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アートライティングコース

2020年05月09日

【アートライティングコース】「旅をするなら一度は北の国を訪れねばなりません」柳宗悦『手仕事の日本』(1948)

こんにちは。アートライティングコースの教員、上村です。初夏の晴朗な空とは裏腹に、なかなか人の世は落ち着きませんが、こんなときこそ心を鎮めて、昔の書物を紐解くのも良いのではないでしょうか。

昨春にできたばかりのアートライティングコースは完全遠隔で、対面授業なしでも卒業ができます。しかし、コースの教育目標としては、さまざまな地域の文化遺産や芸術活動を発見して伝える術を身につける、ということを掲げておりますので、授業はweb遠隔で行ったとしても、学生のみなさんが課題や卒業研究に取り組むにあたっては、ぜひ現場の取材を行っていただきたいところです。しかし、いましばらくはやむをえません。体力と知力を大事に養いましょう。

さて、取材して発見するといえば、ギャラリーや演奏会場を丹念に回るということも大事でしょうけれど、一方で、まだ芸術として価値が見いだされていないもの、芸術というカテゴリーからこぼれ落ちてしまうようなものを、民俗学者のフィールドワークのように、発掘するということも重要です。その先駆的な例として、地方都市や山村、農村の名もない職人の技を評価し、「民藝」(民衆的工芸)という名を与えた柳宗悦(1889〜1961)を挙げることができるでしょう。柳は日本各地はもとより、朝鮮半島、台湾などにも足を運び、旅から旅を続けた人物です。民藝という言葉自体、彼の京都時代(1924〜1933)、河井寛次郎ら同志たちと和歌山に旅したときに生み出されました。冒頭に掲げたのは、『手仕事の日本』(1948)のなかの言葉です。旅をするなら「北の国」を訪れなくてはならない、というのは、どういうことでしょうか? それは北の国にこそ、京都や大阪や東京には見られない、独特の芸術が栄えているからです。この本で、柳は各地に伝わる無名の職人の手になる仕事を紹介しています。とりわけ東北地方は、京都からの距離、厳しい気候、長い農閑期のため独自の精巧な工芸が生まれました。だからこそ、その素晴らしさを知るために、北の国を旅すべきだと言うわけです。



これを柳が書いた当時、すでに各地の優れた技が次々に失われようとしていて、柳の文章にもしばしば悔しさ、もどかしさが滲みます。しかしそれでも彼の著作のおかげで改めて評価されるようになったものは多々あります。アートライティングコースで学ぶみなさんも、将来、是非旅をしてください。北の国とだけ言わず、東西南北いたるところに芸術の種は埋もれています。北でも南でも、大いに歩き、大いに宝物を発掘できるようになることを願っております(ちなみに写真は柳の民藝とは関係ありませんが、青森の縄文遺跡の地層に埋もれた土器の様子です)。
次の旅ができるまで、みなさま、どうぞお大事にお過ごしください。

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