キャラクターデザインコース

ゼミ通ヒーローズ Vol.01-3

ゼミ通ロゴ

 

粟田恭一朗+吉田光希 Part3

 

ゲームゼミ3

ビットサミット会場での吉田光希さん(中央/クラーク記念国際高等学校出身)と粟田恭一朗さん(右/大阪府立交野高等学校出身)

 

村上

ところで大学四年間で一番の思い出って何?

 

吉田

色々ありますね。7cmのヒール買って嬉しくて階段でスキップしたらそのまま落ちたとか、

三木先生のパソコンにシャンメリーかけたとか、丹羽先生にうさ耳つけて写真撮ったり。

 

村上

そういうことじゃなくて…まあいいや。そもそも、どうしてこの大学に入ったの?

 

吉田

わたしの場合、初恋相手がソニックで、次に好きなのがクロノアで(笑)、とにかくゲームが好きで小学生のころからゲームを創る人になりたいと思ってたんです。

でも中学の頃はソフトボールのピッチャーをやっていて、地元の淡路島で一位になってスポーツ推薦で高校に入ったんです。

その頃はゲームで遊ぶ時間もなくて、絵も描けなくて。そんなときに大会とか周りの期待へのプレッシャーに耐え切れなくなって、

突然イップスでボールが投げられなくなったんですね。もう怖くて怖くて。

スポーツ推薦で入った高校なのにスポーツができなくなったから学校にも行けず、

友達にも顔を合わせられなくなって半年間引きこもってしまいました。

今となってはその鬱々とこもっていた時間が大事だったのかなとも思うんですけど、その時に久しぶりにソニックを引っ張り出して遊んでるうちに小学生のころの夢を思い出したんです。

でもスポーツ推薦で入った高校にはもう戻りにくくて、親に頭を下げて通信制の高校に転校させてもらいました。

週に三日通って、それ以外の時間はゲームをしたり他の人の絵を見たり、余裕をもって考え事をしてるうちに、ゲームの世界へ行きたいと再認識して、

その時に社会の先生がこのキャラクタ―デザイン学科を勧めてくれました。ここならゲームのことが学べると教えてくれて。

で、オープンキャンパスに行って出会ったのが村上先生でした。

 

村上

おーっと(笑)

 

吉田

色々話を聞いていただいて、やりたいこととか考えてることが一致して、あとは学生スタッフだった先輩たちがみんな元気で楽しそうで

、とにかく対応が丁寧で、それでここに来たいと思ったんです。

そのときデッサンを始めてまだ5か月くらいだったんですけど、他の高校生に比べて有り余ってる時間をどう使おうかと考えて色彩検定をとったりして過ごしてました。

 

粟田

やっぱ、みっちゃんすごいな!

 

吉田

大学に入ってゲームゼミに入れていただけたのも嬉しいんですけど、オープンキャンパスのスタッフに選んでいただけたのも凄く嬉しかったです。

自分を救ってくれた場所に自分がいて、何となくわたしと同じ境遇の子がここに入ってきてくれたら嬉しいな、て思いながら高校生の相談を受けてました。そんな感じ!(笑)

 

山吉

ええ話やなー。

 

粟田

もう先生泣きそうやんか。

 

村上

いやー、これヤバいな(笑)。で、粟田は?

 

粟田

元々は他の芸大に行こうと思ってたんですよ。でも京都造形の人が高校で説明会をやってくれて、その後突然親に連れられて学校見学に行くことになりました。

それが7月のことで、そのままAO入試のエントリーをしました。

実は絵がうまい人っていうのは特別な才能があると思ってたんです。でも友達のお姉ちゃんがとても絵がうまくて、

こんな身近な人でも絵が描けるなら自分でもワンチャンいけるんじゃないかと(笑)。

 

吉田

ポジティブやな(笑)。

 

