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アートライティングコース

2022年06月20日

【アートライティングコース】だが粘らなくてはいけない。こなさなくてはならない。(『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』ポール・ヴァレリー)

こんにちは。アートライティングコース非常勤教員のかなもりゆうこです。新年度を迎えてはやふた月、春からのせわしさも少し落ち着き、学びに深みが増していく時期ですね。アートライティングとはどういうものなのか? 自分のアートライティングに到達するには? と自問自答しながら対象に向かい文章を書いていく中で、ものの見方や言葉の技術が磨かれていくのを感じておられるでしょうか。また、自分自身でテーマを見つけ出す楽しみと共に、それを組み立てる方法についてじっくりと思いを巡らせることはあるでしょうか。

方法とは、目的を達成するための道筋を発見したり、それ自体をもつくり出したりすること。この「方法」というものに生涯を通じて着目し続けた人がいました。冒頭のタイトルに掲げた言葉は、詩人ポール・ヴァレリー(1871-1945)が最初の散文として発表した『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』(1894)の中にあります。この箇所だけでは何を言っているのか分からないので説明しますと、作品には「方法」という重要な要素があって、芸術を鑑賞し本当に理解して味わうためには、またそれらを論ずるにあたっても、「方法」というものにしっかりと意識を向けなければならない、ということなのです。

ヴァレリーは二十歳頃、モンペリエの図書館で『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』の写真複製本に出合ってからずっと、この万能の天才に強い関心を抱き続けました。

その人物は、同じ情景や同じオブジェを、あるときは画家が眺めるように眺め、またあるときは博物学者として、またあるときは物理学者として、別の場合にはひとりの詩人として眺めることができた。しかも、それらの眼差しのどれひとつとして皮相なものにとどまるということはなかった。(中略)これらのじつにさまざまな観察の数々は、ちょうどいろいろな食べ物が生体の血液となり、生体を構成するひとつの実体となるように、たえず互いに組み合わされ、すべてが、およそ予想もつかないような応用と創造を可能ならしめる中心的なひとつの知的能力の形成に向けて一致協力しているのであった。

これは1942年に刊行された仏訳版『レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿』の序文としてヴァレリーが寄稿した文章の一部です(『ヴァレリー集成 Ⅴ』今井勉 訳、筑摩書房)。また、下の画像の中にある図版はその膨大な手稿のひとつである『鳥の飛翔に関する手稿』です(『世界の名著 66 アラン ヴァレリー』中央公論社)。この早熟な研究は、ヴァレリーの晩年に書かれた序文のテキストにも、デビュー時に書かれた『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』にも紹介されていて、人類最初の飛行装置であるクレマン・アデールの飛行機が、3世紀前にレオナルドによってあらゆる要素がデッサンされ、計算されていたことにヴァレリーは触れています。



万能の天才と呼ばれる者が、じつはたゆみない努力をする人間であったこと。技術の修練を積み重ねていくことや探求の持続によって「方法」が生まれること。創造行為の過程を重要視していたヴァレリーは、芸術や学問の持つそうした前向きな意思を人間の普遍的な精神だと信じていました。

新たな思考を生み出すもの、つまり創造とは、普段見ているものを抽象化したり、目の前にあって見えにくいものを表象化したりすること。知る作業、表す作業を続けていくことでしか思考も進むことはありません。方法好きのヴァレリーは『ドガ ダンス デッサン』(1936)というエッセイの中で「〈デッサン〉とはフォルムではない、それはフォルムの見方だ」というドガの言葉を記しています。アートライティングを目指す皆さんなら、この〈デッサン〉という言葉を〈散文〉だと思ってみても良いでしょう。

方法には、いや方法にこそ、とても大事なことが宿っている、と私自身も考えることがよくあります。方法は多くのものを観察し、数々の試行錯誤をしたからこそ選び取れるもの。まさに粘ってこなした果てにです。人生を通じた営みの中では、もしかしたらテーマも方法の一部という場合もあるくらいだと思う程です。方法は生き方・哲学のようなものであり、空気や水のように満たされ、形や動きをつくるメデューム、メディア……。方法にこそ精神や魂があるというだけでなく、そこに「自由」があるということも感じています。私たちを感動させ、気づきを与えるものに共通するのは「自由さ=独自のものの捉え方」です。

皆さんも芸術や文筆に向かうときにそう感じておられるでしょうか? 「世界を見る方法」や「思考の方法」を養い、可能ならば最終的には自ら踏み込んだ主題をアートライティングとして組み立てるための「方法の発明」さえも目指してみるのは楽しみなことです。

おりしも雨の季節。水滴が光を受けて、まるで水晶玉のように周りにあるものを取り込むのを見て、わが水晶体もいったいどれだけのものを映し出せるものなのか……思いを膨らませています。実りに向けた潤いの時季をどうぞじっくりとお過ごしください。



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