油画コース

シェルターから、静かでも確かに響き合う瞬間を求めて 版画工房技術員・吉浦眞琴さんへインタビュー!【文芸表現 学科学生によるレポート】

違うジャンルを学んでいても、芸術大学でものづくりを楽しむ気持ちは同じ。このシリーズでは、美術工芸学科の授業に文芸表現学科の学生たちが潜入し、その魅力や「つくることのおもしろさ」に触れていきます。

 

文芸表現学科・2年生の出射優希です。京都の冬はとっても寒くて、ぶるぶると震えています。その分、料理のあたたかさ、人のあたたかさ、色んなぬくもりが沁みてくるようです。今回も、あたたかい方にお会いして、話をお聞きしてきました。

 

技官、吉浦眞琴さん「エッチング」で魅せる銅版画

 

昨年末、大阪梅田駅すぐの芝田町画廊にて行われた、「久保智沙衣・吉浦眞琴 銅版画2人展」。

参加作家である吉浦眞琴さんは、本学油画コースの卒業生です。

現在は自身の銅版画制作のかたわら、油画コース版画工房で技官として在校生の制作をサポートされています。

 

2人展では、吉浦さんの扱う「エッチング」(彫った線を腐食させる技法)と、久保智沙衣さんの扱う「アクアチント」(面を腐食させる技法)、それぞれの異なる表現を同時に楽しむことができました。

人が賑わう街の画廊ですが、一歩なかに入ると、白と黒の生み出す静かなグラデーションの中に飲み込まれていきます。

今回は吉浦眞琴さんに、銅版画制作をはじめ、ものづくりを通したさまざまな話をお聞きしてきました。

 

↑芝田町画廊にて。右手8点が吉浦眞琴さんの作品

 

ジャンルを超えた情報交換が刺激に

 

展示されているギャラリーに行ってよく目にするのは、吉浦さんが観に来た方と楽しそうにお話している様子。

 

——実は作品について話してるとき、テクニックや素材の話が中心だからコンセプトの話って意外としていなくて……。同じようにものづくりをしている方が観にきてくださると、素材のこととか、道具を工夫しているって話になったときに、私もこんなことをしていてって面白いことを教えてもらえるから、刺激になるんです。

 

ふらっとやってきた方が、帰る頃には何だか満足気なことも納得ですね。

違うジャンルだからこそ、新しいことを知れたり、気兼ねなく話せることもあるのかもしれません。

そこからさらに、発見があることも。

 

——技法や素材の話をしつつも、作品や制作について振り返って喋っていくうちに、自分はこれがしたかったのかもしれないっていうことが見えてくることもあります。

 

技官の仕事から、自分自身の制作にもプラスになっていく

 

言葉にして外に出すことで、自分にとっての発見や再確認につながっていくことが、技官になってからさらに多くなったのだそうです。

 

——技官になって、学生に言葉で具体的に説明することが増えました。制作の様子を見ながら、うまくいかない理由とか、今どういう状況なのかっていうことを、言葉にしていった蓄積を感じています。2021年は、工房に同じ銅版画をしている子が多くいたので特にです。自分の制作で刷りをただしているときよりも、学生の制作補助をするようになってからの方が前より刷りが上手にできるようになった気がします。
教えながら、そうかこういうふうに注意した方がいいんだって見つけていったポイントを丁寧に守ると、刷り終わって紙をめくる前からもう綺麗にできていることがわかるんです。版画をはじめて7、8年目にしてやっと刷りも楽しくなってきました。

 

インタビュー中もたくさんの方が吉浦さんのところへ制作の相談に来ていて、一人ずつ丁寧に対応する様子が印象的でした。

 

↑工房での吉浦さん(左)

 

引き裂かれる心と、体が2つに分かれた生き物

 

人との交流からたくさんのことを見つけ、そしていつも楽しくお話してくださる吉浦さんですが、人と関わるなかでの苦悩が表れたシリーズ作品、「Double」「Single」が2人展でも展示されていました。

 

——このシリーズは留学中に見たレリーフ(建築物などの飾りに用いられる彫刻)がもとになっています。柱と柱を繋ぐ部分に、豹とか悪魔とか、動植物がどの角度から見てもわかるように、頭は一つなんだけど、体は無理やり引き裂くように二つに分かれた状態で彫られているんです。光が当たると、影になる部分と光が当たる部分は同じ形なのに表情が違っていたり、モチーフそのものが自分の感じていたことに近いなと思って、生まれたのが「Double」のシリーズです。

優しくありたい、最善を尽くしたい自分と、もう暴れて全てを壊したい自分の葛藤があり、その両極の考えが拮抗して組み合っているのが「Double」。片方が片方を打ち負かしひとつのかたちになったのが「Single」です。「Single」は組み合う相手がいないことで己を傷つけて痛めつけています。

 

右・「Double」豹のレリーフを描いた作品/左・「Single」人魚を描いた作品

 

街を見つめ続けるレリーフは、実際には声をあげずに、ひっそりと佇んでいるものです。

「Double」や「Single」のシリーズからは、言葉で表にださずとも、痛みを感じているまま生きる人の存在を、改めて認識することができます。

例えば自分の近しい人や、普段は穏やかに振る舞う人のなかにも、きっと苦悩があって、言ったこと、外に出した表現だけがその人自身ではないと思うのです。

 

大切に扱いたい領域から、細やかに響いていく

 

吉浦さんは、そうして自分自身の個人的な想いから生まれる作品について、こう語ります。

 

——制作の仕方にはいろんなタイプがあると思うんだけど、社会への問いかけやその方法が大事な人もいれば、社会で起きている出来事を映し出すようなスクリーン型の人がいますよね。
自分のやっていることって何なんだろうって考えたときに、私の制作はシェルター型で、実生活でしんどいことにさらされていながら、シェルターのなかでこねこねと作業をして、中の世界を充実させて、その過程での発見が作品になっているなと。社会に何かを問うたりしないタイプだな、それがちょっと恥ずかしいなという思いがあって。

でも、そういう作品を、同じようにシェルターを持つ人や必要な人が見てくれたときに、「はっ」と何かに気づいて感動してもらえることがたまにあるんです。だからスクリーン型の人とはまた違ったことをやっているけど、自分にとってはすごく大事な領域の話だから大切なことって気持ちでやっていかないと、続けられないなって。

 

シェルターでつくられた作品に描かれる、つくり手の心の内側。

それがどれだけ個人的なことだったとしても、つくり手の目を通して見えた「社会」の不安定さや息苦しさ、希望のある部分が、さまざまな形で必ず作品に表れます。

同じ立場にいたり、同じものを持っていたり、何か条件が重なって共鳴する部分があれば、作品を介してシェルターが繋がり、ひとつの重要なテーマを分かちあえるのではないでしょうか。

 

銅版画家の吉浦眞琴さん。今後の活動にも注目です!

 

 

取材記事の執筆者

文芸表現学科2年生

出射優希(いでい・ゆうき)

兵庫県立西宮北高校出身

 

1年生のとき、友人たちと共に、詩を立体的に触れることができる制作物にして展示した展覧会「ぼくのからだの中にはまだあのころの川が流れている」を開いた(バックス画材にて)。

自分のいる場所の外にいる人とつながるものづくりに、興味がある。また、「生きること」と直結したものとして「食べること」を捉え、それを言葉で表現している。

 

 

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