粟田

でも絵を描くということを共有できる友達もいなくて一人で絵を描いてるうちにこれがとても恥ずかしい行為なんじゃないかと思えてきたんですね。

少なくとも男子で絵を描く人は周りには一人もいなかったから。だから隠れてこっそり描いてました。

それで入試を受けたら、絵を描くことを恥ずかしくないと思う人がこんなにたくさんいる、と思って衝撃でした。

ただ高校時代は何か明確な理由があるわけでもなく何となく学校に行きたくなくなって、家でひきこもってた時期がありました。

当時は朝が来るのが嫌でしたね。日が昇ると学校に行かなきゃいけないから。別にいじめられたわけでもなく、

単に「なんで行かなきゃいけないんだろう」と思った時から急に行けなくなってしまいました。

本当にダメなやつで、「今頃みんな学校に行ってるんやろなー」とか言いながら家でヒルナンデス見て食べるご飯が世界一おいしかったです(笑)。

 

吉田

わかるわかる!!平日の昼間にマクド行って補導されたことあるけど(笑)。

 

粟田

それを家族からは「バカンス」と呼ばれて、ずる賢く欠席日数を計算して二学期から学校に行ってしれっと卒業しやがったと思われてます(笑)。

当時の先生からも「あんたが卒業できると思ってなかったわ」とか言われて。でもやっぱり二学期から学校に通えるようになったのは、この大学があったからです。

高校の卒業資格がないとせっかく合格したこの大学に行くことができなくなってしまうので、それで何が何でも頑張ろうと思いました。

 

吉田

こういうのって自分の中で勝手に気持ちが切り替わるものであって、誰かにアドバイスもらっても何ともならんもんな。

 

粟田

うん、そういう時はどんな凄い人にどんな名言を言われても全く何も響かんな。説得されればされるほど気持ちが離れていく。ほっといてくれとしか言いようがない。

 

吉田

でもこの引きこもりの経験がオープンキャンパススタッフとしての自分を優しくさせたな(笑)。どんな境遇の高校生が来ても全然大丈夫!

 

山吉

ええ話やなー。

 

村上

苦労した時期もあって、受賞もできて大手のゲーム会社に就職も決まって、本当に良かったね。

やっぱり色んなことを乗り越えられたのって、ゲーム的な思考とか笑いの力なんだろうね。

 

粟田

それでもさすがに就活のときは気持ちの余裕が全くなくて、何社受けても落ちて…。

企業の方に失礼のないようにしなきゃいけないとか、ここでヘマをすると来年この会社を受けようとする後輩にも迷惑がかかる、と考えてしんどくなりました。

それでラストチャンスとして受けようと思った会社に対しては、村上先生から「無理にカッコ良い事を言おうとしないで、

捨て身で楽しいと思えることを話して楽しんでこい」て言われて、その通りにしたら本当に受かりました。

おりこうさんより楽しい人を採用しようとする傾向があるんですかね。

 

吉田

どうせなら全てを楽しんだ方が良いので、わたしは面接に行くときは必ず「ショートコント、面接」て心の中で言ってからドアをノックするようにしてました。

そしたら面接中に起きる全てのことが楽しくなるんですよ。失敗しても後から笑いのネタにできるし。

 

村上

天才やな(笑)。

 

吉田

あとは就職試験を「出来の悪いギャルゲー」と呼ぶことにしてます。

 

村上・粟田・山吉

なんじゃそら(爆笑)

 

吉田

たまに「思わせぶりなこと言っといてその返し何なん!?」ていうコントみたいなやりとりがあって、多少理不尽なことを言われても仕様バグだと思うと笑えるので。

 

村上

その発想自体が面白い。苦境をゲームとして楽しもうとする姿勢が人生を明るくしてるように見えるね。次から次へと変なネタが飛び出してくるし。

 

吉田

ぶっちゃけ何も考えてないんで(笑)

 

村上

考えてなくてもこれだけ言葉が出てくるってことは地頭が良いんだろうね。

勉強云々じゃなくて、生きる力があるというか、世渡りが上手いというか。因数分解はできるけど人の気持ちが分からないやつとか一杯いるからね。

それよりはバカでいいから面白さについてちゃんと語れるやつの方が一緒に仕事をしたいと思う。

というわけで、かれこれ60分話したけど、まだまだ出てきそうだしキリがないのでこの辺で。

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