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2022年10月21日
【アートライティングコース】自分にとって最も自然なことをするのは、いつでも、とても難しいことなのです(ジョージア・オキーフ)
こんにちは。アートライティングコース非常勤教員のかなもりゆうこです。春が来て、夏が過ぎ、秋学期に入りました。短期間で世界が大きく変化してゆき、まさに隔世の感だと言わざるを得ません。皆さまは今をどのように感じながらお過ごしでしょうか。私はというとさまざまな切り替えも立て直しも素早くできず、進歩のないことを嘆いてはいるのですが、置き去りにされながらも、せめて自分の中にある本質的なものと向き合うには良い機会なのかもしれない、と考えているところです。
真に自分自身のものであるそれは、あまりにも近すぎて、多くの場合、それがそこに存在することに自分でも気が付かないのです
これは『ジョージア・オキーフ 崇高なるアメリカの精神の肖像』(ローリー・ライル著、道下匡子訳、PARCO出版、1984年)の中にあるオキーフ自身の言葉ですが、何か作品を作るにも文章を書くにも、そして日々暮らすことにおいても、折に触れて自分に聞かせたい、強くて静かな言葉だと感じています。
ところで私の秋の原風景はというと、ふわふわとした綿毛が揺れるのっぽのパンパスグラスや色彩豊かなポプラ並木が目に浮かびます。そこは広大なニュータウンであるにもかかわらず、辺りには海、丘、谷、といろいろ取り揃った風光明媚な場所でした。子ども時代の記憶は箱の中にしまっておいたものを一つひとつ取り出しては並べていくように思い出すことができます。窓辺の光の行き交い、雨の日の遊び方、部屋の間取りや棚の位置、壁の色、母の言葉、朝ごはん、おやつ、ごっこ、基地、浜辺で拾った貝殻、パンパスグラスの箒、ポプラの葉を拾い集めて束ねた左手。一葉の中にある色の響き合い。それをよく見ようと右手で一枚の軸を摘まんでくるりと回した瞬間、葉に付いた水滴が飛んで眼に入り幼稚園の保健室で洗浄してもらいました。洗眼受水器の不思議なかたち、私の眼を水で雪ぐ先生の手……。まるでとりとめがないです。
この秋の始まりに観た映画、セリーヌ・シアマ監督の『秘密の森の、その向こう』は、様々な記憶を私に呼び起こしました。作中に登場する秋の森は、過去と現在の通路であり待ち合わせ場所です。折り重なる時間のあちこちで、祖母と母と娘が分身や友人のように寄り添ったり心を通わせたりします。映画のディティールはもちろん自分のものではないのですが、その様子を眺めていると、私たちが普段はまるで押し入れの上の天袋の奥にでも仕舞ってあるような意識へそっと梯子がかけられます。あ、いま既知の心の世界がよぎった、と気づいてもすぐに映像は流れてゆくのですが、観終わった後にも影像として存在しています。本を読む体験でもこれによく似ていることがあって、本を閉じたあとに残るものがあります。それは手に触れたことのあるものの感触を覚えているような感じです。
このようなあえかなものを大切に扱い、さりげない手つきで垣間見せてくれるシアマ監督の清廉な感性と淡々と表現を貫く態度に共感し、大筋や具体的な内容は明かさないように映画を紹介したいと思いました。まだ上映中の館が多くあると思いますので、ご興味を持った方はぜひ映画館に足を運んでみてください。
ちなみに最初に取り上げた書籍はジョージア・オキーフの伝記として紙上に落とし込まれた、活版印刷の文字組みも美しい本です。装丁は石岡瑛子さんのもとで学んだデザイナー、成瀬始子さんによるもの。成瀬さんは造本において手作業のプロセスを盛り込むことを重視していて、そのことによって「読み手との親密な関係を生み、命の永いものになります」と語っておられます。
この本のカバーの色はパールグレー、つまり真珠のグレーと呼ばれる貝殻の体内で生じる塊のような重みのある色合いをしています。蛇腹折りにしたカード紙でくるむことで本の重量をしっかりと支えていて、板紙の張りのある質感と滑らかな手触りには凛とした気品を感じます。この少し珍しい変則な形状のカバーを本にかける仕事は、まさに手作業なのでしょう。そして少し高さのある帯はオキーフが好きなニューメキシコの赤茶けた砂岩の色ではないでしょうか。そのランドスケープをオキーフは「薔薇色の岩だらけの風景」だと言っています。赤い岩肌が逆光の影にとっぷりと飲み込まれたとき、このような深い色になることが想像されます。もしくはその土で作られた日干し煉瓦にも見えます。書籍の資材やデザインはその本が持つものをかけねなく読者に届けるべく選ばれています。紙に託すこと、本にすることはひとつの礼法のようであり、形を持たない心がそれを通して伝言されるのです。
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真に自分自身のものであるそれは、あまりにも近すぎて、多くの場合、それがそこに存在することに自分でも気が付かないのです
これは『ジョージア・オキーフ 崇高なるアメリカの精神の肖像』(ローリー・ライル著、道下匡子訳、PARCO出版、1984年)の中にあるオキーフ自身の言葉ですが、何か作品を作るにも文章を書くにも、そして日々暮らすことにおいても、折に触れて自分に聞かせたい、強くて静かな言葉だと感じています。

この秋の始まりに観た映画、セリーヌ・シアマ監督の『秘密の森の、その向こう』は、様々な記憶を私に呼び起こしました。作中に登場する秋の森は、過去と現在の通路であり待ち合わせ場所です。折り重なる時間のあちこちで、祖母と母と娘が分身や友人のように寄り添ったり心を通わせたりします。映画のディティールはもちろん自分のものではないのですが、その様子を眺めていると、私たちが普段はまるで押し入れの上の天袋の奥にでも仕舞ってあるような意識へそっと梯子がかけられます。あ、いま既知の心の世界がよぎった、と気づいてもすぐに映像は流れてゆくのですが、観終わった後にも影像として存在しています。本を読む体験でもこれによく似ていることがあって、本を閉じたあとに残るものがあります。それは手に触れたことのあるものの感触を覚えているような感じです。
このようなあえかなものを大切に扱い、さりげない手つきで垣間見せてくれるシアマ監督の清廉な感性と淡々と表現を貫く態度に共感し、大筋や具体的な内容は明かさないように映画を紹介したいと思いました。まだ上映中の館が多くあると思いますので、ご興味を持った方はぜひ映画館に足を運んでみてください。

この本のカバーの色はパールグレー、つまり真珠のグレーと呼ばれる貝殻の体内で生じる塊のような重みのある色合いをしています。蛇腹折りにしたカード紙でくるむことで本の重量をしっかりと支えていて、板紙の張りのある質感と滑らかな手触りには凛とした気品を感じます。この少し珍しい変則な形状のカバーを本にかける仕事は、まさに手作業なのでしょう。そして少し高さのある帯はオキーフが好きなニューメキシコの赤茶けた砂岩の色ではないでしょうか。そのランドスケープをオキーフは「薔薇色の岩だらけの風景」だと言っています。赤い岩肌が逆光の影にとっぷりと飲み込まれたとき、このような深い色になることが想像されます。もしくはその土で作られた日干し煉瓦にも見えます。書籍の資材やデザインはその本が持つものをかけねなく読者に届けるべく選ばれています。紙に託すこと、本にすることはひとつの礼法のようであり、形を持たない心がそれを通して伝言されるのです。
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