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2024年09月30日
【書画コース】白沙村荘橋本関雪記念館での特別講義
ようやく秋の気配が感じられるようになりましたが、まだまだ暑い時がありますね。こんにちは。書画研究室の渡邊です。
書画コースでは年に4回ほど特別講義を実施しており、去る8月25日(日)は、瓜生山キャンパスからも近い、白沙村荘橋本関雪記念館において、今年度第3回の特別講義が実施されました。講師は橋本眞次館長です。
今回の特別講義はZoomでのオンライン参加の他、対面での参加も可能でした。書画コースは完全オンラインの履修で卒業することが出来ますが、卒業に必要な単位とは無関係に、対面のイベントもあり、学生の皆様の中には、ご学友と実際に会われて親睦を深められたり、「ああ、この先生達は実在したんだな」等と思われたりする方もいらっしゃるようです。そして何より、書画コースに入ったおかげで、特別講義のおかげで、通常では出来ないような美術館等の楽しみ方が出来て本当に良かったという方も多くいらっしゃるものと拝察されます。
ちなみに、今お読み下さっているこのブログ記事が、学生募集を目的として書かれているということは、もうバレているのでしょうか。学生募集を目的とする文章の性格上、都合の悪いことは一個も書きませぬが、そもそも書こうにも都合の悪いこと自体、そんなに、無いです。
* * *
さて、この特別講義は、6月から9月まで開催されていた夏季企画展「山水無盡」に合わせて実施されました。展示のリンクを貼り付けますが、閲覧したら、ちゃんとこのブログのページに戻ってきてくださいね。
白沙村荘夏季展2024 「山水無盡(サンスイムジン)」|企画展|白沙村荘 橋本関雪記念館 (hakusasonso.jp)
この展示は、橋本関雪画伯(1883~1945)が蒐集した日本や中国の山水画と、関雪画伯の画を「見立て」で繋ぐ展示です。「見立て」で繋ぐとはどういうことなのか、講義内容の一端をご紹介します。
各種展示は、上掲写真の、美術館の建物で行われ、特別講義もその2階で実施されました。この美術館は2014年9月に開館したものですが、驚くべきことに関雪画伯が抱いていた構想を引き継いで、現代の建築基準において建てられたものだといいます。橋本館長のお話では、現代の基準を満たさなければいけない一方、構想を実現しないと、夜な夜な枕元に影が立つ気がするといった、現実的な問題への懸念もあったようです。
美術館に入ると壁には、中国清朝の学者で一時期京都に亡命していた羅振玉(1866~1940)筆の対聯(ついれん)が掛かっているのを見られます。
白沙村荘の新築落成に際して贈られたもので、およその意味としては「目の前の景色は王維の絵画のようであり、四季折々の花や鳥は杜甫の詩のようである」と詠まれています。この記事では庭園についての記述は割愛しますが、筆者は以前初めて白沙村荘を訪れた時に、特に東洋的な意味で極めて詩的な空間だと感じ、この対聯の内容は誇張ではないと考えています。
そして1階の展示室に入ると、そこには関雪画伯の《看画図》が。
来場者が作品を鑑賞する情景に重ねて本作が展示されていることは言うまでもありません。この「見立て」により、すでに我々は画中の人となったと言って良いでしょう。
次に掲げるのは中国清代の画家、戴本孝(1621~1691)の作品ですが、滝が描かれているのが、お分かりになりますか。お分かりなりますか、などと偉そうなことを申した私は、講義を聴いて初めて滝を認識しました。
この滝のある山水画に対して、関雪画伯が滝と、そこを素早く横切るカワセミを描いた作品《奔湍翡翠》が見立てられています。つまり戴本孝の画に描かれている滝には、関雪画伯の描いたカワセミが飛んでいるということになるわけです。
