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(大学院)工芸デザイン分野 池畑 木綿子

KATAGAMI TOTE BAG (型紙トートバッグ)
KATAGAMI FUROSHIKI (型紙フロシキ)


型紙のデザインを活かし直す ―小紋とリバティプリントの比較より―

日本の型紙は、19世紀後半(明治時代)に欧米で起こった日本美術ブーム・ジャポニスムや、その後の欧米での産業デザインに大きな影響を与えている。しかし一方で、明治時代の終わりごろから、日本では、西洋からの染色技法やデザインが流行し始めたことで、型染は減少していった。イギリスのリバティでは、日本の型紙から影響を受けて100年以上前に考案されたデザインが、現在も製品に活かされている。しかし、リバティやヨーロッパの産業デザインに影響を与えた日本の当時の型紙は、現代の日本では、リバティのようには活用されていない。ここにはどのような理由があるのだろうか。
私は石川県立図書館で、明治の工芸振興期以降に行政機関が発行した図案や、石川県内の工芸品産地で使用されてきた図案などの収集と整理に取り組んできた。残存する図案の多くは陶磁器と漆器で、染織の図案は少ない。現在、加賀友禅の手描き染作家は複数存在するものの、型染の工房は1軒残るのみであり、型紙の生産者はもうほとんどいない。近年廃業した染色工房が所有していた型紙を図書館でまとめて入手したが、江戸~大正時代に作られた型紙という情報以外、詳細は不明である。仕事をとおして、目の前にあるものと事実から、先に述べた「海外の産業デザインに影響を与えた型紙は、なぜ現代の日本では海外のようには活用されていないのか」という疑問をもったことが、研究の動機となっている。私が型紙のデザインに惹かれたのは、そもそも明治ごろの美術や工芸に関心があったからである。暮らしを豊かにするものを量産し、多くの人の手にとってもらおうと試みていた時代であり、日本においては外貨獲得の手段でもあったが、当時のデザインには、単純な量産だけではなく、いかに美しい品を人々の暮らしに広めようかという意識の高さも感じられる。この研究は、型紙を軸とし、過去に遡って産業デザインでの海外と日本の関わりを見直し、現在の海外と日本の状況を照らし合わせることで、デザインとしての型紙の活かし方を考察するものである。
修士論文の第1章では、日本の型紙と小紋について、先ずはその歴史を振り返り、江戸小紋・京小紋・加賀小紋の違いを比較した。第2章では、日本の型紙がイギリスを初めとして欧米へ渡り、各国の産業デザインに与えた影響について、事例を踏まえながらまとめた。第3章では、現代においては、型紙がどのように活用されているのか、日本と海外の違いを、小紋とリバティプリントの違いを例にして比較した。第4章では、加賀小紋染作家・坂口裕章氏が家業で受け継がれている型紙とどのように向き合いつつ仕事に取り組んでいるのかを記し、プロダクトデザイナー・原嶋亮輔氏に依頼した図書館所蔵の型紙を活用したデザイン制作(商品開発)をとおして、昔の型紙のデザインから得られるもの、型紙のこれからの活かし方について考えた。また、研究活動実施報告資料として「石川県立図書館が所蔵する「型紙」のデザインを活かした商品開発」をまとめた。
論文執筆をとおして、海外では、日本の型紙のデザインを手本としながらもアレンジの自由度は高く、様々なプロダクトに活用されてきたことがわかった。比較して日本では、海外の産業デザインに多くのインスピレーションを与えるようなデザインであるにも関わらず、型紙が「着物のためだけのデザイン」に閉じ込められてきたことが、国内で型紙の認知度が低い要因になっていることもわかった。図書館で収集した型紙が例え貴重なものであっても、書庫で保管しているだけでは死蔵となってしまうため、デジタル化した画像をデジタルアーカイブで公開し、画像を活用したオリジナル商品の開発に取り組んだ。商品開発にあたり、あえて着物とは距離のあるプロダクトデザイナーにリデザインを依頼することにより、アレンジの自由度を高めることができた。そこで、現代の日本においても、型紙のデザインを活用したプロダクトが、着物以外の身近なものにおいても様々に展開できそうだという展望が見えた。しかし、日本の伝統のなかで蓄積されたデザインは型紙以外にもまだまだ存在する。行政機関で資料の収集・保存・活用に携わる立場として、この先も、収集後の活かし方を考えながら、石川県や日本の財産になるような資料の収集に取り組んでいくべきであると考えている。

選定した型紙1

選定した型紙2

池畑 木綿子

(大学院)工芸デザイン分野

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