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- 【アートライティングコース】芸術、それは美の輝かしさに目が眩んだ人間の魂を映し出す像である。 ― ヴィクトル・ユーゴー『大洋』
2024年05月20日
【アートライティングコース】芸術、それは美の輝かしさに目が眩んだ人間の魂を映し出す像である。 ― ヴィクトル・ユーゴー『大洋』

パリの画廊街風景
みなさま、こんにちは。アートライティングコースの教員の上村です。青葉茂れる瓜生山キャンパスはすっかり初夏らしい景色になりました。新入生のみなさんも、そろそろ大学に馴染んでこられましたでしょうか。
冒頭に掲げましたのは、19世紀フランスの詩人ヴィクトル・ユーゴーの言葉で、20世紀になってから刊行された詩の遺稿です。魂の反映、美に目が眩む、とか、いかにもロマン主義の時代の大仰な書きぶりだ!と思われるかたがいらっしゃるかもしれません。たしかに、そのとおりではあります。またプラトーンの書く、美に打たれて狂気にとらわれる魂も思わせる点で、西洋の伝統的な言い回し、あるいは美につきものの常套句でもあるのですが、私見では、ただ使い古された表現だけをこれに見るのはもったいないのではないかと思っております。
それは「美」についていまさらながら考えさせるものがあるからです。実際、今日では「美」がかつてないほど求められています。美容や審美医療、ファッションから観光旅行にいたるまで、美にかかわる産業は盛んです。しかし、そこでの美は、もはや社会的に共有されたスタンダードのようなものになってしまっています。「いかにも美しい」ということは、ちょっとお金をかければ手に入れられるアイテムのようなものであり、さらにはスマホのアプリでも簡単に加工できるものになってしまいました。しかし、だからこそ、魂を打ちのめすような衝撃を与える美を語るユーゴーに耳を傾けるのは新鮮な経験のように思えます。
ところで、ユーゴーはこの「芸術、それは美の輝かしさに目が眩んだ人間の魂を映し出す像である」という文句に先立って、真と美との対比を語っています。真というのは、少しずつ姿を現します。真理を象徴する女神イシスは幾重にもヴェールで覆われた下から徐々にその姿を見せ、美の女神アプロディーテーは海からまったくの裸で出現します。科学が一歩一歩、少しずつ真理を明らかにするのに対し、美は突然その全容を輝かせる、というわけです。すると、先の「芸術は魂の反映」という言葉は、科学が真理に漸進的に近づくのに相対して、芸術は美を一挙に捉える、という芸術の直観的な性格を語っていると考えることもできるでしょう。
たしかに論理的な認識対象とは違って、芸術が与えてくれるものは、部分と部分を積み上げることで次第に理解が深まってゆくようなものというより、その全体を目にしてはじめて意味がつかめるような性質があるかもしれません。ただ、ややこしいのは、芸術作品もいきなりすべての内容や形が把握できるとは限りません。アプロディーテーの美はさておいても、実際の芸術作品は時間をかけることで徐々にその全貌がわかるものも多々あります。とりわけ小説や映画、舞台芸術などは、直截的に感覚に訴える部分もあるでしょうけれど、しかし部分部分の意味を咀嚼し、それがまたより大きな部分の導きの糸となって、やがて全体の姿が忽然と見えてくる、ということは十分にあります。作品を繰り返し読み返す、聞き返すことで味わいが深まるという経験をしたかたも多いのではないでしょうか。逆にいえば、耳に心地よいフレーズや目に美しい容姿だけが印象に残る作品はじきに飽きられます。制作者も、いきなりすべてを仕上げるというより、やはり部分に注力し、全体をためつすがめつ、個々の細部を確定してゆきます。
とはいえ、そうした留保はあるものの、それでも芸術が作品を生み出す過程には、ただマニュアルにしたがって諸要素を結合するというだけではすまないものがあります。それは世間が期待するおなじみの要素を組み合わせる技術ではなく、意表を突いた新しい像の呈示です。海の泡からアプロディーテーが完全な姿で立ち現れたように、それはかつて経験したことのない何者かとの対面です。ユーゴーの言葉は古めかしくもありながら、美をトレンドや嗜好品的なものに閉じ込めないためにも、いまこそよく考えてみる意味があるのではないでしょうか。
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