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文芸コース

2023年02月21日

【文芸コース】特別講義のご案内 ~プロの作家になるための「言葉」~

来る3月3日金曜日に特別講義〈プロの作家になるための「言葉」〉を開催します! 記事の末尾に詳細・参加ご案内を記載していますので、ぜひチェックしてください。



皆さん、こんにちは。文芸コース主任の川﨑昌平です。

プロの世界には、それぞれの世界において頻繁に使用される「専門用語」があります。文芸の世界も例外ではありません。独特の「専門用語」がたくさんあって、作家さんも編集者もデザイナーも印刷会社の方々も書店員の方々も流通を支える方々も司書の方々も、日夜それらの「専門用語」を駆使して、本をつくったり、本を届けたりしているわけです。

でも、そうした文芸における「専門用語」の多くは、「プロにならないと知らない言葉」なんですね。理由は非常にシンプルで、文芸の世界においては「専門用語」をプロになる前に、体系的に学ぶ場があまり多く用意されていないからです。プロになってから、あるいはプロになろうとする段階で初めて、いろいろな「専門用語」と出会うことができる……という構造になっている。OJT……On the Job Trainingという表現がありますが、まさにそれで、現場で手を動かしながら「専門用語」の意味を学ぶしかない、という現状が、現代の文芸の世界にはあるわけです。

私は文芸コースの教員として、少しその状況を改善したいなと考えています。もちろん、文芸や出版の世界におけるすべての「専門用語」をプロになる前の段階で習得するのは不可能でしょう。第一、体系的に学ぶ場が少ない理由にもつながりますが、先月のブログで紹介した通り、「専門用語」の高度な現場性により、広い文芸の世界において、それらが共通知として育ちにくいという側面もあります。出版社や編集者や雑誌やジャンルや読者層の差異によって、一読すると同じ「専門用語」に見えても、実は意味が違ったりニュアンスが異なったりすることがあるからです。

しかし、だからといって諦めたくありません。文芸というものに興味を持ち、将来は文芸の世界においてプロとして活躍したいと願う人がこの駄文を読んでくださっているのであれば……何かしら「専門用語」の入り口というか、細分化されていない、大枠としての、つまり文芸の世界にいる誰もが使う「専門用語」を紹介したい……もって、文芸における学びの幅をぐっと広げてもらいたい……と考えています。

ということで、前回は「校正刷り」や「色校」や「ゲラ」など、いかにも「専門用語」らしい言葉をご紹介しましたが、今回は……「見る」という言葉に注目したいと思います。

私たちは、通常、文字を「読む」ことはしますが、あまり「見る」という意識で目を動かすことは、それほどないかもしれません。やはり文字という記号があって、それが意味を持つものだと瞬時に判断するからこそ、どうしても「読む」ことをしてしまうわけです。ところが、文芸の世界では「読む」という言葉に置き換えて「見る」を用いることがあります。

まだ駆け出しの編集者だった頃、初めて私がひとりで編集を担当した本が、いよいよ校了間近となったときのことでした。私は付箋がベタベタ貼られたゲラを持って、ベテラン編集者であるデスクに進捗の報告をするとともに最終段階のゲラの確認をお願いしました。デスクはゲラを眺めて一度うなずき、「これで進めていいよ」と言ってくれ、私は鼻息荒く「ハイッ、ミスがないかどうか、もう一度念入りに読み返して、校了とします!」と返したら……急にデスクが目を見開いて私を睨み、「校了直前は、ゲラを〈読む〉な。〈見る〉んだ。読んだらもってかれるぞ」と低い声で言ったのです。
当時はなかなか意味を理解することができませんでしたが、今ならハッキリとわかります。編集者は、ある段階においては本に対して〈読む〉ことをしてはいけないんです。とりわけ、校正においては〈読む〉を抑えて〈見る〉意識でゲラに向かい合わねばなりません。

なぜなら、〈読む〉と、意識が文章の中身に向かってしまうから。文章の良し悪しを考えたり言葉の味わいを推敲したり……確かに〈読む〉ことが大切な場合ももちろんあります。が、そうなってくるとミスを見落としやすくなる。「うーん、やっぱり○○先生っていいことを書くなあ」とか「ふーっ、△△先生の文章ってなんて美しいんだろう……」とか、そんな風に〈読む〉ことに注力してしまうと、やれ柱の誤植を見落としたり目次におけるノンブルを間違えたり見出しの級数指定を忘れたり奥付の日付を20023年なんて超未来にしちゃったりダーシと音引きを取り違えたり……ちょっと心が痛くなってきたのでもうよしますが、ともあれそうした「著者の文章の中身とはあまり関係のないところ」で重大なエラーをやらかしてしまうのです、〈読む〉をしてしまうと。

