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芸術学コース

2023年06月08日

【芸術学コース】「絵」と「言葉」を調べる―江戸時代の絵入本を活用しよう

 みなさん、こんにちは。今年度から芸術学コースに着任しました石上阿希です。新年度がはじまって早2ヶ月となりましたが、はじめてこのブログに記事を書くということもあり、私がどんな研究をしてきたのか、簡単に自己紹介させていただければと思います。

 みなさんは「きりん」と聞いて、何を思い浮かべますか? 多くの人は動物園にいる首の長いキリンを想像すると思います。お酒好きの方は、あの酒造メーカーが頭に浮かんでノドが乾くかもしれません。古い時代に詳しい人は空想上の動物である「麒麟」のことも候補にあがるのではないでしょうか。

 ここで2冊の本をみてみましょう。1冊は『訓蒙図彙(きんもうずい)』です。寛文6年(1666)の序を持つ本で、日本で初めての絵入百科事典として京都で出版されました。森羅万象の事物を17部門に分けて図解しています。もう1冊は『泰西訓蒙図解(たいせいくんもうずかい)』という本で、文科省によって明治4年(1871)に刊行された外国語の絵入単語辞典です。英語・フランス語・ドイツ語に和漢の訳語を付けています。

 上は『訓蒙図彙』に載る「麒麟」、下は『泰西訓蒙図解』に載る「麒麟」です。この2冊の間には205年の開きがあります。江戸時代の「きりん」は中国古代では瑞獣とされていた幻獣を指していますが、近代では「ジラフ」という英語と共に実在の動物を指す言葉となりました。

『訓蒙図彙』「麒麟」
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2569349



『泰西訓蒙図解』「麒麟/麒麟/豹駝/長頸鹿」
国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/861753



 このように同じ言葉であっても、時代や環境が変われば指す物にバリエーションが出てきます。

 遅ればせながら、私の専門は日本の近世文化や絵画です。特に浮世絵や絵入本に描かれているものを調べる時、これは江戸時代では何と呼ばれていたのだろう、と疑問に持つことも少なくありません。辞典で調べればある程度のことは分かるのですが、私がより知りたいのは、当時の人々が実際に呼んでいた名前です。それもざっくりと「江戸時代」というのではなく、例えばその絵が描かれた時代から前後しても20年程度、できれば同じ地域での用例を知りたい、というものです。

 それならば、そういった縛りで検索出来るツールを作ればいいのだ、ということで(もちろんそれだけが動機ではありませんが)上に挙げたような「絵入百科事典」的書物から「絵」と「言葉」を抜き出したデータベースを作ることにしました。名称が分からない場合も、視覚から探せるように、検索トップページにはサムネイルをずらっと並べています。横の分類ボタンから絞り込めば、ある程度「絵」から探すことも可能です。

 データベースの構想から構築は当時私が所属していた国際日本文化研究センターのプロジェクトの一環として進めました。2017年には試作版、2022年には正式版を公開し、この6月には29点の書目から全11975件の項目を検索できるデータベースとなりました。

国際日本文化研究センター「近世期絵入百科事典データベース」検索画面
https://kutsukake.nichibun.ac.jp/EHJ/index.php



 もちろんこのデータベースに収めている書物が全ての絵入百科事典ではありません。収録できていない書物はまさに山のようにあります。それでも、かなりの事物を調べることができるデータベースを作ることができました。これは、いかに江戸時代の人々が多様な絵入本を出版して、それを読んでいたのかという書物文化の厚みを示すものといえるでしょう。

 江戸時代の絵入本を様々読んでいると、「よくもまあこんな事まで取り上げて本にしたなぁ」と感心することしきりです。教養溢れる書物から、地口やもじりでくだらないことを突き詰める本まで、呆れと敬意を込めながら眺めています。例えば文政8年(1825)に出版された『偶言三歳智恵(ほかんさんさいぢえ)』にはこんな「麒麟」が登場します。

『偶言三歳智恵』「麒麟」国際日本文化研究センター https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/Picture/View/363/3/8



 本書は江戸中期の代表的な絵入百科事典『和漢三才図会』をもじった滑稽本で、男女にまつわる事物を天文や虫、獣などに分類して図解したものです。この図は遊里に入り浸るモテナイ男の姿を「麒麟」に見立てたもので、銭貨をつないだ百文銭を角に、煙管から吸って吐き出した煙を髭になぞらえているのでしょう。聖人の治世に現れるという麒麟を卑近な存在に当てはめて笑っているのです。

 さて、私が所属する芸術学コースではそれぞれの学生さんがウェブで講義動画を見たり、レポートのために作品を調べたり、卒業研究の論文を書いたり、普段は自分のペースで学習を進めています。時にはスクーリングで一緒に学ぶこともありますが、基本的には1人で学ぶことが多いかと思います。

 絵を調べていてどうしてもこれが分からない、ということもよくある事だと思います。すぐに誰かに聞くことが出来ない、教員に質問ができないという時には、一度ぜひこのデータベースを調べてみてください。もちろん、この他にも絵を調べるデータベースはたくさんあります。国文学研究資料館の「国書データベースhttps://kokusho.nijl.ac.jp/)」では図像タグで古典籍を検索できますし、「国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/search/image)」では画像を使って調べることもできるようになりました。

 美術にまつわる膨大な量のデジタル画像が公開されている今、机の前で調べることができる情報量は飛躍的に増えました。むしろ検索結果が多すぎて取捨選択が難しい時代になったとも言えます。ぜひとも自分の研究に適したデータベースを探して使い倒すことで、資料や情報収集の腕を磨いてください。必要であれば、自分でデータベースを作ってもよいと思います。自分が知りたいと思うものを見つけ、それを調べ、考え、発信する技術を学ぶ場を提供したいと芸術学コースの教員・スタッフともども考えています。

(石上阿希)


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