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通信制大学院

2024年11月04日

【通信制大学院】文芸領域教員コラム「読むという仕事」(小説家 藤野可織)



文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。

今回は小説家の藤野可織さんのコラムをご紹介します。

©佐山順丸


【藤野 可織】(ふじの・かおり)


2006年「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞(『いやしい鳥』河出文庫)、2013年「爪と目」で第149回芥川龍之介賞(『爪と目』新潮文庫)、2014年『おはなしして子ちゃん』(講談社文庫)で第2回フラウ文芸大賞を受賞。2017年アイオワ大学のインターナショナル・ライティング・プログラムに参加。近作に『私は幽霊を見ない』(角川文庫)、『来世の記憶』(KADOKAWA)、『ピエタとトランジ』(講談社文庫)、『青木きららのちょっとした冒険』(講談社)など。2023年7月に『爪と目』の英訳版 Nails and Eyes をPushkin Pressより刊行。京都芸術大学大学院文芸領域・小説ゼミ1副担当。



「読むという仕事」


 クリエイティブライティングのゼミを担当して2年目になりました。これから小説を書く人のために私に言えること、また、書かれつつある小説のために私が力になれることについては、もうすでにここで書かせてもらって、いくら考えてもそれ以上のことは私にはもう書けません。それに、よく考えてみれば(そして自分が書いたこれらの文章を読み返してみれば)、私はどちらの文章も自分と小説のかかわりについて書いたに過ぎず、誰のためでもなく自分のためにだけ書いたようなものだとも思います。だから、この文章も結局は、私が私のやっていることを確認するためのものです。
 このゼミにおける私の仕事はほぼひとつ、学生さんが書いて提出してくださった作品を読むことです。私たちのゼミは池田先生と私の二人で担当しているので、まず学生さんを二つのグループに分けます。仮にこれをAグループとBグループとします。そして一年のうち前半の期間は、池田先生はAグループのみなさんの作品を読み、私はBグループの作品を読みます。後半に入ると、池田先生と私はグループを交代します。池田先生がBグループの作品を読み、私がAグループの作品を読みます。
 私は体力がないし読むのが遅いほうなので、このやり方で非常に助かっています。読む数が少なければ少ないほど、それぞれの作品のことを考える時間をとることができます。私の読解力や理解力はじゅうぶんとは言えないかもしれませんが、真剣に読み、ゼミの時間に作者の話をよく聞いて、その作品がよりよいものになるためにはどうすればいいのか考えます。
 この作業を繰り返しながら、この作品数でよかった、倍だったらできなかった、といつも池田先生の存在に感謝しています。ところがその実際的な気持ちとは裏腹に、私が読んでいないグループの学生さんのことを気にしてもいるのです。とくに一年の後半の期間に入ると、ちょっと居ても立っても居られないくらいの気持ちになることがあります。前半で私が読んだあの作品を書いたあの学生さんは、今度はどんな小説を書いてるんだろう。その学生さんの新しい小説に、なにか私が助言をしたいとか、そういうことは思いません。ただ気になって、興味があって仕方がないだけです。
 小説を読むときいつも、これらの出来事は書かれなければなかったことになるはずだった出来事だ、と感じます。フィクションなのだったら実際に起こらなかった出来事ではないかという意見もあるかもしれませんが、私はちょっとちがうかなという気がしています。フィクションであろうとなかろうと、これは書かれたからにはもう起こったのだ、と私は思っています。また、実際に起こったいろいろなことの果てに、このようなかたちでこれは起こったのだ、とも思います。
 本屋さんで買ってきて読んだ小説についてだけでなく、学生さんたちの小説を読んでいても、私は同じように感じています。今ここで私が読んでいるこれらの小説は、書かれなければなかったのだと思うと、どれも愛おしいものです。
 本当は、起こったことも起こらなかったことも、書かなかったからといってなかったわけではありません。けれど、人は個人でも集団でも記憶しておく容量に限りがありますし、なかったことにしたほうが都合がいいとされることもたくさんあります。社会も時間も、ほとんどのものをなぎ倒して進んでいきます。書くことは、そうしたなにか大きなものに対する抵抗です。
 書く人はみんな、なかったことにされないために書いているのだと思っています。そうすると、私のこの読むという仕事は、作品をさらによいものにするための手助けなどではないのかもしれません。ただ、書くという抵抗そのものを読むことによってほんの少し支える、そういうことをしているのかな、と今は感じています。

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説明会情報


【2024年11月7日(木)19:00~20:30】
文芸領域 特別講義(2) 小説ゼミ編(第二部)
「物語の新しい可能性を問う――「マーケット」の影に隠れたもの――」
この数十年来、真摯に世界と向き合ってその意味を鋭く問い直す「純文学」や「現代文学」なるジャンルの作品は、一般的にあまり読まれなくなりつつある、ように見えます。
しかし、物語を通してこの世界のありようを確かめ、探求を続け、新たな道を模索することに、もう希望は見いだせないのか。それとも、いまだ省みられていない、新たな可能性の萌芽があるのか。
気鋭の文芸評論家、作家、書評家とともに、こうしたことを大学院という学びの場でいったいどれほど追求できるのか、その可能性を探ります。

登壇者一覧)
■小説ゼミ1(主として純文学ジャンル)指導担当者
*池田雄一(文芸評論家)
*藤野可織(作家)

ゲスト)
■非常勤講師(*学生作品評価添削担当)
*あわいゆき(書評家)

司会進行)
*辻井南青紀(作家/文芸領域長)

【2024年11月20日(水)19:00~20:30】
芸領域 特別講義(3) クリティカル・ライティングゼミ編
「人の心を動かす文章とは――自ら発信する時代のライティングスキルーー」
ブログやSNSなど、いまや誰もが簡単に世界に向けて文章を発信できる時代。うまいだけではなく、もっと読みたいと思わせるにはどうしたらいいのか──。
エッセイ、書評、取材記事にコラム、あらゆる文章に対応するスキルは、誰にでも身につけられるもの。文章力なんてあとから付いてきます。人文書から実用書までさまざまなノンフィクションを手掛けてきたベテラン編集者2名が、伝わる文章の秘訣と当ゼミで学べることについてお話しします。

登壇者一覧)
■クリティカル・ライティングゼミ 指導担当者
*田中尚史(編集者)
*野上千夏(編集者)

司会進行)
*辻井南青紀(作家/文芸領域長)

↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!

▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ


文芸領域では入学後、以下いずれかのゼミに分かれて研究・制作を進めます。

●小説創作ゼミ


小説、エッセイ、コラム、取材記事など、広義の文芸創作について、実践的に学びます。

●クリティカル・ライティングゼミ


企画、構成、取材、ライティングから編集レイアウトまで、有効な情報発信とメディアのつくり方を実践的に学びます。

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