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歴史遺産コース

2022年06月14日

【歴史遺産コース】歴史研究の進め方―通説を疑ってみる―

こんにちは。歴史遺産コース業務担当非常勤講師の上村正裕です。528日(土)、外苑キャンパスで卒業研究の面談指導がありました。在校生の皆さんが集大成として提出するのが卒業論文ですが、今日は歴史を研究する上で留意しておくとよいことをお話ししたいと思います。

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卒業研究面談指導の会場入り口(外苑キャンパス。2022年5月28日撮影)



卒業研究面談指導の会場(外苑キャンパス。2022年5月28日撮影)



今年度から京都芸術大学以外のいくつかの大学で授業を持っているのですが、講義科目のリアクションペーパーでこんな質問を学生さんからもらいました。
14001500年前の出来事を史料から推測できる技術や、探究心が今さらながらとてつもないものだと思いました。歴史の研究はいつから行われていたのですか?」(原文ママ)

 この質問への回答は、意外と難しいです。それこそ『日本書紀』は、講書という読書会のようなものが9世紀には行われていて、これも歴史の研究といえばそうかもしれません。

あるいは、平安時代の貴族は先例主義でしたから、儀式で恥をかかないように、先人の日記を収集して、故実の習得に努めました。これも歴史の研究と見ることができます。

『樵談治要』(群書類従本。国会図書館デジタルコレクション)



一条兼良は室町幕府9代将軍足利義尚に『樵談治要』を進上し、歴史の要諦を説きますが、ここでは例えば、歴史上の女性権力者について、日本の女帝だけでなく、中国の前漢・呂太后や唐の則天武后などを紹介し、中世に至っては鎌倉幕府の尼将軍・北条政子が登場するという、広い視野にもとづいてその博識を披露しています。

そのほか、江戸時代の本居宣長も国学の普及に貢献していますし、水戸藩の『大日本史』編纂、新井白石による『読史余論』執筆なども歴史の研究に数えてよいでしょう。

以上のように、歴史の研究には多くの蓄積があります。戦後の歴史学に限っても多大な積み重ねがあり、それを踏まえることなくして、歴史の研究を進めることはできません。本学の「論文研究」や「卒業研究」でも、この点を教員側からも強調しています。

膨大な先行研究があるなら、卒業研究で書くテーマがないじゃないか!と思う方もおられるかもしれません。いやいや、そんなことはないのです。

私は日本古代史を専門にしていますが、天皇のあり方に強い関心を持っています。古代天皇の性格については貴族の立場と相まって様々な議論がありますが、平安京遷都や蝦夷征討などを実現した桓武天皇は、専制君主であると思っている人が多いことでしょう。

ただ、桓武天皇には、こんな逸話があります。
「進奏の紙、臭悪のもの多し。自今以後、清好なるものを簡びて、奏紙に充つべし。もし改正せざれば、執奏の少納言は、必ずこれを罪せよ」(『類聚符宣抄』巻6、延暦9年(790514日宣。原漢文)

桓武天皇への奏上に使われる紙(奏紙)が悪臭を放っているので、今後はにおわないきれいな紙を選んで奏上するように、という宣旨です。おそらく紙すきの工程に問題があると思われ、少納言自身に直接の責任はありません。ただ、少納言は悪臭を放つ紙と知りつつ、平然と桓武天皇にそれを進上していたのであり、顔をしかめている桓武天皇の顔が思い浮かびます。

『日本後紀』延暦25年3月条(国会図書館デジタルコレクション)



また、桓武天皇は延暦4年(785)の藤原種継暗殺事件に乗じて、皇太弟の早良親王を自殺に追い込みますが、死の直前はその怨霊に苦しめられたようです。『日本後紀』延暦25年(大同元年、8063月条では、種継暗殺事件で処罰した人々の赦免、崇道天皇、すなわち早良親王のために諸国の国分寺で金剛般若経を春秋に読ませることを指示してほどなく、桓武天皇が死去しており、ここには専制君主・桓武天皇の面影は微塵も感じません。

もちろん、これらの史料だけで桓武天皇が専制君主ではなかったと強弁するつもりはありませんが、虎尾達哉『古代日本の官僚』(中公新書、2021年)は、代返(もう死語でしょうか?)をする役人、遅刻や無断欠席の常習犯だった役人を様々な史料から復元し、専制君主としての古代天皇像に疑問を投げかけています。

虎尾氏は史料に対して虚心坦懐に向き合う方ですが、そうした実直な姿勢が通説への疑問へとつながっています。「偉い先生が言っていることだから、間違いないだろう」とは、決して思わないでください。それが落とし穴でもあり、歴史研究の醍醐味でもあります。

様々な史料から、皆さんなりの新しい歴史像を復元してみませんか?

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