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2026年09月08日
【芸術教養学科】教員自己紹介 リレーコラム② 早川克美「初心を持ち続けること」
みなさん、ごきげんよう。教員の早川克美(はやかわ かつみ)です。
宮先生からバトンを受け取りました。あのキラキラ多彩な活動のあとに書くのは、むずかしい!!
正直、緊張しております。どうかおつきあいください。
まずは自己紹介から。1964年東京都新宿区生まれ、いまは鎌倉に住んでいます。
武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業。キッコーマンの赤いキャップの卓上瓶をデザインしたGKインダストリアルデザイン研究所に入所し、11年修行のように夢中で働きました。次にメーカーの子会社を任され転職、5年勤務後、独立してデザイン事務所を開設しました。仕事は大変面白かったし順調だったのですが、多くの人にデザインの考え方を伝えることで、日本がもっと豊かになるのではないか?と考えるようになり、教育の世界に進むためには教育をしっかり理解する必要があると、46歳の時に、東京大学大学院学際情報学府文化人間情報学コースに進学し、3年かけて修了。ものをつくる学校から、教育工学という、学ぶ人をテクノロジーで支援する研究の大学院へ。
ずいぶん遠回りをしたように見えるかもしれません。
研究者としては教育工学の中の学習環境デザインを専門としています。芸術教養学科や、大学院学際デザイン研究領域のカリキュラム開発や、卒業生コーチの仕組みなどの学習環境の様々な施策を考えられたのは、大学院で学んだことを活かして、ここだけにしかない、オリジナルの学びの場を作れたと考えています。
デザイナーとして専門は環境デザイン。生活する人を中心にして暮らす世界をデザインしていく仕事です。街並みやまちづくりの支援、なかでもサインデザインを数多く手掛けてきました。建物やまちの中で、人が行き先を見つけたり、その場所の成り立ちを受け取ったり、活動するための、記憶をサポートする「しるし」をつくる仕事です。手がけた仕事では、建設大臣賞、グッドデザイン賞、サインデザイン賞など、多くの賞をいただいています。みなさんのお近くにもあるかもしれません。


1987年に働きはじめて40年近く(すごい数字ですね)、今日まで途切れることなく働いています。転職のときも、独立したときも、金曜日まで前の職場にいて、土日を挟んで、月曜日には新しい席に座っていました。空白をつくらないまま今日に至っています。
そして2012年、この大学に就職しました。芸術教養学科をつくるための準備室です。必死の思いで授業をつくって、2013年に学科がスタート。2014年から9年間、学科長を務めました。この学科でしか学べない内容を盛り込んだカリキュラムと、学生コミュニティのベースをつくってきた時間です。
2020年には、その学びをさらに伸長するため、大学院学際デザイン研究領域を作りました。創造的な思考を身につけて、社会や地域の課題に向き合い答えを出せる人材を輩出したいと、多くの社会人が集まって研究に挑んでいます。
学生のみなさんに、いかに学びある生活を楽しんでもらえるか。体感してもらえるか。
この問いが、私の仕事の根っこにあります。
では、ここからは「デザインの仕事」「教えること・研究すること」「まちに出ること」の3つに分けて、ご紹介していきます。最後に、おまけをひとつ。
現役のデザイナーでもあります。設計の現場は、いまも続いています。
近年の仕事では、京丹後にある丹後ちりめんの精練加工場「TANGO OPEN CENTER」の展示サイン計画を担当しました。「精練の世界」と題した、ファクトリーツアーの計画とデザインです。
精練は、生地が完成する前の工程です。地味に見えて、いちばん重要な場所だと思っています。(生糸から糊質を落とすことで、あの独特のシボと風合いが立ち上がってくる。ここを通らないと、ちりめんはちりめんになりません)
見学者にとっては、大きな機械と、湯気と、水の音がある空間です。何が起きているのかは、見ただけではわかりません。
見えない工程を、どうやって見えるようにするか。

