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2020年3月9日  学生紹介

ゲームゼミ十期生と「ゲームゼミについて語るの巻」 Part2

ゼミ通

 

ゼミ通ヒーローズ Vol.20

 

Part1はこちら

 

村上 結局ゲーム教育って一体何だったのかを振り返っておきたいなと。

ゲームの作り方の話ではなくて、遊びを学ぶ事自体が何をもたらすのか。

特にLA(ラーニング・アシスタント)をやってくれた面々は、

後輩の授業の様子を見てて、その成長度合いとか、何か感じるものはあった?

 

門瀬 私は一年生の「ゲーム制作基礎」のLAをやってたんですけど、

その時先生からは受講生の様子を観察してほしいと頼まれてたので、

「テンションパラメーター」を作って記録したんですよ。

主に座学を中心にやってたんですけど、

先生の話の内容に合わせて受講生たちのテンションの上がり下がりがどうなるのかを調査してました。

やっぱり遊びの教育には人とのコミュニケーションというものが大きいのかなって思いましたね。

一方的に講義を聞くのではなく。

チーム全体のテンションが凄く重要で、十期生が良いゲームを作れたのは、

このメンバーの空気感が凄く良かったからなんだと改めて思いました。

 

村上 十期生が一年生だった頃のゲーム授業って、何か異様な盛り上がりじゃなかった?

単に騒がしいメンバーが集まってただけのような気もするけど。

 

中西 私たちがゼミに馴染むのが早かったのかも知れないですね。

私たちが一年の時の最初の授業でお互いの名前を覚えようって事でニックネームを付け合って、

授業の時はその名札を付けてたんですよね。それで近づきやすかったんですよ。

今の一年生に聞くとそういう事をやってないみたいで、同じ授業を受けてるのに名前も知らないままとか。

 

村上 十期生は怖いもの知らずというか、

どんな企画でも恥ずかしがらずにとりあえず提案しちゃえ!みたいな所があったよね。

 

中西 二年生の時は脱出ゲームを作ってましたけど、

やっぱりそういう基礎があったからか、進み具合も早かったですね。

居残りもせず授業時間だけで完結したから他授業の課題も難なく両立できたし。

 

門瀬 やっぱり山中の存在が一番大きかったかな。

プランナーじゃなくてディレクター役が一人いるとそれだけでチームがまとまるので、

私たち制作チームは凄く動きやすかったです。

 

村上 村上ゼミじゃなくて山中ゼミって呼ばれてたしね。

 

中西 ストーリーを担当してたメンバーがイメージの伝え方で困ってたら、

山中が入って「つまりこういう事ね」って綺麗にまとめて

分かりやすい言葉に変換してくれるから、それがありがたかったですね。

 

山中 その先の仕様は五十嵐君が全部まとめてくれたんですよね。

 

五十嵐 個別のギミックを各自で考えてもらって、

それを一本の筋になるように僕が繋いでいく感じでした。

 

門瀬 その流れを見て私がギミックを作り込んでいって、

最終的に山中がチェックするみたいな一連のワークフローが出来上がってましたね。

 

村上 毎年どの学年も脱出ゲームの制作が終わると突然仲良くなって、

ゼミとしての結束が固まるんだけど、そこはどうだった?

 

門瀬 仲良くなるっていうより全員のポジションが分かるって感じですかね。

チームとして、誰が何に長けてるかがハッキリするんですよ。

こういう技術はこの人に頼めばいいとか分かるとゼミ内での動きがスムーズになります。

 

村上 キャラクター性を炙り出す意味で凄く効果的だったと。

 

門瀬 そうですね。学科展もとてもスムーズだったし。

このゼミの良いところは、仲良しじゃないってところですね。

 

村上 性格はバラバラだけど全員向いてる方向が同じって事ね。

単なる仲良しクラブではないところが良かったんだと思う。

 

門瀬 山中とは同じチームなのに一緒に遊びに行った事も一度もなかったし。

 

村上 その時点で既にプロ目線なんじゃないかな。

目的は「良いものを作ること」だけだから親しき仲にも礼儀ありっていうか、

人間関係もなあなあにはしないっていう。

それがあるから卒制でも皆の中に「妥協は絶対に許さないぞ」っていう空気が出来上がってたでしょ。

 

中西 そんなスパルタな感じでしたっけ?

 

村上 いやいや、指図されなくても皆の中で勝手にそういう意識が芽生えてたってこと。

だってこちらから何も指示や指導をした覚えもないのに、

勝手に皆でダメ出しをし合いながらどんどん出来上がっていくから、

俺はそれを見て感心してただけで。ラクだった(笑)。

 

門瀬 作品にちゃんとリスペクトできるっていうのは恵まれてるなと思いますね。

自分の作品だけじゃなくて、チーム全体の作品について素直に凄いって思えるところが誇りです。

 

杉山 それは本当に凄い事だと思いますね。

 

村上 うん、全員が全員の作品と多様性に対して愛を感じてる。

さて4年間遊びについて学んできたわけだけど、結局遊びって何だったんだろう。

例えばゲームって世の中的には

「目が悪くなる」「頭が悪くなる」「依存症になる」と言われて敵視される場面が多いよね。

でもそういうものを君らは身を削って作って来たわけで。

 

杉山 私が思うに、村上先生の授業で一番素晴らしいなって感じたのはそこなんですよ。

ゲームの作り方を教えるんじゃなくて、遊びとは何かっていう問いかけから始まって、

ゲーミフィケーションとか遊びの観念をちゃんと学ばせてくれるところが、

私にとってもゲームっていう固定化された枠組みから外して学んでも良いんだって考えられたのも大きいと思います。

私の学生生活というのは、宿命の中にあったんだと思うんですよ。

 

村上 宿命…!?

