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2023年08月02日
【芸術学コース】”芸術学的に” 美術鑑賞をしてみよう
みなさん、こんにちは。今年度より芸術学コースを担当することとなりました松田佳子です。よろしくお願いいたします。
さて今年は連日大変な暑さが続いていますが、涼しい美術館で心も体もリフレッシュできるいいですね。
今日は少し前になりますが、国立新美術館で開催されていた「ルーブル美術館展 愛を描く」を観に行った時のお話しをしたいと思います。本展はルーブル美術館の所蔵品を「愛」というテーマで纏めた企画展覧会です。

さて、私たち日本人が捉える「愛」と西洋にルーツのある人々が捉える「愛」というものは、異なるところもあるようです。とくに西洋の芸術における「愛」の描かれ方には時代によっても変遷していくので、戸惑いを覚えることもあります。本展ではそれについて章立てで説明が施されており(「Ⅰ愛の神のもとに−古代神話における欲望を描く」「Ⅱキリスト教の神のもとに」「Ⅲ人間のもとに−誘惑の時代」「Ⅳ19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」)、とてもわかりやすく整理されていました。
恋愛や友愛、家族への愛は歴史や文化の違いを超えた人類共通の感情であり、誰もが共感しやすいものです。一方、西洋の芸術でしばしば表される古代神話(ギリシャ・ローマ神話)やキリスト教の愛については、その逸話を知らないと何が描かれているかピンとこないということが多いのではないでしょうか。私自身も美術史の勉強を始める以前は、神話やキリスト教がテーマになっている作品はなんとなく苦手意識があり、なかなか作品に共感することができませんでした。
今回のブログ記事は、本展でアイコン的に位置付けられているフランソワ・ジェラールの《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》を例にみてみましょう。
美術鑑賞がいかにあるべきかということは、鑑賞者の年齢、鑑賞経験、鑑賞の目的によってそれぞれあって良いのだと思います。作家や題材、時代背景、制作の手法など何の予備知識がなくても(ないからこそ?)深く鑑賞ができるという考え方もあります。(余談ですが文末の【おすすめの書籍】にあげた『私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力』は鑑賞について一度立ち返って考えるにはとても面白い書籍です。)そこで、この作品を予備知識なく自由に鑑賞してみましょう。みなさんはどんなふうに鑑賞しますか。

牧歌的な風景の中で若く(とても若い…ティーンエイジャーみたいですね)美しい男女2人が描かれています。少年が少女の額に口づけをしています。少年の背中には翼が生えていますので、おとぎ話や夢の中のようで現実の世界ではないように思えます。少年は優しげでうっとりした愛情ある表情をしていますが、少女の表情はどうでしょう。少年とはちょっと違っているように感じませんか。戸惑い?不安?不快?反発?なぜこのような表情をしているか、それぞれ観る人たちが想像を膨らませることは美術鑑賞の自由さであり、楽しさ、豊かさでもありますね。
では、この作品の主題について知識を追加してみましょう。タイトルには「アモル」と「プシュケ」という2つの名前が出てきます。これはギリシャ神話に出てくる恋人たちのお話です。「アモル」は英名でキューピット(ヴィーナスの息子)、「プシュケ」はある国の王の3姉妹の末娘です。プシュケは地上のヴィーナスと褒め称えられるほどの美貌で、あまりの美しさゆえに敬遠されてしまい、求婚する人が現れません。心配した父王はアポロンに神託を求めます。アポロンは醜悪な夫が彼女を連れ去りに来るが、決して彼女は夫の姿を見ようとしてはならないと告げます。しかし実際に結ばれたのは、この絵のように美しいアモルでした。夫の姿を知らないまま結婚生活を送っていたプシュケは数々の疑惑が膨らみ、ある日ついに夫の姿を見てしまったために2人はさまざまな試練を与えられることになります。しかし最終的には困難を克服して神々から認められて結ばれます。この絵画はその困難に出会う前の純粋な2人の愛の姿を描いているとも、困難を乗り越えた後の永遠の愛を描いているとも言われています。「プシュケ」はギリシャ語で「魂」を意味する言葉でもあるので、愛の神アモルと困難の末に結びついた魂は浄化されるという哲学的な意味も持っています。このような寓話を知っていると作品に対する見方も違ってくるかもしれません。
また神話や宗教の作品には、誰もが「ああこの人だ!」とわかるように、登場人物固有の持ち物(アトリビュート)がしばしば添えられます。文字を読めない人たちでも作品を見て、その物語がわかるようなしくみになっているのです。プシュケはギリシャ語で「蝶」という意味もあります。少女の頭上には蝶が飛んでいますから、少女の名はプシュケと記されているのも同然です。例えば私たちが、ルーブル美術館に行った時、フランス語のキャプションが読めなくても、蝶がいる女性像だからプシュケなのかなと考えられるとちょっとトクした気分になれますね。

