入学選考料 | 20,000円 |
---|---|
入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 348,000円 × 4年間 = 1,392,000 |
卒業までの合計金額の目安(4年間) |
入学選考料 | 20,000円 |
---|---|
入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 348,000円 × 2年間 = 696,000 |
卒業までの合計金額の目安(2年間) |
文化コンテンツ創造学科
CREATIVE WRITING
文芸の広く豊かな世界を深く知るために、さまざまな表現世界を深く読み、理解し、楽しみ、
自らの言葉で表現することに挑戦。人生を豊かにする「伝える力」を身につけます。
エッセイ、小説、批評、古典、トラヴェル・ライティングなど……。ジャンルや時代・国を問わず、さまざまなタイプの文芸に接しながら学ぶことで、自らの表現スタイルを見つけることができます。
小説家、研究者、ジャーナリスト、編集者など、指導にあたるのは、現役の書き手やスペシャリストたち。プロならではの鋭い指摘や深い洞察力で、ひとりひとりの学びを支えます。
※卒業制作は、創作・研究論文のどちらでも可能。
入学選考料 | 20,000円 |
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入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 348,000円 × 4年間 = 1,392,000 |
卒業までの合計金額の目安(4年間) |
入学選考料 | 20,000円 |
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入学金 | 30,000円 |
保険料 | 140円 |
授業料 | 348,000円 × 2年間 = 696,000 |
卒業までの合計金額の目安(2年間) |
大学、短期大学、専門学校等をすでに卒業している方は、京都芸術大学通信教育部(大学)文芸コースに3年次編入学ができるため、最短2年間で専門分野の基礎を身に付けられます。大学入学から大学院修了まで、最短4年間で学ぶことができます。
また、通信教育部卒業生は大学院入学時に入学金10万円が免除されます。
書類審査
(大学等の卒業証明書など)
最短2年
3年次編入学の出願資格に
該当しない方は最短4年(1年次入学)
通信教育部
文芸コース
書類審査
(指定提出物など)
最短2年
大学院
文芸領域
「”なにしてんの、まち子先生!“と大声で昔の教え子に呼びとめられちゃった。せっかくキャンパスでは経歴を隠していたのに」と苦笑する井上さん。高校の体育教員として担任や部活を受け持ち、ほぼ休みなしの37年間。「たいした趣味もないし、定年後は母の世話にあけくれよう」と思っていた矢先、その母が永眠。「これからは、好きにしていいよ」と言われた気がして、一念発起して本学の文芸コースへ。「そういえば若い頃、文学を学んでみたかったなと。最初は不安でしたけどね、クラスメイトが難しい本ばかり読んでいるので」。お堅い文章は最後まで性にあわなかったものの、気どらない語り口のエッセイが高く評価され、卒業研究では優秀賞に。「そこでいただいた自信や、尊敬する作家であり染織家の活躍に背中を押されて」新たに染織コースで、学生ライフを延長することになった。
「じつは七夕生まれで、”織姫“になるのが長年の夢だったんです」。織機の扱いは大体知っていたものの、下絵などの”絵を描く“作業は中学生以来。最初はまるで描けなかったのが、課題で日課のようにつづけるうち、少しずつかたちをつかめるようになったという。また、別の課題で感動したのが、身近な雑草から生まれる色の美しさ。「ちょうど卒業制作にさしかかったとき、かつて住んでいた団地が取り壊されると聞いて」父が植えてくれた笹で糸を染め、着物に仕立てようと決めた。「笹の命を、家族の思い出を、色とかたちで残したいと思ったんです」。 卒業後は小物ばかりつくっていたが、傘寿を迎える姉のため、こんどは自分ひとりの力だけで、着物を織りあげることに。「文芸コースの学びも組み合わせて、小説をモチーフにした着物づくりに挑戦してみます。いつか、手づくりのエッセイ本もつくってみたい」と、たくさんの予定を楽しそうに語ってくれた井上さん。文(ふみ)織姫の冒険は、これからもつづく。