 

杉山 私は物心ついた時からモンスターの研究をしていて、

この大学に入った命題は「モンスターとは何か」を追及する事だったんです。

ゲームを学ぶのが目的なのではなく、その命題追及の手段だったんです。

先生はゲームという箱をもっと奥底の観念として、

最初は「狩り」とか「求愛」がゲームの元祖だって言ったじゃないですか。

私はその時点で凄く感銘を受けていました。

三年の時に作ったゲーム『魔界創生』は私の追求という意味では完成されたものだったんですよ。

でもゲーム性としてはなんか外れてる感覚はあったんですね。

で、卒業制作で『GIGまもののむれ』を作った時に

「人類エンリッチメント」というテーマがあったんですけど、

あれが私の大学生活を通しての一つの「モンスターとは何か」についての答えであり、

モンスターと生命性とゲームの全てに通底した真理だったんです。

そこに至って私はこのゲームゼミに入ってゲームを学べたっていう事の宿命を凄く感じてますね。

 

ナッチャー 私も、ゲームゼミに入ろうとしたのは先生の言葉に感動したからなんです。

「ゲームとは体験のデザインだ」って言われて。

新しい体験は新しい発想にも繋がるので、ゲームデザイナーの世界や性格を、

ゲームとしての触媒を使って誰かに体験させる事ができたらいいなと思いました。

 

 今回私はゲームを媒介として使ってるんですよ。

実際にやりたかったのは、世界の人に中国の歴史や文化を伝える事だったんです。

ただ中国ではゲームはアニメーションやマンガよりも更に良くないものと認識されています。

勉強に良くないとか、お金の無駄遣いのようにも思われていて。

だから逆にゲームというメディアを勉強に結び付けて、

遊びを通して、感動するストーリーを通して学問を得てほしかったんです。

それで実際の試験の中でも使えるような知識を教えたかったです。

 

五十嵐 ゲームゼミに入った時ってゲームと遊びの区別があまりついてなかったんですよね。

 

村上 ゲームという呼び方だけだとどうしても視野が狭くなるし、

就職目的で専門知識だけを教えても大学としての価値がないと思って、

寧ろゲームという呼び方をやめようと考えた事もあった。

 

五十嵐 そうですね。それを受けて、じゃあ遊びが一体何なのかを調べてみようと思って、

文化人類学の本とか、或いはそれを受けて更に心理学の話に戻ってみて、

「遊び」と「面白い」の関係について自分の中では合点がいくものが一つ見えました。

心理学の基礎の基礎でオペラント反応とか条件付けっていうものがあるんですけど、

人間にとっては面白いっていう感覚が報酬なんで、

つまり人の行動を促進する事との繋がりが明確に見えた事で、

「あ、なるほど。人間は一種のプログラムなんだ」と如実に感じたわけですね。

なので、遊びを学んだ事で結構あらゆる物事に対しての考え方の軸になりましたね。

これは遊びに置き換えるとこういう事か、とよく考えたりします。

なんというか今後の人生においても凄く大事な事を学んだなって感じましたね。ゲームの作り方以上に。

 

門瀬 わー、賢ぉーい。

 

中西 じゃ解散。

 

村上 勝手に終わらすな。

 

矢部 皆みたいに崇高な事は言えないんですけど…。

二年生の時にゲームが一体何なのかを考えてて、

そんな時に「ゲーミフィケーション」を学んで、

その中の例で、階段を使わせるために階段にピアノの鍵盤を埋め込むのがあって、

それが凄く面白いなと思ったんですね。

その時、ポジティブ思考とかプラスの考え方を具体的な形に変えたものがゲームなのかなって思いました。

親が子供に「勉強しなさい」って言うんじゃなくて、

勉強したくなるように仕向けるような考え方がいいなって感じたので。

それから自分が何かを作る時には単に好きなものを作るんじゃなくて、

逆に自分が嫌いなものをモチーフにして作品を作る事が多くなっていきました。

今回の卒制作品でもそんなに好きじゃないものがモチーフになってるんですよ。

例えばSNSとかですね。以前Twitterで色々苦労した事が多くて。

そのマイナス感情をプラスに置き換えればゲームが面白くなるんじゃないかと思って。

 

村上 苦手を克服するためにこのゲームというメディアを使ったってこと?

