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芸術学コース

2024年02月09日

【芸術学コース】雪を知る―芸術と科学の側面から

 

“Macro Snowflake”
by NASA Goddard Photo and Video is licensed under CC BY-ND 2.0.
To view a copy of this license, visit https://creativecommons.org/licenses/by-nd/2.0/?ref=openverse.



  みなさま、こんにちは。芸術学コースの田島です。暦の上ではそろそろ春、といえどもまだまだ寒い日が続いており、外出するのが億劫に感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。寒さが大の苦手である私もその一人、雪の日ともなるとなるべく家の中でじっとして過ごしたいと思ってしまいます。それだけでなく、雪はときに深刻な災害につながることもあり、現実の生活を考えると厄介なものでもあります。ですがその一方で、はらはらと空から落ちてくる雪、それがしんしんと降り積もっていく様子やその静けさ、翌朝にみる一面の銀世界などは本当に美しいと感じますし、雪の結晶を自身の目で見たときは心底感動しました。
今回は、そんな雪について、科学と芸術の面からその本質を伝えてくれるような作品-随筆と絵画をご紹介したいと思います。

〇中谷宇吉郎『雪』 岩波文庫 1994年(初版は1938年 岩波新書)ほか


筆者撮影 ※書誌情報は下の参考文献を参照



  雪は天から送られた手紙ですーなんとも詩的な一文で雪を語ったのは、雪の結晶の研究で知られる物理学者、中谷宇吉郎(1900-1962)です。雪の結晶構造を調べることで上空の気温や水分の状況がわかるという研究成果を、「天からの手紙」と表現したのでした。
  中谷博士は著書『雪』で、雪と人間生活、雪の結晶研究の歴史、そして博士自身の雪の研究について記しており、冒頭の一文は本書の最後にあります。さらに、雪はどんなものか、どうしてできるのかという問題にも言及されており、雪がそもそもどういうものなのか、どういう自然現象であるのか、科学という側面から雪を知ることができる一冊です。他にもいくつか雪について語った随筆がありそれらも含めて、雪を知るための作品としてまず中谷博士の随筆を挙げてみました。
  結晶の形は上空から落ちてくるまでの大気の状態で決まり、その道筋はそれぞれ違うため地上に到達した雪の結晶の形は同じものはありません。落ちてくる雪ひとつひとつは個性をもっていると考えると、誰にも気づかれないまま消えていくのは残念な気がしてきて、落ちてくる雪や庭木に積もる雪をじっと見るようになりました。そうすると今度は雪の作品にも興味がわき、雪の表現の仕方など熱心に見るようになりました。まず雪を知ることが、雪の作品をよく見ることそして理解する第一歩だと思います。
  そしてもうひとつ、中谷博士の随筆で興味をひいたのは、雪の結晶の美しさに対する驚嘆や感動を言葉を尽くして語っていることです。「美麗繊細極まる雪の結晶」、「水晶の針を集めたような実物の結晶の巧緻さ」、「冷徹無比の結晶母体、鋭い輪郭、その中にちりばめられた変化無限の花模様・・(中略)・・その特殊の美しさは比喩を見出すことが困難である」*1等々、彼の研究が雪に対する驚嘆や感動に裏打ちされたものであることがうかがえ、共感を覚えました。
  中谷博士の著作は青空文庫*2でも読むことがきますので、興味を持たれた方はぜひ一度、読んでみてください。また今の時期ですと、雪の結晶の写真集を眺めるのもいいですね。

*1 中谷宇吉郎「雪を作る話」(池内了編『雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集』岩波少年文庫 2002年 p.20)より
*2 青空文庫 中谷宇吉郎 https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1569.html

〈参考文献〉
中谷宇吉郎『雪』 岩波文庫 1994年(初版は1938年 岩波新書)
池内了編『雪は天からの手紙 中谷宇吉郎エッセイ集』 岩波少年文庫 2002年
『中谷宇吉郎の森羅万象帖』 LIXIL出版 2013年(展覧会図録)

 

〇円山応挙《雪松図屏風》国宝 六曲一双 紙本淡彩 各隻155.7×361.2cm 1786年頃 三井記念美術館


https://www.mitsui-museum.jp/collection/collection.html

左隻                              右隻 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Okyo_Pines_left.jpg https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Okyo_Pines_right.jpg
Maruyama Ōkyo, Public domain, via Wikimedia Commons