ですから、校正において、編集者は〈見る〉をしなければならないわけです。機械のような目になって、冷静に言葉のあり方そのものを〈見る〉。情報をパッケージングした物理的存在としての本を〈見る〉。できる限り主観を排し、純粋な客観を実践するという意味でもあるのかもしれません、〈読む〉のではなく〈見る〉ということは。編集をしている過程で、どうしたって原稿に対しての思い入れが強くなっちゃいますから、あえて校了直前は突き放して〈見る〉ことで、冷静な視点を得よ、という意味でもあるのでしょう。

まあ、私程度の編集者が偉そうに言ったところで詮無きこと。この〈見る〉という文芸業界の「専門用語」を、もっとも説得力のある形で教えてくれる例を引用しましょう。

騎兵という兵種がら、敵陣偵察とか渡河偵察には、しばしば出されました。そういう時には、全神経をとがらせて、前を見、右を見、左を見て、注意深く進んでいくのが常でありました。敵陣近くなると、このような動作は絶対に必要であって、これを怠ると命をあやうくすることになります。(中略)私が戦争の中で学んだことの一つは、この、前を見、右を見、左を見る、という念には念を入れて注意する、ということでありました。
仕事のことについても、この注意心ということでよく考えることがあります。戦争ではこのような注意深さがないと一命を落としてしまいますが、仕事では注意心を欠くと間違いをおこしてしまいます。しかし、注意心を欠いても命に別状はないから、とかく甘く考えがちです。前を見、右を見、左を見るという、ただそれだけのことでありますが、この注意心が多くの誤りを救うことになるのです。

藤森善貢著『本をつくる者の心 造本40年』(日本エディタースクール出版部、1986年)より引用。

『本をつくる者の心 造本40年』は出版業界で働くことを願う者なら必読の書。



岩波書店にその人ありと言われた故藤森善貢氏(19151985年)の言葉です。岩波書店在職中、氏は応召されて中国大陸に出征し、各地を転戦するのですが、その際に得た〈見る〉の真髄が、後年の出版人としての職能にも活かされていると氏は語ります。
いやはや、レベルが違う〈見る〉です。氏のご指摘通り、私なんぞはどれほど真剣に校正をしたところで、心のどこかでは「まあ、命までとられるわけじゃないし」と想ってしまっているわけですが、氏の〈見る〉は文字通り命を賭して研ぎ澄まされた〈見る〉です。私程度の〈見る〉とは覚悟が違うわけですが……この境地にいつか達したいと、最近は常に想います。

このブログを読んでくださっているみなさんも、ぜひ藤森氏レベルの〈見る〉を目指してみてください。自分の書いた文章であっても、徹底した〈見る〉をすることで、信じられないミスを発見できたり……新たな可能性を見出したりできるようになるはずです。そうすれば、文芸における学びは、グッと視野が広がっていくでしょう。必然、プロの作家になる道筋も、よりクリアに〈見る〉ことができるようになるのです。

さて、今回は〈見る〉という「専門用語」を紹介させていただきましたが……まだまだいっぱいご紹介したい「専門用語」、即ち「プロの作家になるための言葉」があります。ですので、ひとつ、特別講義というかたちでイベントを開催することにしました。

上記で例に出したような言葉をはじめとして、出版業界や文芸の世界には、「現場にいないと知らない言葉」がたくさんあります。そうした言葉を、全部ではないにせよ、やがて現場で活躍するためにも、前もって少しみんなで学ぼう、という狙いの特別講義をします。あの光文社古典新訳文庫を創刊した一流の編集者である駒井稔先生をゲストにお招きして、プロとして成長するための言葉、「プロの作家になるための言葉」を考えるための講義を開催します。ご期待ください。

皆様のご参加を心よりお待ちしております。よろしくお願いいたします。

文芸コース主任 川﨑昌平




特別講義:プロの作家になるための「言葉」

・日時:2023年3月3日(金)18:00~
・登壇者:駒井稔、川﨑昌平(文芸コース主任)
・実施方法:対面/Zoomウェビナー同時開催
・申込方法:Zoomウェビナーは申し込み不要(対面参加をご希望の在学生は事前申し込みが必要です。詳細はairUマイページのお知らせをご確認ください)

▼参加用ウェビナーURL
https://us06web.zoom.us/j/83000786619


※対面:本学在学生のみ(事前申込が必要です。詳細はairUマイページお知らせをご確認ください。)
※本学卒業生、学外・入学前の方:Zoomウェビナーでご視聴ください。

Zoomウェビナーでご参加のみなさまは、当日時間になりましたら下記のリンクをクリックし、お名前(カタカナフルネーム)、メールアドレスをご入力いただきますと、ウェビナー画面が立ち上がりご視聴いただけます。

※ウェビナーに参加するには、参加時に名前とメールアドレスを入力が必要です。
※参加者の「顔出し・声出し」不要の視聴型のイベントです。
※今回の特別講義は一般公開となっており、本学在学生以外の方もご参加可能となっています。

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3月は今年度最後のコース説明を開催します。
アートライティングコースは3/5(日)16:30~です。本コースのカリキュラムについて直接教員の説明を聞けるチャンスです。ぜひこの機会にご参加ください。

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