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2024年11月11日

【通信制大学院】文芸領域教員コラム「あなたの文章に読まれる価値はあるか」(編集者 田中尚史)



文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。

今回は編集者の田中尚史さんのコラムをご紹介します。


【田中 尚史】(たなか・ひさし)


1990年、京都大学文学部卒業。1994年、京都大学大学院文学研究科修了。以後は出版社勤務、書籍編集者。京都芸術大学大学院文芸領域・クリティカル・ライティングゼミ主担当。



あなたの文章に読まれる価値はあるか


 あなたにとっての〝とっておき〟は何ですか──。
 ゼミの課題テーマを告げると、学生たちの反応はさまざまだった。とっておき、とっておき……と、ぶつぶつ呟く者に、何かを思い返して満足げにうなずく人。
 とある学生が手を挙げる。
 「それってエッセイを書くってことですか?」
 アプローチは自由。エッセイ風の記事もありですね。
 「でも、無名の私のエッセイなんて誰が読むんでしょうか」

 たしかに──。書店のエッセイコーナーには無数のエッセイがあるが、作家、アイドル、俳優、お笑い芸人からラジオのパーソナリティまで、著名人の名前が並ぶ。知らない名前かと手に取ると「SNSフォロワー10万人!」なるほど、読まれるエッセイの著者は「著名」に見える。
 あの人はふだん何を食べ、どんなことを考えているのか。著名人のプライベートを知りたいという気持ちはわからなくもない。それが自分の推しであればすべてが愛おしい。推しと同じ場所に行き、同じものを食べ、同じ空気を吸いたい。
 ウェブの世界に目を転じると、有名無名問わず無数の人がプライベートを公開し、無数のエッセイ風の文章が綴られている。その大半は読まれない。どこへ行った、何をした、何を食べた、暑かった……。それがどうした、とスルーされておしまいだ。
 見も知らぬ他人の日常なんて、誰も興味をもちませんよ。学生の質問にはそんな思いが透けて見える。いったい何が違うのだろう。著名人のエッセイは、著名だから読まれているのだろうか。無名の「私」が書くものに、読まれる価値はないのだろうか。

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 一日中、無数の言葉や文字が画面を流れていく。日々のニュースやコメントの多くは、無記名か匿名か、あっても知らない名前ばかり。興味を惹かれればクリックする。読んで失望すればそれまで。面白ければ、もっと読みたいと思う。それが単なる情報であっても、書き手が無名であっても、読まれる価値があるものにはある。そもそも著名なエッセイストや文筆家だって、みんな最初は無名だった。誰もが初めは、言葉だけで世の荒波に繰り出したのだ。

 では、読まれる価値はどこにあるのだろう。
 いや、問いを変えよう。推しの価値はどこにあるのだろうか。その存在は唯一無二だ。替えは効かない。推しにしかないものがあるはずだ。けれども部外者にはその魅力がいまひとつわからない。何が推しを唯一無二にしているのか──。テーブルの向こうで、熱く熱く語られる推しのすばらしさを聞くうちに、この熱量だと気付いた。
 推しは、推されているから価値がある。推しの価値は推しを推す人の熱意の結晶だ。推しを推す、あなたの好きは唯一無二だ、あなたの知りたいは唯一無二だ、あなたが推しと結ぶ関係は唯一無二だ。あなたより知識も経験もあり、あなたよりもっと昔から推しのことを知る人間はいくらでもいるだろう。だからなんだ。推しが好きだ。したり顔で推しの昔を持ち出してくるやつらに、私の好きは語らせない。私の好きは唯一無二だ。「それ」がどんなにすばらしいか、私は言葉を尽くして説明してみせる──そう、これが熱量だ。

*******

 誰も知らないとびきりのスクープネタなどめったにない。そのネタの唯一無二の価値を生み出しているのはあなたの熱量だ。あなたが自分の日々を「無名の人間のつまらない日常」と思っているなら、それを面白いと思う人は誰もいない。けれど、今日、あなたがふと発見したちっぽけな真実は、あなたの静かな興奮とともに読まれる価値がある。それはどんなスクープよりも心を打つだろう。伝えるべきは日常でもプライベートでもない、あなたがそれを見つけたこと、そしてあなたの熱量なのだ。
 クリティカル・ライティングゼミは、フィクション以外の書くこと全般を扱う。書く技術だけではなく、セルフプロデュースの時代にあわせて、書いたものをどう見せるかまで視野に入れている。読んでもらう工夫は知っておいて損はない。
 書きたいという熱量さえあれば十分だ。別に推しなんていないし……という方はきっと気付いていないだけだ。推しとまでいかずとも、あなたを体温以上に熱くさせる何か、言葉にしてみたいと思う何かはきっとある。世間の冷笑につきあっている暇はない。いまあなたの中に立ったさざ波を見失ってしまうほうがつまらない。
 世の中にはいろんな好きの形がある。世界各地からオンラインでゼミに集まる仲間たちの好きの形には驚かされっぱなしだ。宝石、ジャズ、サーティーワン、イオン。いろんな「好き」がゼミの中で開陳される。初対面の誰かに向けて語ることは容易ではない。わかってくれる同好の士に向けた内輪の言葉ではなく、自分があたためてきた言葉を、えいやっと世界に投げ込もうという蛮勇がここにはある。それが楽しい。あなたの蛮勇を待っている。

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説明会情報


【2024年11月20日(水)19:00~20:30】
文芸領域 特別講義(3) クリティカル・ライティングゼミ編
「人の心を動かす文章とは──自ら発信する時代のライティングスキル──」
ブログやSNSなど、いまや誰もが簡単に世界に向けて文章を発信できる時代。うまいだけではなく、もっと読みたいと思わせるにはどうしたらいいのか──。
エッセイ、書評、取材記事にコラム、あらゆる文章に対応するスキルは、誰にでも身につけられるもの。文章力なんてあとから付いてきます。人文書から実用書までさまざまなノンフィクションを手掛けてきたベテラン編集者2名が、伝わる文章の秘訣と当ゼミで学べることについてお話しします。

登壇者一覧)
■クリティカル・ライティングゼミ 指導担当者
*田中尚史(編集者)
*野上千夏(編集者)

司会進行)
*辻井南青紀(作家/文芸領域長)

↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!

▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ


文芸領域では入学後、以下いずれかのゼミに分かれて研究・制作を進めます。

●小説創作ゼミ


小説、エッセイ、コラム、取材記事など、広義の文芸創作について、実践的に学びます。

●クリティカル・ライティングゼミ


企画、構成、取材、ライティングから編集レイアウトまで、有効な情報発信とメディアのつくり方を実践的に学びます。

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