卒業論文『木地師の台所』はエッセイ。「まだまだ未熟ですが、私の文章で夫の仕事や工房もアピールできたら、と思っています」。
〈木地師のお店 mokume〉
https://mokume-k.jimdofree.com/
「我ながらヘタクソで、先生にも呆れられて、それがなんだか気持ちよかった」と、入学当初を振り返る佐藤さん。卒業後のいまは、本職のデザインを活かして、地元を紹介する小冊子の編集から執筆までを手がけている。「書くことが苦手な自分を克服したくて入学。でもどこかで、ヘタなりに味のある文章が書ければ、という期待もあったかもしれません」。しかし現実はそう甘くなく、とても奥深いものだった。「泣きながら課題を書いたこともあります。文章を書くとは、自分を飾らず心の底から素直になること。それがすごく難しいのだとわかりました」。社会で過ごすうち、気がつけば、なるべく嫌なことを避け、限られた世界のなかで満足するようになっていた。けれど、ひとたび人に読んでもらう文章を本気でつくろうと思ったら、好きも嫌いもとことん向き合い、悩み抜かなくてはいけない。「さまざまな先生方の言葉に導かれ、人間として成長できたような気がします」。
「先生や学友に教わってばかり」という佐藤さんだが、自分から教えてあげたいこともある。「文芸って、机の前だけでやるものじゃないんですよ」。この街に移り住んで出会った、緑の中の渓谷、お気に入りの店、静かな町並み。自分に書く力をくれる対象をいつも身近に感じたくて、メモを片手に歩き回っているそうだ。「見飽きない自然、優しい人々、消えつつある伝統文化。書く材料はいっぱい揃っているので、あとは、何からどう伝えるか」。じつは、本コースに来たもうひとつの理由が、都会暮らしをやめて木地師(ろくろで椀や盆の木地をつくる職人)となった夫のこと。「ずっと近くで見つめてきた私が、書いて、語り継がなくちゃ、と思っているんです」。苦心の末にまとめた卒業論文も、ほんの序章。何年もかけて、じっくりかたちにしていきたい。緑の中、心の奥から紡ぎだされる佐藤さんの物語は、いつか、多くの人に届けられていく。
本学卒業後は大学院に進学し、中上健次をテーマに研究をすすめている。「研究論文を仕上げたら、中上作品をもとに創作を1本書き上げ、研究のまとめとしたいです。今はまだ、本当にできるのやら……という感じですが」。
1年間の休学をはさみ、コース開設時から学んできた中村さん。もしかすると先生より、本コースで得るものを知っているかもしれない。40歳を前にして「定年を待つより、今の自分にしか書けないものを書いてみたい」と入学。テキスト科目で理論を学び、文章との向き合い方がまるで変わったという。「何より大きかったのは、文学を論じるための言葉を手に入れたこと」。たとえば《語り手》《視点》《ストーリーとプロット》など。小説を組み立てている要素を言葉で理解することで、単に〝面白い〞だけでなく、〝なぜ面白いのか〞を読み解けるようになった。中村さんいわく、それは「文芸を考えるための補助線、ツールのようなもの」。本を読むだけでなく、書いて思いを言葉にするときにも使えるという。「もちろんツールなので、どう使うかは本人次第ですが」。中村さんの場合は、卒業研究のテーマにまでつながった。
一方、スクーリングで得たのは、文章を書き、読んでもらう楽しさ。あるエッセイの授業で「彼女のブラジャーを洗う」話を発表したところ、予想以上の好反応。休学の後でも「あ、ブラジャーの人」と声をかけられ、心に残る文を書くよろこびを知った。「自分の中から物語が出てくる、という初めての感覚も課題で味わえました」。深く読み、書くたびに、知らない世界が開かれる。そこで得た思考は、現実世界にもつながっていく。「より柔軟にものごとを考えられ、生き方が豊かになったと感じます」。
