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通信制大学院

2023年10月14日

【通信制大学院】歩く方向を定めるために

何年か前、むかし勤めていた山形市内にある大学へ向かう際に道に迷ったことがあった。ふだん東京に住んでいる者にとって、そこはほぼ見知らぬ土地であり、また日が落ちて暗くなってしまったので、本来まがるべき道よりも一本はやく曲がってしまったのである。

最初に感じたのは、そこはかとない違和感である。はなから違った道を曲がってしまったと理解したのではなく、ただ「何か変な感じがする」という程度の感覚であった。むしろこのときのわたしは道を完全に誤解していたため、「たしかに道は間違っていないはずなのに、どうにも違和感がある」といた状況に陥った。その違和感はだんだん強くなり、ついにはこれは違った道を曲がってしまったのではと理解するに至るのであった。

そのように理解した瞬間、それまでいつもの通勤路だと思っていたその道は、まったく知らない不気味な何かへと変貌するのである。ここまで体験して、はじめて来た道をもどるという選択をとることができたの。

じつは来た道をもどるというのは、高度な判断力を求められる。最近はどういうわけか、You Tubeなどで雪山の遭難についての考察動画をみるのだが、雪山において生死をわけるのは、この来た道をもどる力である。そしてこの判断をくだす際には、頭脳により理解する能力ではなく、むしろ知覚(嗅覚に近い)にもとづいた体感、そしてそれを信じることが求められる。

これと同じことが、小説などの文章を執筆する際にも言える。わたしが創作にかんする授業で最も重視しているのは、執筆者が自作について適切に判断できる能力である。自分の書いている作品がいい方向に向かっており、このまま書き進めてもいいのか。あるいは若干の軌道修正が必要となるのか。あるいは、いちど立ち止まって、周囲を見回した方がいいのか。それとも今きた道をもどるべきなのか。とくにシビアな判断が求められるのは、今きた道をもどるべきか否かの判断である。したがって最も緊張するのは、まだ来た道をもどれる段階にある時期、つまり執筆の初期段階である。

わたしの授業の場合、このように判断する能力を身につけるのが、創作系の授業の目的となる。これさえ身につければ、あとは頑張ればいいだけである。逆にこの能力が身につかないと、他人の意見に左右されてしまい、迷路から抜け出せなくなるだろう。たしか北野武『アキレスと亀』には、この他人に左右されることの恐ろしさが描かれていたはずである。

『アキレスと亀』、監督・脚本:北野武、2008年、配給:東京テアトル、オフィス北野



ではこの判断力を身につけるにはどうしたらいいのか。まずは経験値を上げることである。さまざまなタイプの本を読む経験。自分の守備範囲から外れる本を読む経験。執筆などにおける失敗の経験も重要である。そして学生や教員によるコメントとは、こうした判断を下すための、貴重な材料となるのである。あとは自分が書いたものを、他人のものとして見直すためのひと工夫と冷徹さである。

こうした判断力は、執筆の現場に限らず、生活のあらゆる場面において応用可能である。いやいやそんな判断ができたのなら、お前はもうちょっとマシな人生を歩んでいるだろう。そう言われるかもしれないが、少なくともあの晩の山形の道で凍死しなくて済んだのは、自分が文章を書いていることと無関係ではないのだ。そう反論しておくことにする。

池田雄一

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説明会情報


2023年11月29日(水)19:00~20:30
文芸領域 小説創作ゼミ特別講義
「物語創作ジャンルの近未来 ~書き手が育つ「場」の実現にむけて~」
担当(小説創作ゼミ教員):池田雄一先生、藤野可織先生、松岡弘城先生

2023年12月12日(火)19:00~20:30
文芸領域 入学説明会
担当:辻井 南青紀先生
 

↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!

▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ


文芸領域では入学後、以下いずれかのゼミに分かれて研究・制作を進めます。

●小説創作ゼミ


小説、エッセイ、コラム、取材記事など、広義の文芸創作について、実践的に学びます。

●クリティカル・ライティングゼミ


企画、構成、取材、ライティングから編集レイアウトまで、有効な情報発信とメディアのつくり方を実践的に学びます。

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