サインの仕事は、案内の矢印をつくることだと思われがちです。でも本当の仕事は、その場所が何であるかを、そこでどんな活動や体験ができるのかを、来た人とわかち合うことではないかと思っています。
いまも進行中のプロジェクトが2件あります。どちらも年内には完成する予定です。そのうちどこかで、みなさんにご覧いただくこともあるかもしれません。
芸術教養学科は、いま3000人近い学生が学ぶ学科になりました。ここ数年は、若い学生が増えています。高校を出てすぐ入学してくる人たちも、確実に増えました。
「働きながら学ぶ人の学科」として始まった場所が、少しずつ姿を変えています。うれしいことでもあり、考えることの多い変化でもあります。
同時に、社会人の大学院学際デザイン研究領域では、領域長として、社会デザインと地域デザインのゼミを持っています。
指導で大事にしているのは、問いの精度を高めていくことと、創造的な思考の体得です。机上の論理だけでは自分のものにはなりません。悩んで創って試して……そのくりかえしの先に、新しい価値を生み出すことの過程が自分の中で育まれていくのだと思っています。
また、大学院では泊まりがけの合宿を夏に開催します。今年の夏合宿では「畳む」がテーマでした。広げた風呂敷(集めた情報や先行研究等)を、どう畳んで持ち帰るか。私が日ごろから、「削ぎ落として残ったシンプルな問いを目指せ」と言い続けていることから、彫刻家のジャコメッティの作品になぞって、学生が発明した「削ぎ落とす」=「ジャコめる」という動詞が、合宿を契機にゼミの共通語になりました。「ジャコめる」、なかなか言えて妙ですよね。笑
住んでいる鎌倉では、景観支援機構の一員として活動しています。地元の建築家の仲間たちと一緒に、市と市民のあいだに入って調整をする組織です。
景観と屋外広告は、鎌倉でずっと議論が続いているテーマです。一つずつ答えを出してはみなさんの理解を取りながら進めていこうとしています。
また、鎌倉市では長い間、市役所の移転問題が解決しません。反対する人も、賛成する人もいます。どちらの言い分にも、それぞれの理屈があります。
では、専門家であり、市民である私には、何かできないだろうか。
私は、専門性を持った一市民として、積極的に前に出ることに決めました。行政の側でも、運動の側でもない場所に立つ。居心地はよくありません。でも、そこにしかできないものがあると思っています。
公的な仕事としては、鎌倉市景観審議会の委員を勤めています。先の市民としての立場とはまた違った関わりで、景観計画の改定を審議しています。また、東京都港区では、景観アドバイザーを務めています。屋外広告物への助言と指導が役割です。世田谷区ではユニバーサルデザイン整備委員会の委員も勤めています。サインデザインやまちづくりの学識経験者として、わかりやすさを実現する助言をしています。企業主催の公開デザインコンペで、審査員を務めることもあります。
どの仕事も、自分の見立てが常に試されます。ときどき、まったく通じない相手が登場することもあります。そのたびに、自分にフラットなまなざしを課し直しています。
ここからは、履歴書に書けないほうの話です。
鎌倉に暮らすようになって、坐禅を続けています。主に葉山の某所、ときどき円覚寺で。
禅の考え方には、生き方そのものを深く動かされました。とくに、初心でいることの大切さを確信しました。謙虚に、目の前のことに向き合うこと。これはデザインにも、教育にも、そのままつながる態度だと思っています。(わかったつもりになった瞬間から、仕事も日常もつまらなくなります)
40年近く、休みらしい休みを取れないまま働いてきました。どこかへ旅に出たい、全部放り出したい、という気持ちもずっと持っています。(笑)
最近、うれしいことがありました。
芸術教養学科から生まれた「音楽部」の活動が、卒業生になったいまも続いています。今年の5月には、鎌倉海浜公園で開かれた「鎌倉プチロックフェスティバル」に出演を果たしました。私のパートは、ウクレレとコーラスです。仲間と真剣に練習を重ね、大勢の前で演奏する楽しさに、この歳で目覚めてしまいました。困ったものです!
さて、「デザインの仕事」「教えること・研究すること」「まちに出ること」、そしておまけ。並べてみると、ばらばらに見えるかもしれません。
けれど、私の中では一本につながっています。
デザインは、かたちをつくる仕事であると同時に、人が学び、体験して生きていくための方法だと思っています。ちりめんの精練の工程を見えるようにすることも、学科をつくることも、まちの調整の場に立つことも、私にとっては同じように初心を忘れずに向き合う仕事です。
いかに学びある生活を楽しんでもらえるか。
この問いを、これからも現場で確かめていきたいと思います。
さあ、次回は、岩元先生の登場です。楽しそう!!どうぞお楽しみに!
芸術教養学科|学科・コース紹介

