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2024年02月16日

【アートライティングコース】「天才の飛翔にはいくつかの欠点・欠落を実際に許してあげる必要があるのです。 」 アンドレ神父(『美についての試論』1741年)



今年の卒業制作展風景



みなさまこんにちは、教員の上村です。もう立春も過ぎて、年度も終わりが近づいて来ました。いかがお過ごしでしょうか。
京都のキャンパスでは、ちょうど今、通学課程の卒業制作展が終わったばかりです。絵画や立体造形ばかりでなく、映像、ゲーム、プロダクト、ジュエリーなど実にいろんなジャンルの多様な作品でキャンパスが埋め尽くされていました。いずれも個性的で若々しい才能に溢れていました。
ーー若々しい、そう言ってしまえば終わりです。しかし、若々しいと言っても大胆な思い切りの良さもあれば、不安定な危うさがあるものもあり、さらには稚拙、未熟というべきものもあって、単純に若いという語で括れないのが面白いところです。ところで、芸術作品は大家の手になるものであっても、決して安定した老成ぶりを示すものばかりとは限りません。その中には、否むしろ、その多くには、細部まで整った完璧さというより、どこか不安定なところ、さらには破調の部分が含まれています。安定した構図を崩すようなモチーフが置かれていたり、突然、不協和音が挿入されたりと、何かこう、落ち着かない異物が出現することがあります。芸術家が意図してそうしたものを敢えて盛り込んだのか、それとも不本意ながら残さざるを得なかったのか、いずれにしても、そうした乱れはつきものです。



冒頭に掲げたましたのは18世紀の思想家イヴ=マリー・アンドレの言葉です。普通は「アンドレ神父」(Père André)と呼び慣わされているとおり、彼はイエズス会の勤勉な聖職者でしたが、修道会の上層からデカルト思想にかぶれた危険人物とみなされ、投獄すら経験しました。心ある人々からはその学識が相応に敬意を払われていたものの、中央から遠ざけられた後半生はカンの街で過ごします。そしてその地のアカデミーで行った講演をもとに、『美についての試論』(1741)を出します。美を部分の統一と秩序に見出すという古典主義的な考えが繰り返し表明される本書は、ロマン主義以降の近現代美術を経験してきた私たちからすると、いかにも古めかしく大昔の遺物のようにすら見えるかもしれません。

しかし逆に芸術が美とは無縁になったかのような今日だからこそ、読めば新鮮な発見もありますし、またアンドレ神父は何よりも芸術作品や自然の多彩なあらわれに対して感受性豊かであり、教条主義的な秩序一辺倒でもありません。彼自身もこう言っています。「しかしながら、法の厳格さを誇張しないようにもしましょう。」「絵画では、細やかで完成した顔立ちにより立体感を与えるために、筆捌きがいくらか粗くなることが許されます。語りにおいても、作家が欠点を消す美によって小さな欠点を覆う術を知っていることが条件ですが、文体のぞんざいさは許されるのです。」(下記書籍の74頁) アンドレ神父が「大胆さであり、傲慢ではない」と注意深く条件をつけてはいるものの、精神的な仕事においては、時に逸脱や規則を外れることが、かえって全体の大きな構造を組み上げることに貢献するという事情を良く語っていると思います。

さて、アンドレ神父はこうした逸脱を作品の内部において語っています。これは作品の統一を重視する以上は当然です。ただ、少し彼の議論から離れてしまいますが、このことは実は芸術家のキャリアのなかでも起きるのではないでしょうか。勿論、実人生が芸術作品だと比喩的に語ろうというわけではありません。

しかし、芸術家の仕事は芸術家の社会的ないし個人的生活と関係しつつも、またそれとは必ずしも一致せず、独自に成長し変化してゆきます。そのなかで、すべてそつなく完璧に歩みを進めるということが生涯の仕事を完遂することになるかというと、それはむしろ予定調和的な平板な美にしか至らないのではないでしょうか。個々の作品同様に、それらの作品を通じた一連の制作活動にもしばしの乱調が入ることで、却ってその仕事全体の精彩が増すように思われます。 卒業制作の未熟も、それはそれとして評価するということはたしかに必要でしょう。しかしまた長いキャリアの全体の中では、稚拙さであれ、若気の至りであれ、はたまた年寄りの冷や水であれ、「乱れ」を経験しておくことも、作家の大きさを形作る上では必要なように思います。



 イヴ=マリー・アンドレ『美についての試論』馬場朗訳・解説、法政大学出版局、2023年(Yves-Marie André, Essai sur le Beau, 1741; 3e édition 1763)。






2023年度 通信教育課程  卒業・修了制作展 開催


芸術・デザインを学ぶ社会人学生の集大成!個性豊かな約1,100名の卒業制作・研究を展示します。 京都瓜生山キャンパスだけでなく、WEB卒展も同時開催。ご来場いただけない方は、ぜひオンラインでご参加ください。




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