キャラクターデザインコース

王吟賀と「ゲームのストーリーについて語るの巻」 Part1

ゼミ通

ゼミ通ヒーローズ Vol.21

 

今回のゼミ通ヒーローズは、2019年度卒業制作で優秀賞と

キャラクターデザイン学科特別賞を受賞した

留学生・王吟賀さん(以下 王)をピックアップします。

彼女が制作した『桃夭』は、乙女向け恋愛アドベンチャーゲームとなっており、

今回はこのゲームのストーリーやキャラクター造形についての話を聞いていこうと思います。

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卒業制作作品『桃夭』と王吟賀さん(右)。

 

 私は、子供の頃から日本のマンガやアニメ、ゲームが凄く好きで、

そこから日本の文化に惹かれて、いつか日本に来たいなと思っていました。

日本のサブカルチャーは世界的に見ても最先端なので、

学ぶなら日本がいいと思ってました。

最初は東京の大学も考えていたんですけど、

向こうは全体的にイラストというよりグラフィックデザインに偏ってるように感じて、

逆に関西の方だとアニメやゲームといった分野に対して学科を設けている大学が多かったので、

幅広く多く学べるかなと思って京都に来ました。

 

村上 君はこれで学部を卒業するけど、

春からは大学院に進学してゲーム制作をして、また村上ゼミという腐れ縁っぷり(笑)。

 

 はい、また2年間お世話になります。

 

村上 卒業制作では中国の歴史恋愛アドベンチャーゲームとして

超大作の乙女ゲームを制作したけど、

3年生の時の学科展(学生作品展)の時にも同じく

中国を舞台にした乙女ゲームを作ったよね。

作品の内容について詳しく聞かせてくれるかな。

 

 3年生の時に作ったゲームは、755年の安史の乱を舞台にしたストーリーでした。

卒業制作で作ったのはそれから30年後の787年を舞台にしました。

私は中国の歴史と文化がとても好きなので、

ゲームという媒介を通して文化の伝達を研究し、

唐の史実に基づいた乙女向け恋愛アドベンチャーゲームを制作しました。

これまで歴史研究を重ねてきたので、

シナリオの中にはきちんとした歴史・文学・経済などの様々な知識を盛り込んでいます。

プレイヤーが私のゲームを通して中国の文化に興味を持って、

自主的に学びたくなるようにすることが大きな目的です。

 

 ヒロインは未央(みお)という少女で、

和親の姫という設定です。結婚式までの一年間の間で、

自分の運命を変える男の人との出会いを通して繰り広げられる

悲しい恋の物語となっています。

物語は序章と四章で構成されていて、最初は787年の10月から始まるんですけど、

桃が咲く春が一番盛り上がるように構成しています。

 

村上 今回は桃が全編を通しての共通のモチーフになってるよね。

タイトルも『桃夭』だし。

 

 『桃夭』というのは、中国の春秋時代の民歌の詩経からとったものです。

詩の原文としては、「桃之夭夭、灼灼其華。之子于帰、宜其室家」となっていて、

嫁入りの可愛い娘を瑞々しい桃の花に例えて、

「その娘が嫁いで行ったら、その家に良い事をもたらすのでしょうか」

という意味の詩になっています。

それ以降は桃の花が花嫁のイメージになっていて、

桃夭という詩も桃の花の代表的な詩になっています。

これは史実に基づいた展開になっていて、

シナリオ執筆の段階ではかなり緻密な歴史の検証を通してリアリティを追求しました。

 

村上 リサーチの様子とかシナリオの検証の様子を見てて思ったのが、

映画の『タイタニック』の作り方に近いのかなと。『タイタニック』は見た事ある?

 

 はい、あります。

 

村上 何時何分にどこに誰がいて、何分後にタイタニック号が氷山に衝突して、

という出来事を分刻みで忠実に再現していって、

更にその合間を縫って架空の主人公が史実に触れないように

二人の恋愛フィクション展開していくという構成。

 

 そうですね。ただ、かなり遠い過去の歴史なので、

そこまで詳しく記されていない部分もあるんです。

だから月日とかも曖昧な部分もあって、

そういう所は検証結果から推測しながら詳細を埋めていきました。

 

村上 このヒロインは架空の存在ではなく実在の人物?

 

 はい。実在はしてたんですけど、どの本にも23行しか記述がないんです。

私はずっと和親の姫を書きたかったので、この人物をモデルに選びました。

そして私は唐の時代がとても好きなんです。

時代的にもちょうど安史の乱が収まって、中唐に入った時代の物語なんですけど、

今回は真っ先に唐という時代設定から決めて、そこから話を書き始めました。

唐の時代での和親の姫の設定を全部調べていって、

今回のヒロインが一番書きやすいなと思って、この人物にしました。

他の姫は、記述が多かった分ちょっといじりにくいなと思って。

あと、この子だけが唐の和親の姫から出される唯一の「実の皇帝の娘」なんです。

普通は王家の血筋を引き継ぐ娘のことを姫って呼ぶじゃないですか。

でも実の娘ではない可能性の方が高いんですよね。

 

村上 血が繋がってるからこその濃密な人間ドラマが作れると思ったわけね。

途中でかなり悲劇的な展開があったりして、そういう所が引き立つようになってると。

唐の時代のどんなところに魅力を感じた?

