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芸術学コース

2022年05月11日

【芸術学コース】ある通信教育学生のレポート実録

 芸術学コースの大橋利光です。いきなりですが、画像でお示ししたのは、私の学部時代の作品スケッチです。《彫三島茶碗 銘 残雪》という朝鮮時代の茶碗で、静岡県熱海市にあるMOA美術館に所蔵されています。実際にご覧になったことがある方もおられるでしょう。
 実は私自身、本学通信教育部・芸術学コースの卒業生です。このスケッチは、本学在学中、レポート課題のためにとったものです。今日は当時の記憶を呼び戻しながら、TR科目(テキスト学習とレポート提出が中心となる科目)の学びの一端をご紹介します。

通信教育で芸術鑑賞を学ぶということ


 ここで紹介するのは、芸術鑑賞に関する科目です。実際に美術館・博物館に出かけて、あるいはオンラインで高精細の画像を通して、2~3の作品を「じっくり」鑑賞する、というものです。その上で、見た作品について図書館で情報を調べ、気づいたこと、調べたこと、発見したことをレポートにまとめて提出する、というのが課題となっています。
 では、具体的にどうやって鑑賞し、どういうレポートを書けばよいのでしょうか。そのためのヒントは、授業概要について記したシラバスの中に埋め込まれています。シラバスは本学の通信教育のキモとなる部分なので、ここでそのまま紹介できないのが残念です(申し訳ありません)。ただ、シラバスを読めば、作品選びのヒントや、レポートに書く内容が決まらないときのアドバイスなども盛り込まれているので、初めて取り組む方でも着実に学習を進めていけるはずです。

私の作品鑑賞体験:スケッチとともに


 さて、ここで時間をぐっと巻き戻して、私の学部時代の思い出です。当時、静岡県東部に住んでいた私は、比較的近くにあるMOA美術館に出かけて、いくつかの陶磁器を取り上げてレポートを書こう、と考えました。朝鮮・韓国に関心があるので、朝鮮由来の茶碗などを見ようと思ったのです。具体的に「この作品」とまでは決めていませんでした。
 鑑賞の「おとも」には、メモ帳と鉛筆を携えていきました。ペンやシャープペンなどは作品を汚損する可能性があるため、使用できない美術館がほとんどです。そのため、鉛筆は常に用意しておきます。また、これは個人的な好みですが、メモ帳はコクヨの「測量野帳」が便利です。軽くて薄く、表紙が固いので画板も不要。方眼紙のものを選べば作品の形を取りやすくなります。
 そして、気になる作品を5点ほど、スケッチをとりながら鑑賞しました。後で図書館で調べなければならないので、キャプションの作品情報や、鑑賞して気づいたことなども簡単にメモしておきます。
 スケッチをとってみると、作品の全体的な印象だけでなく、細かな表現技法などにも目が向かうようになります。この《残雪》では、斜線状の檜垣文という文様が、どこから始まってどの方向に描かれていったのかが、線の重なりから見えてきました(スケッチの○印と矢印です)。
 しかも、器の外側の描き始めと、内側の描き始めの場所は、器の中心を挟んで一直線上に並んでいます。つまり、その直線の方向からこの茶碗を見れば、器の外側と内側の檜垣文の描き始めが、最もきれいに見えるのです。この方向が、この茶碗の「正面」だと思われます。そこで私は、この《残雪》は制作時から「正面」を意識して作られた茶碗なのだ、と考えました。
 このことに気づいたとき、率直に言って、私はわくわくしてきました。ひょっとして誰も気づいていないことに気づいてしまったのでは……? そんな感じがしたのです。

 

MOA美術館の「ムアスクエア」。ヘンリー・ムアの彫刻越しに、相模湾の景色が広がります。初島、そして伊豆大島も見えます。


図書館資料での調査:芋ヅル式に追いかける


 次は、図書館での調査です。近隣では比較的大きく、資料を基本的に開架で利用できる沼津市立図書館に行くことにしました。
 しかし、実際に図書館に行く前に、少しだけ下調べをしておきました。というのは、図書館で何を調べてよいのか、迷いがあったからです。美術作品の調査方法をネットで調べてみると、いくつかの図書館で調査方法をまとめた文書(パスファインダーと呼ばれます)が見つかりました。
 それによると、美術作品の図版を集めた大きな美術全集を見る前に、どの美術全集を見ればよいのかを調べる方法がある、というのです。『○○レファレンス事典』のようなタイトルが付いている本がそれで、それを見ると、どの作品がどの美術全集に載っているか、一覧になっているのだとわかりました。
 そういうわけで、図書館では、まず参考図書コーナーに行きました。見たのは『日本美術作品レファレンス事典(陶磁器篇Ⅱ)』(日外アソシエーツ、2001年)です。スケッチをとった作品について、どの美術全集に載っているかを調査します。それによって、林屋晴三(責任編集)『高麗茶碗 第四巻』(中央公論社、1981年初刊、1992年再刊)という本の中に《残雪》の図版があることがわかりました。幸いにして、この本も同じ図書館内に所蔵があります。それを見れば、図版とともに解説文も読むことができると思われます。
 そこで、美術全集のコーナーに移動して、該当の本を見てみました。たしかに、《残雪》の図版(p.173)とともに解説文がありました(pp.275-276)。解説文のほとんどはこの器の様子を言葉で描写したもの(ディスクリプション)で、その中に「正面」についての記述は見つかりませんでした。ただ、最後に一言、さりげなく「『大正名器鑑』所載」と書かれていました。
 では、『大正名器鑑』とは何でしょうか。実はこれは、このときは知識がなくてわからなかったのですが、近代数寄者として知られる高橋箒庵が当時の著名な茶道具を可能な限り実見して集大成したカタログです。今日でも茶道具のカタログとして権威を保っている本です。近年、根津美術館でこの『大正名器鑑』にスポットを当てた展示がありましたので、ご存じの方もあるかと思います(「企画展 茶入と茶碗 『大正名器鑑』の世界」)。
 『大正名器鑑』は、一部を除いて国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧することができます。またしても幸いにして、この《残雪》もそこに掲載されていました(第8編、p.67)。閲覧の結果、ここにも「正面」についての記述は見あたりませんでした。

