他者との関係を意識した造形へと発展する。しかし実際の教育現場では、地域差や設備差、キット教材の普及、授業時間の制約などにより、自由な試行錯誤や主体的表現が十分に保証されていないケースも多く見受けられる。さらに、高等学校では教科としての工芸の選択率が極めて低く、学習機会の断絶が見られ、生涯にわたる工芸活動の継続を困難にしている。この断絶は、子供期に培われた造形への興味や感性が十分に発展しないまま途切れてしまう可能性を示している。

第3章では、子供および大人の工芸ワークショップの現状が分析する。子供向けワークショップは短時間・低コストで完結する模倣的制作に偏りやすく、試行錯誤や独自の表現を深める機会が不足している。また、安全確保や設備制約、保護者や指導者の過度な介入により、子供の主体性が損なわれる可能性がある。大人向けワークショップも観光体験的要素が強く、決められた作品制作が中心となるため、自由な創造欲求を満たしきれないという課題がある。これらの実態は、工芸体験が「一度きりのイベント」にとどまり、生涯的な活動へとつながりにくい構造を示している。また、完成品の出来栄えを重視する評価基規準は、失敗を避ける態度を助長し、挑戦する意欲を低下させる要因ともなりうる可能性がある。

第4章では、これらの課題を踏まえ、著者が実践してきた遊びの要素を重視した工芸ワークショップの具体例が提示する。粘土、染色、ステンドグラス、金属造形、鑑賞活動など多様な材料と方法を用い、「触感を楽しむ」「手を十分に使う」「自由度の高い表現」「体験そのものを持ち帰る」「参加者同士の交流を促す」といった視点を重視した活動を提案する。大量の粘土を用いた共同制作や型押し遊び、粘土タワーづくりなどの実践では、参加者同士の対話や協働が自然に生まれ、造形活動がコミュニケーションを促進する場となることが確認された。完成品の質よりも制作過程の楽しさや発見を重視することで、参加者は主体的に関与し、材料との関係を深めている現状を確認した。
さらに、提案のワークショップは年齢や経験を超えて参加できる構造を持ち、子供・親子・大人がそれぞれの段階で異なる学びや喜びを得られる点に特徴がある。体験を共有することで世代間の交流が生まれ、地域コミュニティの再生にも寄与する可能性が示唆される。また、「作品を持ち帰る」ことにこだわらず、「体験を持ち帰る」という発想は、工芸を消費対象ではなく経験価値として捉え直す重要な視点である。この視点は、物質的所有よりも経験や関係性を重視する価値観の広がりと連動しており、持続可能な社会の形成にも寄与するものとなる。

加えて、本研究は工芸ワークショップを教育実践としてだけでなく、地域文化の継承やコミュニティ形成の基盤として位置づける可能性を示している。地域の素材や伝統技術を取り入れたワークショップは、参加者に土地の歴史や文化への関心を喚起し、地域アイデンティティの形成に寄与する。また、多世代が共に活動する場は、知識や技能の伝承を自然な形で促進し、高齢者の社会参加や子供の社会性の育成にもつながっている。

本論文の意義は、工芸を単なる技術習得や完成品制作の手段としてではなく、遊びと試行錯誤を通して人と人をつなぎ、生活を豊かにする創造的活動として再定義した点にある。子供期の豊かな造形体験を基盤に、生涯にわたり工芸に親しむためには、自由度の高いワークショップ設計、主体性を尊重する指導、素材との身体的対話を重視した環境づくりが不可欠である。さらに、教育・地域社会・文化政策が連携し、工芸に触れる機会を継続的に提供する仕組みを整えることが求められる。工芸は、人間の根源的な造形衝動を満たし、他者との関係を再構築する文化的実践として、これからの社会において重要な役割を担うと結論づけることができる。

ワークショップ実施にむけて、ペーパークラフトを応用した金属造形を試す。

ワークショップ記録より:鈍した銅板を木臼と芋づちでおおよその形をつくる

子供向けワークショップ:鈍したアルミ板を打つつけて、跡をつける

親子金属ワークショップ:子供たちの何人かは端材にも興味を持ち、変形させたりしながら自分のお気に入りの立体作品をつくる。

大学生金属ワークショップ:金属(銅、真鍮、アルミなど)の端材を使って、金属の性質や色などの違いを活用して身を飾るアクセサリーをつくる。

子供紙染めのワークショップ:落水紙と染料を使用して自分より大きな紙を染める。にじみや混色の感じを楽しんだ。

親子光のワークショップ:ラミネーターを使った簡易なステンドグラスの技法を使って、親、子それぞれが遊びながら制作することができる。安価な費用、1時間半のプログラムで実施。

親・子粘土のワーク:よく実施されている焼き物制作ではなく、喜怒哀楽、赤ちゃん老若男女などの顔を作って遊ぶ。作品を持ち帰るのではなく、つくって遊んだ体験を持ち帰るワークショップである。

子供鑑賞のブラインドトーク・ワークショップ:目ではなく、体と手で作品を鑑賞し、そこで見たもの(感触で味わった作品)の様子を伝え合うワークショップを実施。

市販にないものや特別なものなど、ワークショップで使用する様々な道具類も必要に応じて手作りもする。

大杉 健

(大学院)工芸デザイン分野

手わざの造形(近年は金属)を中心に作品制作をする傍ら、紙、粘土、木工、染めなどの造形ワークショップを子供、大人、親子、教員などを中心開催している。

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