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宮先生からバトンを受け取りました。あのキラキラ多彩な活動のあとに書くのは、むずかしい!!
正直、緊張しております。どうかおつきあいください。
まずは自己紹介から。1964年東京都新宿区生まれ、いまは鎌倉に住んでいます。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業。キッコーマンの赤いキャップの卓上瓶をデザインしたGKインダストリアルデザイン研究所に入所し、11年修行のように夢中で働きました。次にメーカーの子会社を任され転職、5年勤務後、独立してデザイン事務所を開設しました。仕事は大変面白かったし順調だったのですが、多くの人にデザインの考え方を伝えることで、日本がもっと豊かになるのではないか?と考えるようになり、教育の世界に進むためには教育をしっかり理解する必要があると、46歳の時に、東京大学大学院学際情報学府文化人間情報学コースに進学し、3年かけて修了。ものをつくる学校から、教育工学という、学ぶ人をテクノロジーで支援する研究の大学院へ。
ずいぶん遠回りをしたように見えるかもしれません。
研究者としては教育工学の中の学習環境デザインを専門としています。芸術教養学科や、大学院学際デザイン研究領域のカリキュラム開発や、卒業生コーチの仕組みなどの学習環境の様々な施策を考えられたのは、大学院で学んだことを活かして、ここだけにしかない、オリジナルの学びの場を作れたと考えています。
デザイナーとして専門は環境デザイン。生活する人を中心にして暮らす世界をデザインしていく仕事です。街並みやまちづくりの支援、なかでもサインデザインを数多く手掛けてきました。建物やまちの中で、人が行き先を見つけたり、その場所の成り立ちを受け取ったり、活動するための、記憶をサポートする「しるし」をつくる仕事です。手がけた仕事では、建設大臣賞、グッドデザイン賞、サインデザイン賞など、多くの賞をいただいています。みなさんのお近くにもあるかもしれません。

図 1 浜松市公共サイン計画(1990)
浜松市公共サイン計画(1990)処女作の仕事ですが、未だに使い続けられています。感謝です。

図 2 Park Hyatt Seoul Hotel(2005)サインデザイン
1987年に働きはじめて40年近く(すごい数字ですね)、今日まで途切れることなく働いています。転職のときも、独立したときも、金曜日まで前の職場にいて、土日を挟んで、月曜日には新しい席に座っていました。空白をつくらないまま今日に至っています。
そして2012年、この大学に就職しました。芸術教養学科をつくるための準備室です。必死の思いで授業をつくって、2013年に学科がスタート。2014年から9年間、学科長を務めました。この学科でしか学べない内容を盛り込んだカリキュラムと、学生コミュニティのベースをつくってきた時間です。
2020年には、その学びをさらに伸長するため、大学院学際デザイン研究領域を作りました。創造的な思考を身につけて、社会や地域の課題に向き合い答えを出せる人材を輩出したいと、多くの社会人が集まって研究に挑んでいます。
学生のみなさんに、いかに学びある生活を楽しんでもらえるか。体感してもらえるか。
この問いが、私の仕事の根っこにあります。
では、ここからは「デザインの仕事」「教えること・研究すること」「まちに出ること」の3つに分けて、ご紹介していきます。最後に、おまけをひとつ。
1.デザインの仕事
現役のデザイナーでもあります。設計の現場は、いまも続いています。
近年の仕事では、京丹後にある丹後ちりめんの精練加工場「TANGO OPEN CENTER」の展示サイン計画を担当しました。「精練の世界」と題した、ファクトリーツアーの計画とデザインです。
精練は、生地が完成する前の工程です。地味に見えて、いちばん重要な場所だと思っています。(生糸から糊質を落とすことで、あの独特のシボと風合いが立ち上がってくる。ここを通らないと、ちりめんはちりめんになりません)
見学者にとっては、大きな機械と、湯気と、水の音がある空間です。何が起きているのかは、見ただけではわかりません。
見えない工程を、どうやって見えるようにするか。