 

矢部 そうですね。吟ちゃん(王吟賀)も言ってましたけど、

私にとってもゲームが媒介みたいな形になってたんだと思います。

 

門瀬 私は、ゲームって人にもう一つの新しい人生を与えてくれるものじゃないかって考えてます。

簡単に言うと、リアルじゃできない事だったり。

リアルでは魔法使いにはなれないし勇者にもなれないけど、

ゲームの中ならできるし、その時感じた気持ちとか経験は自分の中にちゃんと刻み込まれてるから、

私はゲームというコンテンツを通して誰かに新しい人生を与える事ができるところに魅力を感じてます。

それを作り手側が、人が人に与えるっていうところがめちゃくちゃ魅力的だし、

色んな世界で通用していくようなものになっていくんじゃないかなっていう、

それこそ本当に神様みたいな事が人にはできるんじゃないかなって考えてます。

 

中西 私は自分自身何でずっとアナログゲームを作ってたのかなって考えてて、

思い返したら私が実際に作ってきたゲームは全部4人プレイだったんですよ。

それについても「何でだろう」って考えたんですけど、

大人数でワイワイしてくれる場所を作りたかったって思うんですね。

テストプレイをやってて、今回の卒制で全体の協力者の数が一番多い自信があるんですよ。

テストプレイをするたびにいつも10人くらい集まってくれて。

私、手話が出来るんですけど、

そういう所からも偏見とか年齢の差とか立場に関係なく

子供の頃に戻ってワイワイできる共通言語とか環境みたいなものを生み出したかったのかなって思ってます。

 

村上 ゲームを作りたかったんじゃなくて環境を作りたかったってこと?

 

中西 環境ですね。ゲームとかシステムをメインで作りたかったんだったら、

単独で黙って楽しめるゲームを作ってたと思うんですよ。

モノじゃなくて人間関係をデザインするってことですよね。

 

 ウチがゲーム作りで一番重要視してるのは経験だと思ってるんですけど、

勉強もそうだし、何か経験をした上で学んでいくって思ってるので、

そのゲームの中で色んな事を経験して色んな事を学べたらいいなって思ってます。

自分が実際にキャラクターを動かして感情が動くメディアってそんなにたくさんないと思うんですよ。

例えばゲームの中で、笑顔になれるような体験だけじゃなくて、人を殺して泣いたとか。

これって現実世界ではできないじゃないですか。

でもゲームから生まれる感情っていうのもあるかなと思ってて、

デザイナーとして、自分の描いた世界を見てもらって感情が動くのは素晴らしい事だなと思ってます。

卒業制作では、まあ色々あったんですけど、それもこれも全部自分の経験として良かったなと。

 

山中 私は、一番最初に『ドラゴンクエスト』で遊んで感動した瞬間から、

別にゲームが好きだったわけじゃなくて、

こんな凄いゲームを作れる人を、嫌な事とかから守ってあげたいなって考えてました。

その頃はスクウェア・エニックスの事も知らなくて、

ゲームがどのくらいの人数で作られてるのかも全く知らず、

「ゲームを作ってる人」っていう大まかな括りの人たちを

お世話できるような仕事に就けたらいいなってずっと思ってました。

このゲームゼミに入って、もちろんそれをやりたいと思ってたんですけど、

それはあくまで私のやりたい事であって、

もしかしたら他の皆からしたら「え、何それキモい」って思われるかも知れなかったのに、

皆はそれを受け入れてくれて良かったです。

ゲームゼミに入ってから、本当に多くの人を大切に思えるようになりました。

ゲームに関わる全ての人が大切だなと。

ゲームを作る事自体にそれほど興味があったわけではなく、

「今回のゲームは作りやすかったな」とか言われる方が嬉しかったり、

そういう若干ズレたところにいたので、それをずっと良しとしてくれたこのメンバーに感謝をしたいです。

今のメンバーに加えて、過去にゲームゼミのメンバーだった

八阪実梨、石森由起、仁禮那音、宇野亮の事もとっても大好きです。

 

村上 死んだみたいになってる(笑)。

 

門瀬 ヤバい、泣いてしまう…!

 

中西 泣け。

 

村上 遊びって人それぞれの価値観があって、

これをゲームと考える人もいるしゲーミフィケーションと考える人もいる。

そんな多様性の中から色んなものが得られたのかなって思うね。

皆の中でそれぞれのゲームゼミが出来上がったっていうか、良い関係性も築けて、とても良かったよ。

 

門瀬 でもこのゼミを作ったのは村上先生なので、うー、泣いてしまう。

 

中西 泣け。

 

門瀬 私と山中が賞を獲れた時に、

私たちの存在が村上先生にとっての誇りになってくれてればいいなと思ってたので、

あー、やっぱり泣いてしまう。

 

中西 泣け。

 

門瀬 今回の作品は自分のために作ったものですけど、先生に恩返しができたなら良かったです。

 

中西 何でそれ授賞式の時に言わんかったん?(笑)

 

村上 授賞式では毒舌吐かれただけで終わったしね(笑)。

じゃあ後は社会人になってから、今度は世のため人のため、

一般のお客様を喜ばせる仕事になるので、精一杯社会人を楽しんで下さい。

というわけで、これにてゲームゼミ最後の授業を終了したいと思います。

皆さん四年間本当にお疲れ様でした。

 

一同 お疲れ様でした!

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