美術鑑賞は、小さな子供でも、何も知識を持っていない人でも十分楽しめます。それだけの力を持っているものこそが、芸術として認められる作品の価値だと思います。けれど、私たちと文化を異にする作品に当たった時、その文化を持つ人々と同じような気持ちになって作品を理解できようになるとより深く作品を味わうことができるのではないでしょうか。
芸術学とはその芸術がいかにして生まれ、現在まで受容されてきたかを学ぶ学問です。芸術作品を通して、自分とは違う文化、時代の思考や感受性を得ようとすることは、単に芸術作品への知識を増やすというだけにとどまらず、自分とは違う他者理解への共感性を養うということにも繋がります。
美術鑑賞が大好きな方、その大好きな美術鑑賞をもう一歩進めて芸術学の世界へ足を踏み入れてみませんか。

なお本展は、6月27日から9月24日まで京都市京セラ美術館に巡回しています。東京で見そびれてしまった方も必見です!
【おすすめ書籍】
上野行一『私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力』光村図書出版、2011年
トマス・ブルフィンチ著・大久保 博訳『完訳 ギリシア・ローマ神話 上・下 (角川文庫)』 KADOKAWA、2004年
岡田温司監修『聖書と神話の象徴図鑑』ナツメ社、2011年
芸術学コース|学科・コース紹介

さて今年は連日大変な暑さが続いていますが、涼しい美術館で心も体もリフレッシュできるいいですね。
今日は少し前になりますが、国立新美術館で開催されていた「ルーブル美術館展 愛を描く」を観に行った時のお話しをしたいと思います。本展はルーブル美術館の所蔵品を「愛」というテーマで纏めた企画展覧会です。

さて、私たち日本人が捉える「愛」と西洋にルーツのある人々が捉える「愛」というものは、異なるところもあるようです。とくに西洋の芸術における「愛」の描かれ方には時代によっても変遷していくので、戸惑いを覚えることもあります。本展ではそれについて章立てで説明が施されており(「Ⅰ愛の神のもとに−古代神話における欲望を描く」「Ⅱキリスト教の神のもとに」「Ⅲ人間のもとに−誘惑の時代」「Ⅳ19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」)、とてもわかりやすく整理されていました。
恋愛や友愛、家族への愛は歴史や文化の違いを超えた人類共通の感情であり、誰もが共感しやすいものです。一方、西洋の芸術でしばしば表される古代神話(ギリシャ・ローマ神話)やキリスト教の愛については、その逸話を知らないと何が描かれているかピンとこないということが多いのではないでしょうか。私自身も美術史の勉強を始める以前は、神話やキリスト教がテーマになっている作品はなんとなく苦手意識があり、なかなか作品に共感することができませんでした。
今回のブログ記事は、本展でアイコン的に位置付けられているフランソワ・ジェラールの《アモルとプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》を例にみてみましょう。
美術鑑賞がいかにあるべきかということは、鑑賞者の年齢、鑑賞経験、鑑賞の目的によってそれぞれあって良いのだと思います。作家や題材、時代背景、制作の手法など何の予備知識がなくても(ないからこそ?)深く鑑賞ができるという考え方もあります。(余談ですが文末の【おすすめの書籍】にあげた『私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力』は鑑賞について一度立ち返って考えるにはとても面白い書籍です。)そこで、この作品を予備知識なく自由に鑑賞してみましょう。みなさんはどんなふうに鑑賞しますか。