橋本館長は講義の中で、山水画の要素は記号化されていることが多いものの、滝にカワセミが飛ぶような環境であると想像することで、その水の流れが生き生きとしたものに見えてくるのではないか、いくらか難解な山水画も、楽しめるのではないかと仰います。
こちらは、藤本鉄石(1816~1863)の作品です。ところで、画面下部のこかげに人物が二人並んで歩いていますが、彼らはどのようなことを話し、なぜ歩いていると思われますか。
そしてこちらは関雪画伯が、唐の白居易の詩「琵琶行」を題材とした作品で、手前の舟には琵琶を携えた女性、白い服を着た白居易、杯を手にした客人が乗っています。「琵琶行」では、白居易が客人を湓浦(ほんぽ)のほとりへ見送るとき、琵琶の音を聴き、女性に出会うわけですが、展示では、藤本鉄石の山水画で並んで歩いている二人を、湓浦へ向かう白居易と客人として見立てられています。そう考えると、鉄石の画に描かれている人物の会話や情況がどのようなものであるか、想像がかき立てられますよね。
この見立てを説明されたあと橋本館長は、山水画はアナログのVRであり、イメージを拡張する装置として描かれているものも多いため、似た要素のあるものを比較した場合に、より良く見ることが出来るのではないかとお話しになりました。
2階MUSEUMⅡには、林文塘(はやし ぶんとう、1882~1966)の《箱根連峰》が展示されており、テラスから望める東山三十六峰の如意ヶ嶽等と連なって、まさしく「山水無盡」の観を呈していました。私は山が好きだから、それに障壁や屏風も好きだから、ここで特別講義を聴講していて大変充足した心持となったのですが、写真からもこの空間の雰囲気は伝わるのではないでしょうか。私が撮ったものではなく、白沙村荘提供の良い写真です。
このテラスから入った自然光は特殊なガラスを通って床に反射し、向いの壁を柔らかく照らしており、特別講義のとき壁には、関雪画伯の、十二幅対の掛け軸が掛かっていました。
十二幅のうち、六幅が人物、もう六幅が山水を描いたものですが、ここにも「見立て」を見ることが出来ます。一例を見ていくと、上掲の左の山水は、屋内に人が描かれているものの、どのような人なのかはよく分かりません。しかし右の画の人物が、その山水に描かれた人物であると見たら、いかがでしょう。どうしたって、山水画に物語が見出されますよね。
* * *
どうでしょうか。魅力的な特別講義だと思いませんか。私も、仕事と称してこうやって甘い汁を吸うことが出来るのは……、いや、仕事の中で学びを深められることを嬉しく、そしてありがたく思っています。
Zoom配信では最後に私が気を効かせて、以前に見て大好きになった、MUSEUMⅢに展示されているギリシア・ローマとペルシャ陶器のコレクションをも撮影し、オンライン参加の皆様に見せてあげましたが、これらは本稿では割愛してしまいます。白沙村荘橋本関雪記念館は月曜日も開いていますから(夏季・冬季に不定休)、皆様どうぞお出かけ下さい。
なお、この記事に掲載している図版は、特別講義のスライドで用いられていたものを、許可を得てそのまま快く使わせていただいているのですが、今時分こんなうまい話があるものでしょうか。私は追手を恐れて特別講義の翌日には京都を逃れ、むろん詳しい場所は言えないものの、茨城県神栖市の土合とか称する僻地へ落ち延びて震えていますが、今のところ特に変わったことはありません。
さて、毎度私のブログ記事は最後に自分の変な漢詩を載せて、是非読むようにと言って結んでいますが、今回はもうページを移動していただいて構いません。今更やめられぬので規則通り詩は載せますけども。
「以墨林爲桃源」
桃源規得路。未必用佃漁。金石詩書畫。殫襟人境廬。
(桃源 路を得んと規[はか]るも、未だ必ずしも佃漁[てんぎょ]を用ひず。
金石詩書畫、人境の廬に襟[むね]を殫[つ]くす)
大意:桃源郷への道を得たいとたくらんでいるが、陶淵明の「桃花源記」にあるごとく漁をしているうちにその道に迷い込むということはしない。篆刻や、詩や書画。これらがあれば、人里にいても思いを尽くすことが出来る(桃源郷を見出すことが出来る)。
