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食文化デザインコース

2025年10月16日

【食文化デザインコース】「おいしい」を伝えるなんて、どうでもよかった?編集者が語る食文化をつくること

こんにちは、食文化デザイン研究室の麻生桜子です。

9月のオフィスアワーに、食の編集者の江六前一郎さんをお迎えしました。

雑誌『料理王国』元副編集長で、現在はFood HEROes代表として30歳以下の料理人コミュニティを運営されている江六前さん。そんな江六前さんの印象的な言葉が、


「”おいしい”を伝えるなんて、どうでもよかった」


です。

美術の視点で料理を見る


江六前さんはもともと美術や歴史などの編集をされていました。2012年に料理王国の編集部に配属されたのが、食の世界との出会いです。

食の世界に本格的に興味をもつきっかけとなったのは、料理王国での取材で体験したあるコラボイベント。エスキス(リオネル・ベカさん)と奥田透さんによる食体験が江六前さんの価値観を変えました。

▷エスキス×銀座 奥田 コラボイベントの記事はこちら

鴨だしでそばをパスタのように食べる料理が出されたとき、「これはすすっていいの?」と迷ったそうです。そこで気がついたのは、料理の中にあるジャンルや国境、食べ方のルールは全て人が作ったものだということ。

デュシャンが便器を美術館に飾って「美とは何か」を問いかけたように、料理もまた既存の枠組みを更新する可能性がある。そう感じた瞬間でした。

「美術の視点を使えば、食というものを見ることができる」

美術批評のロジックを料理に応用すること。それは感覚的な「おいしい」ではなく、前例からどう更新されているか、どんな課題を乗り越えているか、時代にどうマッチしているかで料理を読み解くということです。

「良い料理」と「美味しい料理」


江六前さんが重視されているのは、主観的な「おいしい」ではなく、客観的な「良さ」です。

「いい料理とは、シェフが言っていることと、その料理の表現が合っている料理」

珍しい食材を使っていると言いながら、それが伝わってこない料理は「編集する余地がある」と言えるかもしれません。

シェフが伝えたいことと料理の表現が一致している時、それが「いい料理」だといえる。個人の好みとは別の軸で料理を評価する視点です。

編集の実践


とても愛のある文章を書かれる江六前さん。取材前は、まずその人を好きになることから始めるそうです。

「事前調査で必ず好きな部分を見つける。好きな部分があるからこそ、その人の良いところを聞き出したい」

そして骨子原稿を作って取材に臨む。ある程度の仮説と落としどころを持って向かうことで、当日の会話がより深いものになります。

現場では、まず料理撮影から。

「『これから作る料理はどうですか?』と聞くより、『この料理はどうですか?』と聞いた方が質問しやすい」

相手がよく使う「引き算」のような決まり文句があれば、あえてその意味を棚卸しさせる質問を投げかける。前半は聞き手に回り、話してもらった内容の中からポイントを見つけて、後半で深掘りしていく流れです。

誌面づくりのこだわり


誌面づくりでは、ビジュアルから企画を描くことを重視されています。

「取材をしたときにビジュアルまで思い浮かぶ取材はすごくいい」

そのために江六前さんが実践されていたのは、『和楽』や『家庭画報』などの良質誌面を「完コピ」すること。文章と文章の間隔や、本文とキャッチの大きさの割合まで完全に真似することで、そのロジックを体得していったのです。

文章を書く際は、必ずタイトルを先に決める。

「タイトルを決めて、起承転結の見出しを4つ書いて、頭の中で書けるようになったときに初めてパソコンの前に座る」

若手料理人の場づくり「Food HEROes U-30 COMMUNITY」


江六前さんが現在力を入れているのが、Food HEROes U-30 COMMUNITY。30歳以下の料理人コミュニティです。

撮影=三矢健登(さいだー)



「30歳の時にどれだけ視野が広げられるかが大事。それ以降も何もできないわけじゃないが、ベースにあるものを変えるのは難しい」

茨城のレンコン農家訪問や、新潟・糸魚川の「越の丸なす」を使った持ち寄り会など、産地訪問から始まってメニュー開発、マルシェでの販売までを循環させる活動をされています。



撮影=江六前一郎



生産者への謝金支払いと参加者アンケートによるフィードバックも欠かしません。

「当たり前じゃない」という感覚を共有することを大切にしているそうです。

編集者の仕事は「文化をつくること」


あるパン屋さんを営んでいらっしゃる方から言われたという印象的な言葉があります。

「編集者の仕事は、カルチャーを作ることだよね」

「自分の中にある価値観を提示して、それが一つの文化になったと言えるものを作りたい。今は『若手の料理を食べることが未来の食文化の応援になる』というカルチャーを作りたい」

現在は「日本で最も美しい村」連合と連携したガストロノミーツーリズム企画も展開中。地域の生産者と東京のシェフを繋ぎ、地方でイベントを開催することで、新たな食文化を創出しようとされています。

江六前さんのお話から、編集という仕事の本質が「情報整理」ではなく「文化創造」にあることを教わりました。

食の分野においても、単に「おいしい」を伝えるのではなく、どんな価値観や文化を社会に提示していくのかが重要なのだと感じています。

江六前さん、ありがとうございました!

 

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