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アートライティングコース

2024年06月18日

【アートライティングコース】少しでも自分の内部に向ける時間があることが大切なのである(『海からの贈物』A・M・リンドバーグ)

こんにちは。アートライティングコース非常勤教員のかなもりです。自然も生活も何もかもが忙しく動き回る春を終え、おもむろに夏へと向かっていくこの時期、私たちには雨季があり、少しばかり心身を落ち着けることができますね。

そんな今、さやかに思い起こされてタイトルに掲げてみたのは、有名な飛行家リンドバーグ大佐の妻で自身も飛行家であり文筆家でもあったアン・モロウ・リンドバーグが、そのエッセイの中で綴った言葉です。この本の中でアンは、現代に生きる人間ならば誰もが直面している手強い問題──無数の義務や役割に自分が分割され、関心を持つべきとされるあまたの事柄によって私たちが常に気が散る状態であることに対して、孤独の時間を持つことの大切さを語ってくれます。

自分が自分に対して他人であるならば、我々は他人に対しても他人であることになって、自分と接触がなければ、他人に近づくこともできない。

「孤独と接触、退避と復帰」という行き交いをアンが記してくれているように、他に尽くしたり分け合ったりすることも人の望みであり、そのためには自身も満たしておくことはメカニズムとしても自然です。自分のための読書や鑑賞体験や思考を通じて、未知の知識や知覚に出合い、自身の泉を潤す時間を取ること。それは何も空間的に生活の殻から抜け出て孤島に渡ったりしなくても、しばしの間ひとりだけの部屋の机の上で時間的な孤独を保つだけでも構わないのです。

アートライティングコース主任の大辻都先生もガイダンスの時などによく、学生の皆さんにこうおっしゃいます。「学びは孤独な作業ですが、その孤独をぜひ楽しんでください」。私も全く同意します。また、コースの学生の皆さんにアートライティングの技術を学びたいと思った目的を伺うと、その気持ちの奥深くには「自分が書いて伝えることでその対象や読み手に貢献したい」という思いがあることがしばしば感じられます。この利他的な精神は、本コースに入られる方により特徴的な素晴らしいものだと常々感心するところです。

さて、世界はさまざまな印象の変転きわまりない流動であり、喩えるならば特定の名前を持つ色彩など一つのものでさえ、少しずつ変化していく連続的なスペクトラムの一部であるかもしれませんが、私たちはいろいろな感覚器や空間感覚、時間感覚、そして言葉を使って世界を切り分け、さらに言葉に導かれて複雑で豊かな新しい意味を立ち上げることができます。

知覚の仕方、記憶、比較、推論、意思決定という身体内部に取り込んだプロセスによって知識創造を続けていく動物である我々ですが、そうした経験知を活かしながらやがて抽象度を上げていく学習能力の特性があり、それは言語のみならずアートをはじめとする全ての表現媒体において見られる深い部分だと感じます。例えば「愛」というような極めて抽象的な概念さえも理解する私たちは、種々の言葉と知見を駆使して、どのように思考を紡いでいくのでしょうか。上述の特に「比較」と「推論」において、無意識から意識的なものまで、繋がれたその複雑な網目の広がりに興味が持たれるところです。

普段ほどんど無自覚に行っていることですが、似ているものを記憶から見つけ出し、実際に見聞したものだけでなく概念とも結び付けたり、背後に潜む因果関係を察知したり、僅かな差の比較によって別の言葉で置き換えたりしながら、推論と洞察を重ねることで洗練させていく──これは私たちが生まれながら持っていて、無限ループ的に作動させているプロセスですが、アートライティングとして執筆を行う際に、この作業に対して少し分析的な目を向けてみることで、対象の本質、言葉の本質、そして私たちの思考の本質についても考える機会になるのではないでしょうか。

今まで知らなかったものに対して、言葉が無かったとしても私たちはそれを認識することはできます。明るさ、暗さ、温かさ、冷たさ、安心感、恐怖……等々、また先ほどの抽象概念「愛」も言葉をまだ知らない赤ちゃんまでも直感的に親の愛を理解していることでしょう。この状態から私たちは、言語を進化させるためにさまざまな能力を使って、壮大かつ細やかな作業をしてきたのです。まずはオノマトぺ(擬音語、擬態語)のように音から受け取るものを直感的に利用したり、周囲の人から文化継承として言葉を学んだりすることから始まり、やがては目の前にないものや過去や未来についても語ることができる超越性を獲得し、隠喩や換喩によって独自の意味を派生させて創造性をも発揮するようになります。その過程の要所要所で、私たちは似たものを集めてきては各々の意味の差異をつきつめて考え、「分けて知ること」つまり批評的な選択を繰り返すことによって個物を存在させていくのです。そして浮上してきたものものの多層的な連関、各々の奥底に在る意味と意味の連関の構造が見えた時に初めて、それらが凝結し現象します。

「言葉にして伝えたい」という思いを前に、仮置きされてある「心中の言葉」は混沌としながらたくさん存在しているはずです。真に語るべきことを生じさせるためにも、時々は恬然として自分の内部に向かい、自分自身に語りかけながら思惟する時間を持ちたいものです。



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