時をかける眼差し
幼い頃から母親に連れられ、しょっちゅうお寺めぐりをしていた。仏像も見慣れていた。なのに、本コースに入学してからは「見ること知ることすべてが新鮮で、興奮しどおしでした」と語る髙橋さん。その感動をあますことなくエネルギーに変え、フルタイムの仕事をこなしながらも学びに熱中。卒業研究では、先生をうならせる論文を書きあげた。
「生まれて初めて本物の仏像にふれたり、社寺や博物館の裏側を見学したり」。スクーリングでいろいろな体験をするたび、モノに向き合う心が磨かれていく。「たとえば、実際の史料を使って虫喰いの補修をする実習では、まず紙を貼る糊から炊くんです」。昔ながらの方法でつくられた糊は、再びはがすときにも素材を傷めない。100年後の再補修まで見すえたやり方に、伝承することの重みを感じた。
「入学前から、和紙などを使う修復には興味があったんです」という髙橋さんは、文具メーカーの開発担当者。「絵巻物に描かれた海や雲が、宗教的に何を表すか読み解くテキスト科目を受けてから、単純にキレイ!と絵柄を見るだけではなくなりました」。その観察眼が、後の卒業研究にも発揮された。「多種多様な学びが、思わぬところでつながるんです」。
研究のテーマに選んだのは、京都にある浄瑠璃寺の「九体阿弥陀如来坐像」。「図版で見たときはどれも同じ印象。でも実際に対面すると、あ、ここが違う、これは似てる、と思えてきました」。仕事のモットーでもある〝現場百回〞を実践し、何度もお堂に足を運んでは像に見入った。そして平日は、夜中まで書いていた原稿を、翌朝の通勤電車で読み返す日々。「もう、毎日が大忙し。なのに気がついたら大学院へ進学していました」。先生を感心させた着眼点を、さらに一歩掘り下げたくて、同じテーマで研究を深めているという。「文具の仕事でも、ここで教わったモノや形に対する想いを活かしたい」と話す髙橋さん。いにしえの学びは、いまと、これからの自分につながっていた。