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2020年11月09日
【アートライティングコース】言葉というものには魂があるのであって、単に意味があるだけではない(ウィトゲンシュタイン)

日毎に秋が深まってゆきますが、この季節だけの見事な色彩や澄んだ空気を満喫されているでしょうか。私が住む辺りではゆりの木の葉が黄金色に色づき、ふわりとした大きな落ち葉は褐色で、それはまた優雅な様子です。
ゆりの木と言えば、エドガー・アラン・ポーが暗号を初めて本格的に扱った小説『黄金虫』の中で、アメリカの森林樹でもっとも壮大なゆりの木、学名リリオデンドロン・トゥリピフェラのてっぺんに従者ジュピターが這い登り、磨きたての黄金のような輝きを放つ重たい一匹の黄金虫を紐につけ、枝の上から下に垂らすというシーンがありますね。
ごくありふれたものが鮮やかに感じられ、生き生きとしたものとして心を動かすのは、個々人がこれまでにどのようなものに触れ、関心を持ってきたかということに依りますが、私たちが何かを言葉にするとき、そうした存在の手応えを形にできるよう、常に意識できているでしょうか。また、現実の手触りや肉体から始まる言葉を使うことに、真摯に取り組めているでしょうか。
さて、あらためまして、冒頭に記しましたのは『言葉の魂の哲学』(古田徹也著、2018年、講談社)にも引用されているウィトゲンシュタインの言葉です。(『哲学的文法』〈ウィトゲンシュタイン全集3・4〉山本信・坂井秀寿訳、1975-76年)

「言葉の馴染み深い表情。言葉がその意味をみずからのうちに取り込んでおり、その意味の生き写しになっているという感覚」(ウィトゲンシュタイン『哲学研究』第2部、丘沢静也訳、2013年)
それを掴むためには、語ろうとすることが置かれている文脈である〈言葉の場〉において言葉同士を比較し、評価し、使うべき言葉を選び取る体験を繰り返すことが必要と言います。
この論考における探求は、中島敦の『文字禍』、またホーフマンスタールの『チャンドス卿の手紙』に現れる言葉のゲシュタルト崩壊によって問題提起され、やがてウィトゲンシュタインが大きな影響を受けたカール・クラウスの言語論へと私たちを導いていくのですが、クラウスは「言語は、言葉と言葉の間に存在の場をもつあらゆる迷いから成り立っている」と言って、この迷いはむしろ道徳的な贈り物であると見なし、そして「言葉を選び取るというのはそれ自体が人のとるべき一個の責任である」とし、それは私たちに求められる倫理であるとまで言っているのです(共に『言葉』〈カール・クラウス著作集7・8〉武田昌一・佐藤康彦・木下康光訳、1993年)。
このように語るクラウスの根底には、実は言葉への厚い信頼があります。人が言語を使用してきた長い歴史が育んだ〈言葉の豊穣な可能性〉、だからこそぴったりな言葉は不意に言葉の側からやってくるという〈言葉の自律性〉、そして私たちが咄嗟に発してしまう言葉の、規則からの逸脱さえも独特の意味合いをつくり出す〈言葉の柔軟性〉という、有機体としての強靭さを持つ、言葉に備わった〈創造的必然性〉をクラウスは見出しているのです。
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最後に今回も、自分が行っているプロジェクトを紹介したいと思います。コロナ禍で文化状況が停滞するなかで始めた郵便の試みで、手簡とメールを使ったインタビューや取材により制作した読み物、手作業のアートピース、ポストカードなどを、気に入りの封筒に軽やかに詰め込んで郵送するメールアートです。第1号では写真家の草本利枝さんとの対話「光、見ること、写真、粒子、現すこと など」を便箋に印刷し、2号目は画廊のオーナーである原田直子さん(ギャラリーカメリア)と佐藤香織さん(ギャラリーナユタ)からそれぞれが大切にされている個人活動である茶道と朗読についてのお話を伺い、「Private Time」と題する小冊子を作りました。表れてくる言葉のやりとりとそのまとめ、使う写真、色彩や紙などの素材はすべて、届けたいものの本質を内在的に問いながら少しずつ決まり、形になってゆきます。そして、ここでは「軽やかさ」も大事にしていることのひとつです。

こだわったディティールに魂が宿るのは、どれも同じこと。微妙なニュアンスを求めて迷う要素はまさに宝箱の中味です。その贈り物を味わいながら、「いま何を選ぶか」を繰り返し問うていきたいと思います。
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