 

 唐は、中国の封建王朝の歴史の中で一番開放的な時代だと思うんですね。

私のとても好きな女性が、中国史上唯一の女帝である武則天なんですけど、

この人物もちょうどその時代の人なので。

 

村上 なるほどね。ではゲームの中身の話をしていこう。

 

 今回は二つのストーリーがあって、両方ともヒロインは同じです。

それぞれのストーリーに登場する攻略キャラクターは一話ごとに一人ずついます。

で、一つのストーリーの中でどちらかのキャラクターを攻略するのではなくて、

完全に独立した異なる物語があって、

それぞれの攻略キャラクターが立ってるっていう構成になっています。

なので全くストーリーの異なる二つのゲームを楽しめるような作品になっています。

 

村上 今回は物凄い物量のシナリオで、リサーチも大変だったと思うんだけど、

この圧倒的な物量に見合うだけの絵も描いて、

作業も大変になるのは分かってたはずなのに、なんで二つも話を書いたの?

 

 最初の企画では一人だけの予定だったんですよ。

泥棒の蕭寧(しょうねい)さんの方だけですね。

でもやっぱりゲームにしたときに、

攻略するキャラクターが一人だけだと物足りないのではないかと思って、

結果もう一本作ることにしました。

一本目のストーリーとしてはこんな感じです。

自分が和親に行くということを知った夜、主人公の未央が太液池の方へ行くと、

偶然とある泥棒さんと出会って「私を盗んでくれないか」と頼み、

そこから二人の縁が始まるんです。

その後幾度もの出会いを重ねて、感情も深くなり、

最終的に第四章あたりではちゃんと外に連れ出してくれるという流れになっています。

 

村上 普通で考えたら、泥棒がお姫様をさらっていく話だから、

だいたい悲劇的な結果にしかならないはずなんだけども、

プレイヤーの選択次第では幸せになれるかも知れないっていうストーリーになってるのね。

 

 はい、そしてもう一本のストーリーは、

未央とは父も母も違うお兄さんの李誼(りぎ)、つまり皇帝の養子が登場します。

彼は当時の第二皇子で、その上には太子がいるんですけど、

787年に郜国大長公主の獄(こうこくだいちょうこうしゅのごく)という事件が起こります。

それは太子の妃の母が起こした謀反で、

それによって皇帝も太子に疑いの目を向けて廃嫡しそうになりました。

そこで宰相からの説得によって漸く死なずに済みました。

しかし皇帝は太子よりも李誼の方を愛していて…という設定の恋愛ドラマです。

私は、李誼がそんな立場に立っていると

やはり権力を欲しがっているのではないかと推測したので、

こっちのストーリーは李誼と太子との政治争いについて深く掘り下げてみました。

その中で、未央は政治的に利用されていく、という話になります。

今回のストーリーの中、李誼は実在したんですけど、簫寧は実在しません。

でも簫寧の方は歴史上に実在しても、泥棒は表舞台に立つような身分ではないので、

史書に記されないと思います。

 

村上 二本とも全く異なる設定と展開だったから、読んでいて凄く面白かった。

さて今度は制作の手順というか、この膨大な情報を、

何からどうやってまとめていったのか、それを聞かせてくれる?

 

 当時の地図を使って、どの位置にどんな宮殿があるのか、

またその内部はどんな構造になっているのかを調べていきました。

実際に現地に行って取材をし、シナリオハンティングをして、

そこで資料用の写真を撮ったり実際に歩き回って空気を感じ取りながら書いていきました。

 

村上 君は今回の作品に限らず普段の授業でも、

例えばキャラクターのイラストを一枚描くにもちゃんとリサーチをした上で

一旦全部文字でイメージを起こして、歴史の年表まで作って、周辺の地図まで描いて…。

で、ノート一冊分くらい丸ごとびっしりと情報を書き込んでから

イラストを描いてるって聞いたことがある。

普段からそういう緻密な下調べをするのが癖になってるのかな?

 

 そうですね。ちゃんとまとめて、

最終的にこれでいきますって納得できる設定が書けたらやっとイラストの制作に入ります。

絵を描くのも好きなんですけど、文章として伝えるのも好きなんです。

 

00002 0000300004『桃夭』の制作を始めるために作成されたノート。

 

村上 絵はいつごろから描いてたの?

 

 落書きみたいなものなら物心ついた頃から描いてましたけど、

ちゃんと物事を考察して描き始めたのは高校生からですね。

 

村上 なぜ調べなければいけないと思った?

 

 描くべき対象の裏にあるものまで落とし込まないと画面が空っぽになってしまうので、

ちゃんと世界を創り込まないといけないなと思って。

あとはシナリオを書きながら同時進行で資料を調べる事もありますね。

例えば、その時代特有のものの呼び方とか皇宮内の階級に関する知識とか。

 

村上 設定を考えてる時って、割と好き勝手に展開を考えてストーリーラインを決めていけるけど、

いざセリフを書こうとすると設定が穴だらけだったことに気付くことが多いよね。

現代劇だろうが時代劇だろうが、ちゃんとキャラクターが

その世界で生きてるように表現しようと思うと、

もっともっと詳細までリサーチして世界を創り込んでいかないとダメだってなるよね。

小道具から何から全部。

 

 確かに、書けば書くほど情報が足りないことに気付いて、

そして勉強して、ということを延々繰り返しながら書いてました。

 

村上 なるほどね、では読み物としてではなくて、

ゲームとしてのストーリー作りという観点から掘り下げていこうか。

 

 

Part2に続く

 

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