書画コースでは年に4回ほど特別講義を実施しており、去る8月25日(日)は、瓜生山キャンパスからも近い、白沙村荘橋本関雪記念館において、今年度第3回の特別講義が実施されました。講師は橋本眞次館長です。
今回の特別講義はZoomでのオンライン参加の他、対面での参加も可能でした。書画コースは完全オンラインの履修で卒業することが出来ますが、卒業に必要な単位とは無関係に、対面のイベントもあり、学生の皆様の中には、ご学友と実際に会われて親睦を深められたり、「ああ、この先生達は実在したんだな」等と思われたりする方もいらっしゃるようです。そして何より、書画コースに入ったおかげで、特別講義のおかげで、通常では出来ないような美術館等の楽しみ方が出来て本当に良かったという方も多くいらっしゃるものと拝察されます。
ちなみに、今お読み下さっているこのブログ記事が、学生募集を目的として書かれているということは、もうバレているのでしょうか。学生募集を目的とする文章の性格上、都合の悪いことは一個も書きませぬが、そもそも書こうにも都合の悪いこと自体、そんなに、無いです。
* * *
さて、この特別講義は、6月から9月まで開催されていた夏季企画展「山水無盡」に合わせて実施されました。展示のリンクを貼り付けますが、閲覧したら、ちゃんとこのブログのページに戻ってきてくださいね。
白沙村荘夏季展2024 「山水無盡(サンスイムジン)」|企画展|白沙村荘 橋本関雪記念館 (hakusasonso.jp)
この展示は、橋本関雪画伯(1883~1945)が蒐集した日本や中国の山水画と、関雪画伯の画を「見立て」で繋ぐ展示です。「見立て」で繋ぐとはどういうことなのか、講義内容の一端をご紹介します。
各種展示は、上掲写真の、美術館の建物で行われ、特別講義もその2階で実施されました。この美術館は2014年9月に開館したものですが、驚くべきことに関雪画伯が抱いていた構想を引き継いで、現代の建築基準において建てられたものだといいます。橋本館長のお話では、現代の基準を満たさなければいけない一方、構想を実現しないと、夜な夜な枕元に影が立つ気がするといった、現実的な問題への懸念もあったようです。
美術館に入ると壁には、中国清朝の学者で一時期京都に亡命していた羅振玉(1866~1940)筆の対聯(ついれん)が掛かっているのを見られます。
白沙村荘の新築落成に際して贈られたもので、およその意味としては「目の前の景色は王維の絵画のようであり、四季折々の花や鳥は杜甫の詩のようである」と詠まれています。この記事では庭園についての記述は割愛しますが、筆者は以前初めて白沙村荘を訪れた時に、特に東洋的な意味で極めて詩的な空間だと感じ、この対聯の内容は誇張ではないと考えています。
そして1階の展示室に入ると、そこには関雪画伯の《看画図》が。
来場者が作品を鑑賞する情景に重ねて本作が展示されていることは言うまでもありません。この「見立て」により、すでに我々は画中の人となったと言って良いでしょう。
次に掲げるのは中国清代の画家、戴本孝(1621~1691)の作品ですが、滝が描かれているのが、お分かりになりますか。お分かりなりますか、などと偉そうなことを申した私は、講義を聴いて初めて滝を認識しました。
この滝のある山水画に対して、関雪画伯が滝と、そこを素早く横切るカワセミを描いた作品《奔湍翡翠》が見立てられています。つまり戴本孝の画に描かれている滝には、関雪画伯の描いたカワセミが飛んでいるということになるわけです。
橋本館長は講義の中で、山水画の要素は記号化されていることが多いものの、滝にカワセミが飛ぶような環境であると想像することで、その水の流れが生き生きとしたものに見えてくるのではないか、いくらか難解な山水画も、楽しめるのではないかと仰います。