  では実際に雪の作品を見てみましょう。筆者がもっとも雪の良さを実感するのが、円山応挙《雪松図屏風》です。この作品は例年この時期(今冬は12月―1月)に三井記念美術館で公開されるのですが、この冬数年ぶりに再訪し、改めてそのすごさを実感してきました。
  円山派の祖、円山応挙(1733-1795)は、多くの写生画を残していることからもわかるように写生を重んじて制作を行いましたが、その一方で伝統的な装飾技法をも取り入れ写実性と装飾性を融合した新しい画風を打ち立てました。抽象的な金地を背景に雪を被った松が写実的に表されたこの六曲一双の屏風作品には、そのような応挙の画風が見事に実現された作品です。技法や空間表現など特記されることはいくつもあるのですが、詳細は文献を参照いただくとして、ここでは特に雪の表現に注目したいと思います。
  まず驚くのは、白い雪が描かれることなく表されていることです。支持体としての紙の白さをそのまま利用し、松の針葉や幹肌を描き入れていくことでその上に積もる雪が表現されています。幹や枝上の雪は白からグレーの微妙なグラデーションによって厚く積もっているように、また針葉を覆う雪はその葉の線の強弱や濃淡を微妙に変えることで質感が実現されています。ある程度距離をおいてみるなら、白い部分が浮き出て雪が浮かんでいるようにも見え、スーパーリアリズムの絵画がもたらすような感覚とは異なる、記憶の中にある雪の情景とリンクするような現実性を感じます。ダイナミックな空間表現と相俟って、ひんやりとした空気感までも伝わってくるのではないでしょうか。雪の魅力がまっすぐに伝わってくる、そのような作品だと思います。ぜひ実物に対峙して、本作の「雪」を味わっていただければと思います。

〈参考文献〉
樋口一貴『もっと知りたい 円山応挙 生涯と作品』 東京美術 2022年(改訂版)

〇ピーテル・ブリューゲル《雪の狩人》1565年 板・油彩 117×162m ウィーン美術史美術館


https://www.khm.at/objektdb/detail/327/?offset=0&lv=list

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pieter_Bruegel_the_Elder,_Hunters_in_the_Snow_(Winter).jpg
Dudva, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons



  次は西洋の作品から、雪と関連してまず思い浮かぶ作品が、ピーテル・ブリューゲルの月暦画連作のひとつ《雪の狩人》*3です。ブリューゲルは風景画というジャンルが成立する過程において重要な位置付けにあり、本作もその流れにおいてみることができますが、詳細は下記文献を参照いただくとして、ここでは、雪景色に焦点をあててみましょう。実見ができないため所蔵美術館のサイトに掲載されている画像と文献の図版を参照して見ていきます。
  俯瞰的な視点から描かれた山間の村々は白い雪で覆われ、広大な雪景色が眼前に広がっています。一面に降り積もった白い雪、ブルーグレーのどんよりした空、同様の色合いで表された冷たく凍った池、とげとげした枝の黒っぽい木々、遠景に見える切り立った雪山などの形や色彩から、全体として冷え切った空気や厳しい寒さが感じられ、ここで暮らす人々の冬の生活が決して楽ではないことが想像されます。前景には山から下りてきた3人の狩人と猟犬、その向こうに火を使う人々がいます。雪上に残る足跡から雪の深さがうかがえます。中景には氷上でスケートやカーリング、ホッケー、橇遊びなどに興じる人々が小さく描かれています。拡大してひとつひとつみていくと、その姿は実に細かく丁寧に描かれており、ユニークな動きが楽しいです。自然環境の厳しさとその中でも楽しみをみつけて暮らす人々、この対比が本作のひとつの面白さでしょう。また、本作だけに限らずブリューゲルの作品は息子らによって多くの複製が作られています。

ピーテル・ブリューゲル(子)《雪中の狩人》
17世紀 油彩、板 25.5×32.5cm 東京富士美術館蔵
「東京富士美術館収蔵品データベース」収録
https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/00620/



  そのひとつ東京富士美術館所蔵の作品を見ると、空や凍った池の色合いが明るく透明感があり、オリジナルのもつ冬の厳しさや寒さの印象が薄らいでおり、実物をまだ見ていないのではっきりとは言えませんが、少し平凡な印象を受けます。逆に言えばオリジナルのパノラマ的風景や雪景色が際立って素晴らしく感じられます。皆さんはどうでしょうか。

*3 タイトルは下の参考文献にならっています。《雪中の狩人》と表記されることも多いです。

〈参考文献〉
幸福輝『ブリューゲルとネーデルラント絵画の変革者たち』 東京美術 2017年

  以上、個人的なセレクトではありますが、それぞれ異なる観点から雪を捉えたテキストと絵画作品をご紹介しました。雪は見方によってその捉え方や認識が変わる、多面性をもった自然現象です。今回は取り上げることができませんでしたが、例えば歌川広重などの浮世絵版画、川瀬巴水の版画、西洋ではモネをはじめとする印象派の画家たちも多く雪を描いていますので、ぜひ様々な「雪」を体験していただければと思います。

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