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2023年03月31日

【アートライティングコース】思想は、いまや鳥の群れと化して風のまにまに四方に飛び散り、世界じゅうのあらゆる場所をいっぺんに占めてしまうようになった(ヴィクトル・ユゴー)

皆さまこんにちは。非常勤教員のかなもりゆうこです。つい先日、アートラィングコースでは教員たちによるZine『綴(つづる)』を発行しました。執筆者は編集人の大辻都先生を筆頭に、青木由美子先生、居村匠先生、上村博先生、君野隆久先生、林田新先生の6人で、私はデザインを担当しています。特集はその名もArt + Writing。先生方が各々のテーマと手法で楽しんで綴られたアートライティングに、「読むこと」を主眼においた文字組みを施して、濃いミッドナイトブルーのインクで刻印しています。また用紙は、ふんわりと嵩高で素朴な手触りを持ちながら、優れた印刷再現性を備えた紙を選びました。張り具合による紙や空気の動き方と音も気持ちよく(紙によって音もいろいろなのです)、触覚に誘われる感性を引き出すことと、印刷時の鮮明で高精細な可読性の両立を追求して開発された紙なのだと思います。京都の瓜生山キャンパスや東京の外苑キャンパスなどで配布していますので、出合われた方はぜひ手に取ってお読みください。



さて、印刷という言葉を量産する技術はいつから始まったのでしょうか。そして私たちに何をもたらしたのでしょうか。印刷は仏教における需要に応じて生まれたと言われています。紙が作られる前から、その初期形態は青銅や石や粘土に刻みつける印として見られますが、7世紀後半に中国で木版が始まったことがその準備段階となるようです。そして実際の形となった最古のものとして現存するのは、770年頃の日本の奈良で、称徳天皇が百万基もの小さな木製の三重塔を作り、その中に『陀羅尼(だらに)』経本を一巻ずつ奉納した『百万塔/無垢浄光経陀羅尼』です。ミニチュアの仏塔の中に納められた百万もの経本の印刷は、大量の紙とその紙に定着する適切なインクがあってこそ叶えられます。しかし紙が開発されたことにより言葉をそこに留めたのではなく、言葉を留めおくために紙が開発され進化していくのは現代と同じです。

現存する世界最古の書籍は867年に中国の敦煌の石窟で発見された『金剛般若経』ですが、版木による頁ごとのブロックプリントで、その口絵と文字から、彫りと刷りの卓越した技術があったことが示されています。ブッダは弟子である長老スブーティに経典を写して配ることを繰り返し命じていて、そこからも写本や印刷が生まれるのは自然の流れであったと思われます。この経の題目であるサンスクリット語のVajracchedikā(ヴァジュラッチェーディカー)は「金剛のごとく摧断(さいだん)するもの」という意味で、それは「般若波羅蜜(=知恵の完成)」を表しているのです。

プラトンがイデアを論究するためには書き言葉が必要でした。溢れ出る思考を記録し、迅速に伝えていくために紙が作られ版を発明し、そのうちに活字が生み出される。紙や印刷はつまり書き言葉という技術の発展形なのです。

順序が後になりましたが、冒頭のタイトルに掲げたのはヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』(1831)の中にある言葉です。その少し前の箇所から下記に抜き出してみます。

思想は印刷されることによって、かつてなかったほど不滅なものとなった。空気のような、つかみどころのない、こわすことのできないものになってしまった。思想は空気に溶けこんでしまったのだ。建築が人知を代表していた時代には、思想は山のような建物に表現されて、ある時代と、ある場所を力づよく占領していた。だが、思想は、いまや鳥の群れと化して風のまにまに四方に飛び散り、世界じゅうのあらゆる場所をいっぺんに占めてしまうようになった。(『ヴィクトル・ユゴー文学館 第五巻 ノートル=ダム・ド・パリ』辻昶 /潮出版社)

「これがあれを滅ぼすだろう」という言葉も有名なこの作品。これとは書物のことで、あれとは建築のことを指しています。グーテンベルクが15世紀に印刷を発明すると、それまで特権的な者たちが接することのできる書物の役割であった建築に、広く一般にも普及する紙が取って代わります。ですが前述したように、次々と変遷していくテクノロジーというのは元の大きな発明である「書き言葉」を助けながら発展し変化しているのです。実際、ユゴーは建築の衰退に対する哀惜とその功績への賛美を情熱的に書き綴り、これからも建築を愛する精神を伝えていこうと呼びかけながら、新しいメディアである印刷物に大きな期待を寄せています。だからこそ印刷術を使ってこの小説を世に送り、人知による共同制作である第二のバベルの塔を夢見たのです。『ノートル=ダム・ド・パリ』の中の第五編は、文化・出版・言論・思想について記した見事な批評になっていますし、ご興味のある方はこの小説をぜひ、文化史、メディア論という視点でも読んでみてください。

未来には書き言葉はどのような技術によって羽ばたき、どのような次元を持った建造物となっていくのでしょうか。いずれにせよ、書かれた言葉は他者に語りかけるということ、そして「思考し、記憶し、記録する」という私たち人間の特性こそが本質的なものなのです。

アートライティングを通じて書いて伝えることの深さ大切さを皆さんと共有していけたらうれしいです。良い春を──。



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