こちらは、藤本鉄石(1816~1863)の作品です。ところで、画面下部のこかげに人物が二人並んで歩いていますが、彼らはどのようなことを話し、なぜ歩いていると思われますか。
そしてこちらは関雪画伯が、唐の白居易の詩「琵琶行」を題材とした作品で、手前の舟には琵琶を携えた女性、白い服を着た白居易、杯を手にした客人が乗っています。「琵琶行」では、白居易が客人を湓浦(ほんぽ)のほとりへ見送るとき、琵琶の音を聴き、女性に出会うわけですが、展示では、藤本鉄石の山水画で並んで歩いている二人を、湓浦へ向かう白居易と客人として見立てられています。そう考えると、鉄石の画に描かれている人物の会話や情況がどのようなものであるか、想像がかき立てられますよね。
この見立てを説明されたあと橋本館長は、山水画はアナログのVRであり、イメージを拡張する装置として描かれているものも多いため、似た要素のあるものを比較した場合に、より良く見ることが出来るのではないかとお話しになりました。
2階MUSEUMⅡには、林文塘(はやし ぶんとう、1882~1966)の《箱根連峰》が展示されており、テラスから望める東山三十六峰の如意ヶ嶽等と連なって、まさしく「山水無盡」の観を呈していました。私は山が好きだから、それに障壁や屏風も好きだから、ここで特別講義を聴講していて大変充足した心持となったのですが、写真からもこの空間の雰囲気は伝わるのではないでしょうか。私が撮ったものではなく、白沙村荘提供の良い写真です。
このテラスから入った自然光は特殊なガラスを通って床に反射し、向いの壁を柔らかく照らしており、特別講義のとき壁には、関雪画伯の、十二幅対の掛け軸が掛かっていました。
十二幅のうち、六幅が人物、もう六幅が山水を描いたものですが、ここにも「見立て」を見ることが出来ます。一例を見ていくと、上掲の左の山水は、屋内に人が描かれているものの、どのような人なのかはよく分かりません。しかし右の画の人物が、その山水に描かれた人物であると見たら、いかがでしょう。どうしたって、山水画に物語が見出されますよね。
* * *
どうでしょうか。魅力的な特別講義だと思いませんか。私も、仕事と称してこうやって甘い汁を吸うことが出来るのは……、いや、仕事の中で学びを深められることを嬉しく、そしてありがたく思っています。
Zoom配信では最後に私が気を効かせて、以前に見て大好きになった、MUSEUMⅢに展示されているギリシア・ローマとペルシャ陶器のコレクションをも撮影し、オンライン参加の皆様に見せてあげましたが、これらは本稿では割愛してしまいます。白沙村荘橋本関雪記念館は月曜日も開いていますから(夏季・冬季に不定休)、皆様どうぞお出かけ下さい。
なお、この記事に掲載している図版は、特別講義のスライドで用いられていたものを、許可を得てそのまま快く使わせていただいているのですが、今時分こんなうまい話があるものでしょうか。私は追手を恐れて特別講義の翌日には京都を逃れ、むろん詳しい場所は言えないものの、茨城県神栖市の土合とか称する僻地へ落ち延びて震えていますが、今のところ特に変わったことはありません。
さて、毎度私のブログ記事は最後に自分の変な漢詩を載せて、是非読むようにと言って結んでいますが、今回はもうページを移動していただいて構いません。今更やめられぬので規則通り詩は載せますけども。
「以墨林爲桃源」
桃源規得路。未必用佃漁。金石詩書畫。殫襟人境廬。
(桃源 路を得んと規[はか]るも、未だ必ずしも佃漁[てんぎょ]を用ひず。
金石詩書畫、人境の廬に襟[むね]を殫[つ]くす)
大意:桃源郷への道を得たいとたくらんでいるが、陶淵明の「桃花源記」にあるごとく漁をしているうちにその道に迷い込むということはしない。篆刻や、詩や書画。これらがあれば、人里にいても思いを尽くすことが出来る(桃源郷を見出すことが出来る)。
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