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芸術学コース

2022年07月10日

【芸術学コース】「好き」よりも「なぜ?」-研究テーマを決められないときに

みなさま、こんにちは。芸術学コースの田島です。
早々に梅雨が明けてしまい猛暑日が続いております。何かとお忙しいかとは思いますが、くれぐれも無理をなさらないようお過ごしください。

図-1:筆者所有の研究資料一部



図-2:図-1中央上部拡大



さて、今回は、研究テーマについて、私自身の経験を例にお話したいと思います。

まず最初に、上の写真の中央上部(図-1、2)の絵画作品はご存じでしょうか?何が描かれているかわかりますか?(キリスト教の知識がある方はご存じかもしれませんね。)白い布が壁に掛けられている図?中央の赤茶の汚れのようなものは?ただの白い布をわざわざ描いた?等々、疑問が湧いてきませんか?

この作品は、17世紀スペインの画家フランシスコ・デ・スルバランにより1658年に制作された、聖顔布もしくはヴェロニカの布とよばれる聖なる布を描いた宗教画で、スペイン・バリャドリードの国立彫刻美術館にあります。

※詳しい情報と画像は所蔵館サイトを参照ください。(スペイン語)
http://ceres.mcu.es/pages/Main?idt=2052&inventary=CE0850&table=FMUS&museum=MNEV
※Google Arts & Cultureにもあり。https://artsandculture.google.com/asset/-wGuay5aVXZeZw?hl=en

聖顔布とは、キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘を進む道中、ある女性が進み出て顔に流れる血と汗を拭うように差し出した布に、キリストの顔が奇跡的に写ったという伝承をもつ布であり、女性の名に因んでヴェロニカの布ともよばれます。興味深いのは、布上の顔の像が、人の手で描かれたのではなく奇跡によってできた像であると同時に、キリストの顔を拭ってついた血と汗の跡、つまりキリスト実在の証拠でもあるということです。

この聖なる布は、伝説の場面(十字架の道行/例えば図-3上)に描かれるほか、女性や天使が掲げる図(例えば図-3中央)、後年には布と顔のみのもの(例えば図-3下)も出てきます。特に問題とされるのはキリストの顔の表現で、伝統的には、正面観ではっきりと輪郭線をとって表され、その表情は超越的です。後年には茨の冠をつけ血と汗をしたたらせた苦しそうな表情でも描かれるようになります(例えば図-3左下)。

図-3:いろいろな聖顔布(ヴェロニカの布)作品(※筆者所有資料より)



※国立西洋美術館にも聖顔布が表された作品(フィレンツェ派《聖ヴェロニカ》15世紀)あり。画像や情報はサイトで確認できますが、常設展にありますので、機会があればぜひ実物を見てみてください。https://collection.nmwa.go.jp/P.1971-0003.html

一方、図-2のスルバランの作品では、顔としての具体性が欠如しており、それが血と汗の痕跡であることを強調したような表現がなされています。伝承を示唆する女性も省かれており、その結果、見事なトロンプ・ルイユの技巧で表された白い布の迫真性と相俟って、白い布を表した静物画のようにも見えてきます。

さらに興味深いことに、顔はもう少し具体的に表されているものの、同じく聖顔布の痕跡としての性質を思い起こさせる表現がなされたスルバランの作品は10点以上残されています(例えば図-4)。当時相当数作られたであろうことが想像でき、だとすれば、この特異な聖顔布作品は何かしらの需要に応じて制作されたと考えられます。

17世紀スペインは対抗宗教改革(カトリック改革)の時期であり、教会による強い統制の下、信仰心を高揚させる絵画や彫像をはじめとする視覚的なイメージが盛んに制作され積極的に利用されました。スルバランの一連の聖顔布作品もこの目的に寄与するものであったと思われますが、具体的にどのように利用され役割を果たしたのでしょうか。

図-4:スルバランによる聖顔布(ヴェロニカの布)作品の一部(※筆者所有資料より) 左:ストックホルム、国立美術館所蔵/中:スペイン、ビルバオ美術館所蔵/右:ヒューストン、サラ・キャンベル財団所蔵



※上記画像と詳細情報については、所蔵美術館サイトを参照ください。
ストックホルム作品:http://collection.nationalmuseum.se/eMP/eMuseumPlus?service=ExternalInterface&module=exhibition&objectId=3258&viewType=detailView(※ページ 下部に画像と詳細情報あり)
ビルバオ作品:https://bilbaomuseoa.eus/en/artworks/the-holy-face/
サラ・キャンベル財団作品:https://emuseum.mfah.org/objects/22064/veil-of-veronica?ctx=482cb36ebb9e580d822cd24207f9261764c6efbf&idx=0

このような疑問が発端となり、そもそもスペイン絵画やスルバランが好きというわけではなかったのですが、当時のスペインや宗教事情、そして各地に残されている宗教的なイメージ―絵画だけでなく、聖堂を荘厳する壮大な壁画に祭壇、迫真的な木彫像などについて調べるうちに、次々と掘り下げてみたい問題が出てきてやめることもできず、現在に至ります。「なぜ?」を契機にたまたま考察の対象となったテーマが、いつの間にか研究対象となっていたという感じでしょうか。

個人的な好みでいえば、トロンプ・ルイユの技が際立った作品のほか、精緻に表されたオランダや北方の静物画、完璧な幾何学的構成のフェルメール作品などが好きで、これらが研究対象となった可能性も大いにあり得たのですが、今改めて考えると、「好き」よりも「なぜ?」の方に研究対象としての魅力を感じたのだと思います。


以上、少し長くなりましたが、このようなことをお話したのは、研究テーマに関して言えば、「好き」よりも「なぜ?」と思うものに意識を向けると、思わぬ展開があるかもしれないということをお伝えしたかったからです。必ずしも強い思いや何かが必要なわけではなく、好みにかかわらず偶然出会った作品や興味をもった事象に対する「なぜ?」が、自分ならではのテーマにつながっていくこともあります。

疑問はそのままレポート作成につなげることができますし、それを精査するなら論文のテーマが見えてくるかもしれません。何を研究テーマにしてよいかわからない、好きなものが多くて決められないという方は、「好き」を一度わきにおいて、「なぜ?」を感じた作品や現象に着目してみてはいかがでしょうか。そしてご自身ならではの「なぜ?」を、ぜひ卒業論文という形で昇華させてください。大学はそれを実現する場でもあります。スクーリングやテキスト科目の課題、ゼミなどの機会を大いに活用していただければと思います。

 

🔗芸術学コース|学科・コース紹介

▼芸術学科 芸術学コース紹介動画(教員インタビュー)



 

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