図 3 精練場の展示サイン計画(2024)
サインの仕事は、案内の矢印をつくることだと思われがちです。でも本当の仕事は、その場所が何であるかを、そこでどんな活動や体験ができるのかを、来た人とわかち合うことではないかと思っています。
いまも進行中のプロジェクトが2件あります。どちらも年内には完成する予定です。そのうちどこかで、みなさんにご覧いただくこともあるかもしれません。
2.教えること・研究すること
芸術教養学科は、いま3000人近い学生が学ぶ学科になりました。ここ数年は、若い学生が増えています。高校を出てすぐ入学してくる人たちも、確実に増えました。
「働きながら学ぶ人の学科」として始まった場所が、少しずつ姿を変えています。うれしいことでもあり、考えることの多い変化でもあります。
同時に、社会人の大学院学際デザイン研究領域では、領域長として、社会デザインと地域デザインのゼミを持っています。
指導で大事にしているのは、問いの精度を高めていくことと、創造的な思考の体得です。机上の論理だけでは自分のものにはなりません。悩んで創って試して……そのくりかえしの先に、新しい価値を生み出すことの過程が自分の中で育まれていくのだと思っています。
また、大学院では泊まりがけの合宿を夏に開催します。今年の夏合宿では「畳む」がテーマでした。広げた風呂敷(集めた情報や先行研究等)を、どう畳んで持ち帰るか。私が日ごろから、「削ぎ落として残ったシンプルな問いを目指せ」と言い続けていることから、彫刻家のジャコメッティの作品になぞって、学生が発明した「削ぎ落とす」=「ジャコめる」という動詞が、合宿を契機にゼミの共通語になりました。「ジャコめる」、なかなか言えて妙ですよね。笑
3.まちに出ること
住んでいる鎌倉では、景観支援機構の一員として活動しています。地元の建築家の仲間たちと一緒に、市と市民のあいだに入って調整をする組織です。
景観と屋外広告は、鎌倉でずっと議論が続いているテーマです。一つずつ答えを出してはみなさんの理解を取りながら進めていこうとしています。
また、鎌倉市では長い間、市役所の移転問題が解決しません。反対する人も、賛成する人もいます。どちらの言い分にも、それぞれの理屈があります。
では、専門家であり、市民である私には、何かできないだろうか。
私は、専門性を持った一市民として、積極的に前に出ることに決めました。行政の側でも、運動の側でもない場所に立つ。居心地はよくありません。でも、そこにしかできないものがあると思っています。
公的な仕事としては、鎌倉市景観審議会の委員を勤めています。先の市民としての立場とはまた違った関わりで、景観計画の改定を審議しています。また、東京都港区では、景観アドバイザーを務めています。屋外広告物への助言と指導が役割です。世田谷区ではユニバーサルデザイン整備委員会の委員も勤めています。サインデザインやまちづくりの学識経験者として、わかりやすさを実現する助言をしています。企業主催の公開デザインコンペで、審査員を務めることもあります。
どの仕事も、自分の見立てが常に試されます。ときどき、まったく通じない相手が登場することもあります。そのたびに、自分にフラットなまなざしを課し直しています。
4.おまけ:ふだんのこと
ここからは、履歴書に書けないほうの話です。
鎌倉に暮らすようになって、坐禅を続けています。主に葉山の某所、ときどき円覚寺で。
禅の考え方には、生き方そのものを深く動かされました。とくに、初心でいることの大切さを確信しました。謙虚に、目の前のことに向き合うこと。これはデザインにも、教育にも、そのままつながる態度だと思っています。(わかったつもりになった瞬間から、仕事も日常もつまらなくなります)
40年近く、休みらしい休みを取れないまま働いてきました。どこかへ旅に出たい、全部放り出したい、という気持ちもずっと持っています。(笑)
最近、うれしいことがありました。
芸術教養学科から生まれた「音楽部」の活動が、卒業生になったいまも続いています。今年の5月には、鎌倉海浜公園で開かれた「鎌倉プチロックフェスティバル」に出演を果たしました。私のパートは、ウクレレとコーラスです。仲間と真剣に練習を重ね、大勢の前で演奏する楽しさに、この歳で目覚めてしまいました。困ったものです!
さて、「デザインの仕事」「教えること・研究すること」「まちに出ること」、そしておまけ。並べてみると、ばらばらに見えるかもしれません。
けれど、私の中では一本につながっています。
デザインは、かたちをつくる仕事であると同時に、人が学び、体験して生きていくための方法だと思っています。ちりめんの精練の工程を見えるようにすることも、学科をつくることも、まちの調整の場に立つことも、私にとっては同じように初心を忘れずに向き合う仕事です。
いかに学びある生活を楽しんでもらえるか。
この問いを、これからも現場で確かめていきたいと思います。
さあ、次回は、岩元先生の登場です。楽しそう!!どうぞお楽しみに!
芸術教養学科|学科・コース紹介

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