レポートの提出、そして成績評価


 上で見たように、《残雪》についてのいくつかの資料を芋ヅル式に調べていきました。そして、私がざっと調べた限りでは、この器の「正面」について記載した資料は見あたりませんでした。そこで、レポートではこのことを中心にまとめて提出しました。《残雪》は最初から「正面」を意識して、つまり「見る」ことを意識して作られた注文制作の茶碗なのだ、というのが、大まかな筋書きです。
 レポートを書く際、とくに注意したのは、下調べの過程で習得した専門用語(茶碗の口・腰・高台などの部位、文様の名称など)を正しく適切に使うことと、できるだけ自分の言葉でディスクリプションをすること、という2点です。既存の解説文を参考にしすぎると、私が何に注目したのか、というポイントが薄まってしまうように思われたからです。《残雪》の「正面」について誰も語っていない、ということを、とにかくレポートで伝えたかった、という欲望の現れともいえます(笑)。
 結論から言いますと、このレポートは、またまた幸いにして、非常に高い評価をいただくことができました。その上、非常に詳しく丁寧なコメントもいただいたので、その後の学習において大いに励みになりました。作品を鑑賞し、調査し、レポートを書き上げる過程でたくさんのことを学んだので、すでにいくらかの手応えと充実感はあったのですが、それを高く評価していただいたことで背中を押され、自信も持つことができるようになった気がしています。
 ただ、《残雪》の「正面」について気づいたのは、残念ながら、というよりも当然ながら、私が最初というわけではなかったようです。MOA美術館のホームページで《残雪》の紹介ページを閲覧すると、作品の写真は「正面」を手前に向けて撮影されています。これは実は、私が作品を鑑賞したときの展示でも、そのようになっていました。ですから、「正面」は意識されていると思います。しかし、前述の『高麗茶碗 第四巻』の図版では、「正面」を意識しない置き方になっています。「正面」について明言した文章がないだけに、すべての人の共通了解とまではなっていないのが現状なのかもしれません。

彫三島茶碗 銘 残雪

レポート課題が次のステップにつながる


 さて、ずいぶん長い話になってしまいました。この科目は、このあと単位修得試験を受けて、それに合格して単位認定となりました。試験で何を問われ、それに何を答えたのか、今となってはもう記憶があやふやです。しかし、ともかくもレポートの作成が非常に楽しく、かつ実りの多いものだったという記憶が鮮明に残っています。
 自分一人だけの、趣味での美術鑑賞であれば、そこまで調査したり考えたりする機会はなかなか得られません。やはり、レポート課題というハードルがあってこそ、可能になった学習だろうと思います。
 そして、これが大学で学ぶ意義だと思うのですが、レポート課題で学んだことを、その後の他の科目のレポートやスクーリング受講にも生かして、さらに次のステップに進むこともできたのだと思います。とくにスクーリングでは、全国各地から集まるさまざまな年齢・職業・興味関心の方々と、作品鑑賞について語り合う機会があります。そこでの議論には、本当に多くの発見と驚きがあります。それはやはり、こうしたレポートなどの学習を通して、自分の知識と観察眼を練り上げてきた者同士だからこそ、可能なのではないかとも思います。
 以上、私の個人的な経験の範囲内ではあるのですが、本学のTR科目での学びの一場面と、その成果についてお話ししてみました。芸術学コースでは何が学べるのか、ということを、少しだけでも感じ取っていただければ幸いです。また、本学に入学し、レポート課題の取り組み方に迷っておられる方にも、何らかのヒントにしていただければと思います。
 なお、芸術学コースには、「愉快な知識」というコースサイトがあります。日々の学習のためのさまざまな情報、教員の専門に関するコラムなどを、不定期に紹介しています。芸術を通した「愉」しく「快」い学びに、みなさんもぜひご一緒ください。

🔗芸術学コースコースサイト Lo Gai Saber|愉快な知識
🔗芸術学コース|学科・コース紹介



🔗芸術学コース紹介動画(教員インタビュー)

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