やがて迎えた卒業研究では、《時間》をテーマに小説を創作。「テーマを課すことで、本来なら到達できなかった所まで、物語を運んでいけたと思います」。まずは自分の言葉で書き、読んでもらう。すべてはそこからはじまるから。その環境を与えてくれた本コースに感謝している、という中村さん。これからどう書き、どこまで届くかは分からないけれど、補助線の先にある、自らの物語を追いつづける。
本学卒業後、出版社への持ち込みで14年『はじめての土偶』を上梓。15年『にっぽん全国 土偶手帖』(共に世界文化社)、16年『ときめく縄文図鑑』(山と溪谷社)につづき、今後も続々と刊行予定。
「この2年間の学生生活で、本当に人生が変わった」と、力強く語る譽田さん。卒業後に執筆した〝土偶〞の入門書が、同ジャンルでは異例の売れ行き。現在も次々に新作を手がけ、メディアからも注目されはじめている。入学前から企業の広報部で宣伝文などを書いていたが、誰かに文章を教わった経験はゼロ。「知人にすすめられて、軽い好奇心で跳び込みました」。
入学してまず驚いたのは、クラスメイトの読書量。「追いつかなきゃ、という思いと課題をこなすため、人生で一番、本を読みましたね」。そこで、自分からは手にしない本が新たな世界の扉を開いてくれることを知った。「後の執筆活動を支える本にも出会えました」。さらに意外だったのが、学びの幅広さ。「作家だけじゃなく、研究者や編集者の話も聞ける。それぞれの立場から、文芸のリアルな世界を教われて、すごく貴重な体験でした」。やがて、共通科目の授業で興味のあった「考古学」を選んだことが、譽田さんの運命を大きく動かす。「先生の話がすごく面白くて、授業終わりに『私、土偶の本をつくりたいんです!』と、いきなり告白したんです」。親身な先生のおかげで、さまざまな専門家と出会い、5〜6年かけて本の出版にこぎ着けることができた。
また、文章を書くスキルにおいても得るものがあった。「あまり長文を書いた経験がなくて。400字から800字、1600字と、少しずつ長文に慣れさせるカリキュラムは、巧みだなと感心しました」。「作家である先生方の赤裸々な苦労話をうかがって、やはり創作は尊い仕事だと感動。入学したときはまったく頭になかったけど、いつか、物語を書いてみたいと思っています」。この大学で未知の本と出会い、人と出会い、それを生かす自らの努力で、運命をつかんだ譽田さん。新しい夢との出会いが、またつぎの扉を開いていく。
卒業後は大学院へ。仕事ではテレビの報道局に勤めるかたわら、地元の大学でメディア論を指導。「文字通り、本学の教えを〝ぬすんで〞フル活用させてもらっています」。
「言葉って、重いんだ」。本コースに来て、自分が向き合うものの難しさをあらためて思い知らされた伊東さん。仕事面でもプライベートでも、本学でふれるすべてのことに多くの刺激を受けたという。まずは文芸の幅広さ。「じつはドキュメンタリーに関心が強くて、小説とか創作ものは書くどころか読むことさえあまりなく」。あるスクーリングで、創作文を即興で書くお題を出され、原稿用紙を前に七転八倒。「800文字を埋めるのがこんなに大変だとは!と思いましたね」。一方では、雑誌の編集者や作家など多彩なジャンルのプロから、制作現場の話を聞ける楽しみも。「〝書く〞という行為の裏側に何十倍もの〝見る 聞く 知る〞努力が必要だと知りました」。多彩なクラスメイト、おもちゃ箱のようなキャンパス、情緒豊かな京都の街にも始終ワクワクさせられた。
とはいえ、働きざかりの学生生活は決して甘いものではない。睡眠時間を削り、早朝や帰宅後の深夜に1時間ずつ、本とパソコンに向かう日々がつづく。忙しくてめげそうになったとき、頭に浮かぶのは先生の言葉。「プロは書けない日も必ず机に向かいペンを持つ」。そうして卒業段階に至り、言葉をテーマに研究をまとめあげた伊東さん。「仕事ではついマニュアルどおりに受け流していた言葉のひとつひとつを、よく考え、選んで使うようになりました」。言葉で伝える難しさ、そして、伝えられることの大きさを知り、表現者としての新たな意欲が芽ばえた。「あいまいな使い方で言葉から逃げずに、もっと人にはっきり伝える努力をしていきたいです」。その手には、剣よりペンよりなお強い、言葉への想いが握られている。