拝啓 渡邊守章先生

11月 06日, 2011年
カテゴリー : 過去の公演 

※はじめに
このブログの文章を書かせていただくにあたって、どう書こうか随分悩みました。「現代における創作能の意味」なんて、私には到底語りきれるテーマではないし、荷が重過ぎます。そこで、今、私がどのような心境で講座の〈聞き手〉に臨もうとしているのかを正直に、それも、渡邊先生にお手紙を書くつもりで、何の誇張もなく書く以外ないと考えました。やや、個人的な文章ですので、本ブログの読者の皆様、ご退屈でしたらごめんなさい。他人の恋文を読むほどつまらないものはないですもんねー。先にお詫び申し上げます。

《受け継ぐということ》

~あるいは、「拝啓 渡邊守章先生」~

先生。

「今回の公開講座に聞き手で」、とお声をかけていただいた時、こんなに嬉しい事はなかったです。
このような事を若輩者の私が言うのはおこがましいですが、渡邊先生の〈新作能の創造〉の一連の御活動は、演劇史上おいて大仕事中の大仕事だったと思うのです。それも現在進行中の一大ライフワークであり、常に更新し続けておられる研究テーマのおひとつではないかと。先生からすれば、多岐にわたる超人的な芸術活動のほんの一角でしかないのかも知れませんが、私には、その40年以上にも及ぶ新作能の足跡は〈奇跡〉であるようにしか思えません。
それは、私自身が、「日本の伝統演劇の手法や発想を如何に、現代演劇が取り込むことができるか」または「伝統演劇の現代性は何処にあるのか」という問題を、理論と現場論の両面から考えたくて〈木ノ下歌舞伎〉という団体を立ち上げ、現在活動しているということもあり、その一筋縄ではいかない難しさ、現場と理論のせめぎ合いからくるジレンマ、まるで底なし沼にはまったかのような創作の苦しさなど、ほんの少しは体感しているつもりでして、ですから、なおさら、先生の偉業に胸打たれるのだと思います。
特に、70年にスタートした、古典の現代化の先駆的活動、演劇史上そのさきがけである「冥の会」―。今でこそ玉石混合、新作能はあちこちで上演されるようになりましたが、これは、それらとは一線を画す、覚悟と気概と危機感と、そして大きな野心を抱いての演劇実験ですよね。第一、観世三兄弟をはじめとする伝説の名人達を率いての創作活動、考えただけでも、そのスケールの大きさに眩暈がします。単なる実験公演ではなく、まさに演劇史に対し挑戦状を叩きつけるというスケールで展開され、かつ、理に偏ることなく、多くの観客を巻き込みながら話題を呼ぶなど興業的にも成功をおさめる。その手腕は、私などから見ればもはや〈神業〉です!それだけに、一つの稽古場に演出家が5人も6人も居るような会を如何に統率し、作品を纏め上げ、〈生きた創作理論〉を構築していったかなど、一若手演劇人として是非とも徹底的にお話をお伺いしたいと、そんな機会がめぐってこないものかと切望しておりました。(余談ですが、機会がめぐってこないなら、自分で〈冥の会をめぐって〉というシンポジウムを主催しようと、実は個人的に計画していたくらいです。)
そんな中での今回の講座-。まさに願ったり叶ったり、聞き手役など分不相応だとは思いながら、その嬉しさは並大抵のものではありません。
なぜ、そこまで、渡邊先生から新作能のお話を伺いたかったか。それは、決して私個人も思い入れだけではなく、そこに、古典芸能の未来を開く重要な〈ヒント〉が隠されているように思えてならないからです。
そもそも、理論と現場論を繋ぎ合わせながら、古典の現代性を発掘する有効な手法を生み出すことは、至難の業で、現場論に偏りすぎると歴史的になんだ根拠の無い荒唐無稽な舞台に終わってしまう―、机上の理論に縛られれば頭でっかちの無味乾燥な舞台になってしまう―。ひとつ問題の立て方を誤れば、即、破綻してしまう難しさを古典の新作物は常に孕んでいると私は思うのですが、そのような安直な古典の新作物が蔓延しがちな現代だからこそ、先生の御活動は、これからの伝統演劇の指針を示す一つのモデルケースとして、しっかり記録を残していきたいと思うのです。それも、単なるアーカイブとして終わらせるのではなく、それら膨大な〈知の財産〉と〈心意気〉を、私たち若手が及ばずながら、受け継ぎ、咀嚼し、時に再検討し、どう独自で発展させていくことが可能なのかを考えていくことが重要だと切に思うのです。それが、これからの何十年後の演劇界を担っていく私たちの若手に課せられた責務であろうとすら―。
ですから、公開講座当日は、まるで『菅原』の筆法伝授を享ける武部源蔵のような心境で、そのような使命感を持って、聞き手を務めさせていただきたいと思っている所存です。また、お客様の代表として、様々質問もさせていただきたくと思います。木ノ下ごときの源蔵で、さぞ渡邊相丞様はその頼りなさにお嘆きでしょうが、そこは何卒ご辛抱くださいませ。
興味深いお話をお聞かせ願えることを楽しみにしております―。
これからの京都はますます冷えますゆえ、くれぐれもお身体にはお気を付けください。

追伸
先生の、冥の会にまつわる芸談を、聞き書きという形で、いつの日か一冊の本として残したいという夢を木ノ下が持っていること、頭の片隅に、一寸、置いといていただけると幸いです。

木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰・本学博士課程在籍)拝