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2023年06月20日
【アートライティングコース】一水四見『瑜伽師地論』

うちのベランダでは、五月から育て始めた朝顔がゆっくりですが着実に成長しています。パンデミックの自粛期間中に、楽しみのひとつとして知人たちにメールアートを送っていた私の元には、その返礼として今でもいろんな方から折々にお手紙を頂くという幸せがあります。四月に友人から届いた郵便には「江戸風情(エドフゼイ)」という名の変化朝顔の種が同封されていました。
ゴールデンウィークが終わる頃、そのスイカ形の固い粒をシャーレの水中に放ち、三日ほど置いたのですが何の兆候もなく、思わずあきらめかけました。インターネットで調べて、発芽処理の芽切りがされていない朝顔の種は、金槌で叩いたりヤスリやナイフで殻に傷を付けたりすると良いということを知り、ルーペを覗き込みながらこわごわとメスでつつき、再び水に浸して見守ったところ、小さな根がちょこんと出てきました。苗床に移して少量の土をかけると数日で芽が伸び始め、黄みどり色のパピヨンを戴いた小さな塔が現れました。
大きく色濃くなってきた双葉がぐんっと両翼を広げ、ひらひらと風を受けながら、本葉を一枚ずつ繰り出すために活動する姿は真っすぐで愛らしく、一日のうちに何度も見つめてしまうのですが、目に見えない大切な部分つまり鉢の中の根っこをびっしりと育てるためには、土は「乾かし過ぎ」でなく「乾き気味」にしておけだの、小鉢を週に2回ほど180度回転しろだの、懇切丁寧ないくつもの指南があって、それを頼りに世話をしてきました。
本鉢に移植した今、どのように蔓が伸びていくのか楽しみにしているところですが、「いついつ何処そこの蔓先を摘芯せよ」というこれまた事細かな筆録があり、時々ちょきんとハサミを入れています。
- 朝皃の蔓のさきの命ふるはす 尾崎放哉
あ、さっき見た時とは違う……。無風でも、同じ処には留まっていない蔓の先。顔を近づけて凝視すると、なるほど時々かすかにふるえています。朝顔を眺めるに、清澄な一朝花ではなく、細く柔らかい蔓の先をクローズアップしてみせる放哉。三度の「の」に導かれた視線の移動の末の捩れと微細な揺れ動き。それが幻視となってこちらの網膜にも投影され、心もふるわせます。人の命が今よりも少しままならない時代に、漂白の人生を選んだ放哉が見つめた生死のあわいと孤独の深みは、儚いテキストである俳句を通してすくい取られました。言葉になる以前の感覚を、ようやく汲みつくした瞬間に現れた言葉は、さえざえと光りだします。

さて、朝顔は夏至を過ぎると日が短くなったのを感じ取り、種を残すために急いで蕾を付け始めるのだそうです。真夏にはどのような色模様の花を咲かせるのか空想するのも楽しいですが、目下のところ朝顔との蔓作りのあやとりを試みています。伸びゆく先を予想したり誘い込んだり、またこちらの目論見をかわされたりしながらも造形に興じて、竹や麻紐や天蚕糸(テグス)を足してゆくブリコラージュ。虫を寄せ付けないためにあるという蔓先の毛が白く透明に光る様は何やら神がかり的で、まるでミニサイズの龍と戯れているかのようです。
摘芯を行う際は、ここを切っても大丈夫だろうか? と少々臆するのですが、剪定することでわき芽が育ってこんもりと繁り、花も次々咲くとのこと。緑色の螺旋階段を何度も昇り降りしながら見定めた位置でぱちんと断つ。その傷の感覚が突破口となって新たな枝葉を繰り出して成長し結実します。これはどこかアートにも似ているのではないでしょうか。芸術とは何かに「気がつく」こと。「気がつく」ことは私たちの静寂や平常を乱すひとつの創(きず)であり、それが刻まれることが創造への糸口となります。
放哉が朝顔の蔓先を切り取り、そこから芽吹いてきた言葉の配置の緊張感によってありありと喚起させたもの──。放浪者が終の棲家までずっと携えたのは俳句という小型の器でしたが、俳句とは意表を突き、しかも心地良いものでなければならず、一瞬一瞬を突き詰め、巧みに導き出されます。
多くの花と同じく朝顔は「待たれる花」なのだと感じていますが、言葉の意味というものもそう簡単には創出されません。一人ひとりの体感からしか「気づき」=「言葉」は生まれず、人間が時間をかけて丹念に考えるという行為において、その意味が立ち上がるのです。自ら感じて、思索し、言葉にできる可能性を信じて励む。これらをゆるがせにせず積み上げてゆくことで、各々のアートライティングを追求したいものですね。またこれは、私たちにとても豊かな時間と精神的な実りを与えてくれるはずです。

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