(大学院)工芸デザイン分野 金子 智恵美
酒器の価値と魅力 ―名酒器といわれる要因と源泉を紐解く―
1. 制作研究の概要
当研究では、酒器の「魅力」と「価値」に焦点をあて、日本人の目線でみる酒器の魅力と価値のありかを明確化、すなわち酒器は何をもって評価されるか・価値があるとみなされるかの要因をつまびらかにし、体系化を試みたものである。
研究範囲は、日本国内で生産された陶磁器の酒器の中で、日本酒を飲む目的でつくられたもの(酒を容れる・注ぐ為の道具と口まで運び呑む為の酒器)とした。
2. 制作研究の背景・意図
背景
海外で日本酒の人気が高まっている昨今、日本酒ほど様々な素材と形態の器で酒を楽しむ文化・風習は世界の中でも珍しい。また日本酒は、嗜好物としてヒトが日頃飲む為の飲料といえども、歴史的にも今現在も、神に捧げる為の宗教的な献上物にも用いられ、儀式や祝宴の際、そして、外交、ビジネス交流目的など様々な状況に用いられている。
そのため、日本酒を飲む用途として使われる酒器については、酒が歴史的に存在すると同時に、酒器が存在してきた。しかし酒器が、単に酒を飲む行為(用途と機能)を満たす目的で機能的・技術的につくられた器の存在をこえ、状況に応じた(儀礼目的)酒器や、投機目的や収集コレクション対象としての酒器、そして、昨今はオブジェ的(鑑賞目的)な酒器も登場している。
動機
当初の問題意識として、酒器はどのように取引(評価・値付けされ、展示・コレクション)されているのか?どのようなニーズがあるのか?魅力ある酒器とは?作家は何を基準に魅力的な酒器をつくるのか? 酒器の値段は何を根拠につけられる? 価値はどう決まる?歴史は? 現状の市場は?
陶芸産地に身を置き作家・ギャラリー・美術館や、飲食店、酒造業者(製造者)含め業界関係者とやり取りする日々の中で問題意識が芽生え、疑問を晴らすべく調べ始めた。茶器(茶道)や花器(華道)やオブジェ的陶芸に関しては数多くの研究が存在したが、対照的に、上述の酒器に関する疑問に対し、ヒントとなる素材は存在してはいても、明確な解答は見いだせなかった。
それら酒器がなぜ、美術館での展示対象となり、名酒器といわれ珍重されるのか?時代ものは骨董品として、そして投機やコレクションの対象となり高額で取引される。それはその時代時代、飲酒という用途を満す機能以上に、人々を魅力する何かがそこにあり、価値をみいだしてきたからである。
酒器に対する「価値観」や「美意識」、日本人は何を理由に酒器に価値を見出してきたのか? これらの疑問に自ら答えを探し出す、それが当研究の動機となった。
3. 制作研究の位置づけ
酒器に関する先行研究は少なく、学術的研究といえるものは限定的である。特に、酒器についてその「魅力」や「価値」という観点で論じた研究についてはほとんど存在せず、酒器に関しての先行研究については、研究以外の文献(酒器の種類・技巧・デザインに関するものや、作家・職人・産地に関する文献および雑誌、美術館展示図録、個人的エッセイ等)がほとんどであることから、研究手法としては、入手可能な文献(書籍や雑誌を含む研究目的とされてない類)を参考文献とし、酒器を取り巻く市場やアート(美術)市場での取引形態の研究、さらに酒器に対する日本人の価値観の源泉を紐解く為、日本人の美学・美意識という側面からも考察した。
酒史学会(日本酒を文化的側面から研究る学会)に所属し、日本酒文化を体系的に把握することに勤めた。
尚、「価値」研究に関する範囲をアート(陶芸含む)市場取引と価値に広げた場合、それら研究は海外では進んでいるが、日本国内では研究が進んでおらず、そのロジックが十分構築されていないと業界内では言われていており、今回の研究が未開拓分野に一石を投じる研究となっていることを望んでいる。
4. 自己評価
海外にて日本酒ブームがおき、今年 2024 年 11 月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されることとなったことから、今後、海外で呑まれる日本酒にも酒器(ワイングラスなどではなく)が使われ理解が深まることを目指し、今回の論文研究で得た知見やコンテンツついては、酒器を研究するものが少ないことから、希少価値があり、大変有意義な内容であると信じている。今後、日本語のみならず、英語で積極的に情報発信していくことをめざしている。
課題としては、今回の研究対象範囲を限定したため、研究背景とその動機はあるもののノータッチとなってしまった分野(例えば、海外(日本人以外)の目線による日本の酒器の目線・価値観とコレクション事情や、中国・朝鮮半島の酒器(日本における陶磁器技術の源という意味で)の現地と日本の価値比較研究、そして、海外(中国・朝鮮を超えた)の酒器事情)については、今後の課題として研究を深めていきたいと考えている。
金子 智恵美
(大学院)工芸デザイン分野
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