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アートライティングコース

2023年04月25日

【アートライティングコース】アートは長く、人生は短し Ars longa vita brevis(ヒポクラテス)

こんにちは。アートライティングコース教員の大辻都です。
花の季節が過ぎ、新緑の季節へ。新入生もすでに授業に参入し、春学期もピークを迎えようとしています。

ことのほか時の推移が早く感じられる春ですが、先日、音楽家の坂本龍一氏が亡くなったことはどなたも記憶に新しいでしょう。広範な活動をされていただけに、世界中から弔意が寄せられましたが、私もまた、この訃報に衝撃を受けたひとりです。私が少し意識的に音楽を聴くようになり、自分の趣味が芽生え始めたのは1970年代半ば頃。その少しあと、高校時代にYMOに出会い、日本人らしからぬそのスタイリッシュな音に大いに憧れを抱きました。映画『戦場のメリークリスマス』や忌野清志郎との「い・け・な・いルージュマジック」も青春の背景でした。

若い一時期夢中になりはしても、長きに渡るその音楽活動をつねに追ってきたわけではなかったのですが、追悼としてメディアに溢れた氏の業績や言動をふり返る記事に触れ、作品を聴き返してみて、あらためて人類の向かう先やエコロジー視点での世界全体を見据えつつ芸術活動を実践してきた音楽家なのだと感じ入りました。

これらの報道のなかで、坂本氏が生前好んだ「Ars longa vita brevis」というラテン語の表現を目に、あるいは耳にした方もいるのではないでしょうか。もとは古代ギリシャで医術を行ったヒポクラテスの言葉とされます。arsとは英語でいうアートartのこと。元来自然に対して人間が後天的に作り出した「技術」を指し、「医術の習得には時間がかかるが、人の一生は短い」との意味だったようです。ですが、後にartという言葉の意味は、「芸術」へと転じていきます。坂本氏が意図したのも、「芸術は長く残るが、人の一生は短い」ということで、ご本人の早過ぎる死と残された大きな仕事を思うにつけ、この表現が真実として迫ってくる気がします。

さて、私たちが取り組んでいるアートライティングにも、この表現は深く関わっていると思っています。アートライティングとは広い意味での文化・芸術を対象にしながら、言葉による作品を書く行為です。この場合アートとは、誰もが思い浮かべる絵画や音楽のような歴史ある芸術ジャンルから、町の中などで生まれつつある文化活動まで幅広い範囲を指しています。

本を読んだり、映画を見たり、旅をして知らなかった土地の文化に触れたり。生きていく過程でさまざまな芸術・文化に出会う時、私たちは何かしらの感慨を持つことがあります。「ああ、いいな」とひとり頭のなかで思うこともあれば、一緒に同じ絵を観た友人と感想を言い合うこともあるかもしれません。それは好き嫌いの素朴な感覚であることも、もう少し深化した考察であることもあるでしょう。もしかしたら他の人も面白いと共感してくれるようなアイディアであるかもしれません。

とはいえ、頭のなかだけの考えや話し言葉によるおしゃべりは、残念ながら時間とともに風化してしまいがちです。年齢を経ると忘却の速度はなおさら高まり、あれほど読んだ本、あれほど見た映画は自分にとって何の意味があったのだろうと虚しい気持ちになることも少なくありません(私の場合ですが)。

そうした想念や一時のおしゃべりに目に見えるかたちを与えてくれるのが、文字としての言葉です。事物を指し示すのに人が生み出した記号である言葉は、消えやすく輪郭の曖昧な発見や考察に対し「止め」の役割を果たします。言葉で再構成された発見や考察は広く伝わり、また長きにわたり残りうるという利点があるのです。

もちろんむやみにただ書きさえすればいいわけではありません。言葉は人工的な記号に過ぎず、モノや考えそれじたいではありませんから、言いたいことを寸分違わずその通りに表現できると思うのは短絡的です。それでも言葉というこの素材を選び抜き、何とかうまく組み合わせ、できるかぎり上手に料理すれば、他者にも届く作品ができるかもしれません。その料理の仕方を学ぶ場がアートライティングコースだと考えてください。

アートライティングコース|学科・コース紹介

アートライティングを実践的に学ぶ演習科目では、最初のステップとして「ディスクリプション」に取り組みます。ディスクリプションとは、対象をできるかぎり正確に観察し、描写すること。自分の愛用するもの、そして自分の知っている町を、それを知らない読者にも伝わるように書くことを試みてください。目だけでなく、手触りや音、匂いなど五感をフルに使った観察が、生き生きとして魅力的な描写につながるはずです。

次のステップでは、アートライティングに不可欠な書き手自身の視点を取り入れた「クリティカル・エッセイ」を試みます。映像と記憶、文化としての食、紙の本、音楽をめぐってという4題から選択し、批評的視点をもった文章を模索してもらいます。「自分語り」に陥ることなく、対象について「自分の見方」を示すのは簡単ではありませんが、模索を尽くした読み応えたっぷりの作品に出会える時の喜びはひとしおです。

こうしたステップを経て、卒業作品は自由テーマで書かれます。戦時下に交わされた古い書簡を読み解くエッセイ、フェミニズム的視点をもって分析された絵画批評、古代の編布を現代に蘇らせる実践の記録、実現されなかった美術展の謎に迫るインタビュー……。この春も魅力に溢れるアートライティング作品が多数書き上げられました。(ブログの下部にあるリンクより卒業作品の一部をご覧いただけます)

コースには映画好きや美術館好きもいれば、すでに記事を発表しているライターや編集者、書店やギャラリー勤めの方、自身がデザインや舞台などの制作に関わっている方などさまざまな学生がおり、それだけに意外な方向からの作品アプローチにこちらもはっとさせられます。

この春もたくさんの新入生がやってきました。彼ら、彼女らの奮闘で、また新たなアートライティングの景色が広がってくれるのが今から楽しみです。

 

京都芸術大学(通信教育課程)Web卒業・修了制作2022
京都芸術大学(通信教育過程)Web卒業・修了制作展2022

 

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