牧歌的な風景の中で若く(とても若い…ティーンエイジャーみたいですね)美しい男女2人が描かれています。少年が少女の額に口づけをしています。少年の背中には翼が生えていますので、おとぎ話や夢の中のようで現実の世界ではないように思えます。少年は優しげでうっとりした愛情ある表情をしていますが、少女の表情はどうでしょう。少年とはちょっと違っているように感じませんか。戸惑い?不安?不快?反発?なぜこのような表情をしているか、それぞれ観る人たちが想像を膨らませることは美術鑑賞の自由さであり、楽しさ、豊かさでもありますね。
では、この作品の主題について知識を追加してみましょう。タイトルには「アモル」と「プシュケ」という2つの名前が出てきます。これはギリシャ神話に出てくる恋人たちのお話です。「アモル」は英名でキューピット(ヴィーナスの息子)、「プシュケ」はある国の王の3姉妹の末娘です。プシュケは地上のヴィーナスと褒め称えられるほどの美貌で、あまりの美しさゆえに敬遠されてしまい、求婚する人が現れません。心配した父王はアポロンに神託を求めます。アポロンは醜悪な夫が彼女を連れ去りに来るが、決して彼女は夫の姿を見ようとしてはならないと告げます。しかし実際に結ばれたのは、この絵のように美しいアモルでした。夫の姿を知らないまま結婚生活を送っていたプシュケは数々の疑惑が膨らみ、ある日ついに夫の姿を見てしまったために2人はさまざまな試練を与えられることになります。しかし最終的には困難を克服して神々から認められて結ばれます。この絵画はその困難に出会う前の純粋な2人の愛の姿を描いているとも、困難を乗り越えた後の永遠の愛を描いているとも言われています。「プシュケ」はギリシャ語で「魂」を意味する言葉でもあるので、愛の神アモルと困難の末に結びついた魂は浄化されるという哲学的な意味も持っています。このような寓話を知っていると作品に対する見方も違ってくるかもしれません。
また神話や宗教の作品には、誰もが「ああこの人だ!」とわかるように、登場人物固有の持ち物(アトリビュート)がしばしば添えられます。文字を読めない人たちでも作品を見て、その物語がわかるようなしくみになっているのです。プシュケはギリシャ語で「蝶」という意味もあります。少女の頭上には蝶が飛んでいますから、少女の名はプシュケと記されているのも同然です。例えば私たちが、ルーブル美術館に行った時、フランス語のキャプションが読めなくても、蝶がいる女性像だからプシュケなのかなと考えられるとちょっとトクした気分になれますね。

美術鑑賞は、小さな子供でも、何も知識を持っていない人でも十分楽しめます。それだけの力を持っているものこそが、芸術として認められる作品の価値だと思います。けれど、私たちと文化を異にする作品に当たった時、その文化を持つ人々と同じような気持ちになって作品を理解できようになるとより深く作品を味わうことができるのではないでしょうか。
芸術学とはその芸術がいかにして生まれ、現在まで受容されてきたかを学ぶ学問です。芸術作品を通して、自分とは違う文化、時代の思考や感受性を得ようとすることは、単に芸術作品への知識を増やすというだけにとどまらず、自分とは違う他者理解への共感性を養うということにも繋がります。
美術鑑賞が大好きな方、その大好きな美術鑑賞をもう一歩進めて芸術学の世界へ足を踏み入れてみませんか。

なお本展は、6月27日から9月24日まで京都市京セラ美術館に巡回しています。東京で見そびれてしまった方も必見です!
【おすすめ書籍】
上野行一『私の中の自由な美術―鑑賞教育で育む力』光村図書出版、2011年
トマス・ブルフィンチ著・大久保 博訳『完訳 ギリシア・ローマ神話 上・下 (角川文庫)』 KADOKAWA、2004年
岡田温司監修『聖書と神話の象徴図鑑』ナツメ社、2011年
芸術学コース|学科・コース紹介

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