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芸術学コース

2022年06月08日

【芸術学コース】手持ちの札を見直してみる―企画展再考/最高

ジョルジョ・ドゥ・ラ・トゥール《いかさま師(ダイヤの札版)》(1635年)、パリ、ルーヴル美術館蔵



 皆様こんにちは。芸術学コースの佐藤です。京都は青もみじ輝く季節ですが、そろそろ憂鬱な梅雨がやってきますね。梅雨の時期でも楽しめる外出先のひとつが美術館、博物館ですが、ここ2年程は、大規模な展覧会の中止が相次ぎました。最近はようやく特別展なども復活し、メトロポリタン美術館展、ポンペイ展、フェルメールと17世紀オランダ絵画展等々、今年は充実した展覧会が目白押しです。海外への渡航もいまだハードルの高いご時世、海外の美術館からはるばる「来日」した作品群を目にするのは、異国の香りに触れ、心躍るひと時でもありましょう。

 一方で、特別展が減少したこの約2年の間、不幸中の幸いというべきか、美術館や博物館の新たな魅力もまた再発見できたような気がします。その魅力とは、常設展や企画展です。特別展が開催されている時には、そちらでお腹がいっぱいになり、常設展は観ずに美術館を後にするという経験、皆様もおありではないでしょうか。あるいは、覗いてみたとしてもごく足早に巡り、さぁミュージアムショップでグッズを買って帰りましょ、などということも。
 ところが、海外から作品を借りるのが難しい状況下にあっては、自前のコレクションで乗り切ろうという工夫が、多くの美術館・博物館でみられました。これが、なかなかどうして面白い企画展が多く、各ミュージアムの特色がよく出た気がします。

京都国立博物館の企画展「オリュンピア×ニッポン・ビジュツ」


オリュンピア競技祭の根源に迫った:企画展「オリュンピア×ニッポン・ビジュツ」


 たとえば、昨年、京都国立博物館(以下、京博と略記)で開催されていた企画展「オリュンピア×ニッポン・ビジュツ」。こちらには本学のスクーリング授業「芸術学研修」で同行しました。ちなみに、「芸術学研修」は、美術館や寺院、普段は非公開の庭園などを、先生方の解説付きで巡る楽しい授業です。失礼ながら、正直なところこの展覧会にはあまり期待していなかったのですが、よい意味で期待を裏切られました。昨年は東京五輪が開催されました。それに肖り、古代ギリシアと日本の風習を対比させた展示、というコンセプトのもと催されたのがこの企画展だったようです。

「オリュンピア×ニッポン・ビジュツ」にスクーリングで訪れた際の一枚



 こじつけ感があるなと思いながら会場に入るや、そんな邪な感情は払拭されました。まず目に飛び込んできたのは、京博が所蔵する圧巻の仏像の数々です。普段、仏像に馴染みのない私にも伝わる素晴らしさ。とりわけ金剛力士立像の肉体の逞しさや衣の躍動感などは、全く異なる文脈ではありますが、古代ギリシアにおける鍛錬された肉体への賛美や、クラシック期以降の彫刻のダイナミックな衣襞表現と通じるものを感じました。その他にも、巫女の小像(ちなみに古代ギリシアにも神託を告げる巫女がいました)や、日本刀、甲冑、祇園祭図屏風、伊藤若冲《果蔬涅槃図》等々、一見、古代ギリシアとは無関係ですが、じつは見方によっては共通点も含むような作品が展示されていました。
 近代五輪の起源となる古代のオリュンピア競技祭は、ゼウス神へ奉納された祭祀でした。このことに鑑みると、神々や祭礼、それにまつわる風俗をテーマに京博所有の一級品が一堂に会したこの展覧会は、ある意味でオリュンピア競技祭の根源に迫るものでもあったかもしれません。なにより、古代ギリシア関連の作品はひとつとして展示されていないにもかかわらず、微かながら古代競技祭の息吹を感じたような気がしたから不思議です。力業とはいえ、ひと捻り加えたテーマを設定し、コレクションを並べ替えてみることで新鮮な展示が可能になるという、企画展の妙を実感した次第です。

京都国立近代美術館での「上野リチ展」


ウィーンと京都で活躍した彼女の足跡を辿る回顧展:「上野リチ展」


 もう一例、簡単にご紹介しましょう。昨年末から今年初めにかけて京都国立近代美術館で開催された「上野リチ展」です(東京の三菱一号館美術館では先月まで開催)。この展覧会は、京都国立近代美術館(以下、近美と略記)の所蔵品だけでなく、オーストリア応用芸術博物館/現代美術館などから借りた作品も含むため、厳密には企画展の括りには入らないかもしれませんが、展示品の殆どは近美所蔵のものでした。
 恥ずかしながら、私は上野リチという名を今回の展覧会で初めて知りました。この展覧会は、ウィーンと京都で活躍した彼女の足跡を辿る回顧展であり、彼女が手掛けたテキスタイルデザインや室内装飾などをはじめ、関連ある作家の作品も展示されており、20世紀ウィーンのデザイン史の一端も垣間見られました。ウィーン生まれのリチが京都で活動するなかで、日本の伝統を採り入れた作品制作にも取り組んだり、日本の美術教育にも尽力したことが窺える展示でした。京都に暮らしていながら、そしてこれまで度々近美を訪れていながら、これまでは知らなかった京都ゆかりの素敵な人物を発見し、得をしたような嬉しい気分になりました。

「上野リチ」展ロビー:上野リチのデザインに子供たちが色を塗ったパネルの展示f



 むろん、これまでも美術館・博物館は、さまざまな工夫を凝らした魅力的な企画展を催してきました。しかし、この約2年の「鎖国状態」を経て、企画展や常設展にたいする鑑賞者の関心がさらに高まったのではないかと思います。特別展で海外から来日する作品はもちろん素晴らしいけれど、日本の美術館・博物館も数多の逸品を有しているということを再認識した方も多いはずです。また、企画展では学芸員の方が企画からカタログ執筆まで手掛けることも多く、所蔵品をよく知る学芸員ならではの知識や考察に接することができるのも楽しみのひとつです。

 持てるものを工夫して展示することは、研究にとっても参考になると思います。研究を志すと、未知のものや遠くのものに目が行きがちになります。それは当然のことでもあり、必要なことでもあるでしょう。しかし、たまに自分の「手持ちの札」を見直してみると、案外「お宝」が潜んでいることがあります。それが意外なかたちで現在の興味関心や研究テーマに結びついていたり、あるいは思いがけず研究の資料として活用できるような場合も少なくありません。時折、自分のストック(データ、写真、記憶その他)を再点検し、そのうえで活用できそうなものを再構成してみると、手持ちのものでもまったく別様の姿を見せてくれることがあります。宝の持ち腐れにならぬよう、たまには、整理し、外に出し、飾り方を考えアレンジしてみることも必要かもしれません。本学での学びをとおし、是非お宝のお披露目、してみませんか。

🔗芸術学コース|学科・コース紹介

▼🔗芸術学科 芸術学コース紹介動画(教員インタビュー)

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