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2024年11月20日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「あの頃書いた小説」(作家 鳥山まこと)

文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。
今回は作家の鳥山まことさんのコラムをご紹介します。

【鳥山 まこと】(とりやま・まこと)
1992年生まれ、兵庫県出身。作家・一級建築士。小説「あるもの」で第29回三田文學新人賞受賞。その他の小説として「アウトライン」(群像2024年11月号)、「欲求アレルギー」(三田文學2024年春季号)などがある。京都芸術大学通信制大学院文芸領域・非常勤講師。
あの頃書いた小説
私は日々小説を書いています。休みの日や平日の空いた時間を使って書き、それはもう数えきれないほどの時間になります。するとふと、自分は一体何のために小説を書いているのだろうかと思う時があります。
小説を書く時にはこの世に存在しない人物の微細な感情に思いを巡らせます。こう思うのではないだろうか、こういうふうには語らないのではないだろうか、などとひたすら思考します。存在しない場の風景や風の流れや日の差し方を綿密に書き記してゆきます。そんなふうに書き進めながらふと、誰に頼まれているでもないのに存在しない人や物のことを、何を苦労しながら書いているのだろうかと思い返し、物語を書くということが途轍もなくおかしなことのように思える瞬間があるのです。
新人賞に応募し続けている時なんかは特にそうです。本当に自分は一体なぜこんなことをしているのだろうか? 些細な疑問が次第に大きく膨れ上がって、これまで書き重ねてきたことの全てを無意味なものに変えてしまいそうで、無視できない恐ろしい問いのようにも思えてきます。
そうして押しつぶされそうになった時、私は幾度か過去に書いた小説を遡って読んできました。データとしてパソコンに保存された新人賞に応募し受賞することなく散っていった作品たちです。私と選考に関わる方だけしか知らない人物や物語で、そうした自分の書いた小説を読んでいると私はなぜか恥ずかしい気持ちになります。表現が稚拙だからということや構成が甘いからということだけではありません。どこか自分の過去の日記を読み漁っているような感覚になるのです。物語を読み進めながらどんどんと自分の頭の中を覗いているような気になってきます。人物が話す何気ない言葉の中に、目に映る街の些細な風景の中に、あるいは物語に通底しているじっとりとしたテーマの中に、濃くも薄くも私自身のその時考えていたことや、見ていたものが散りばめられているのです。ああ、これはつまり私にとっての一つの長い日記なのだ。そしてそれはきっと私にとって小説を書く大きな意味や理由の一つなのだと私は思います。
受賞作の「あるもの」にもそうでした。VRやARといったバーチャル技術がどんどんと発達してゆく中で、私の母から何気なく聞いたのは、母が普段関わりのあるご老人の曖昧な記憶でした。その話を聞いた時、目には見えているものや記憶しているもの、今そこに存在しているものや昔存在していたもの。そうした自分にとって「ある」と感じているものがぐらりと揺らぐ感覚を抱き、胸に立ち上がった簡単には言葉にできない何かを残しておかなければならないと、強く思ったのでした。それを如何に残すかということが小説を書くということでもあるのだろうと思います。
その時感じていたこと、考えていたこと、違和感を持ったこと、……。小説にはそれらが自ずと記されてゆきます。日記とはまた違い、短い言葉や自分からの視点だけではなかなか書き表せられないようなものを、長い文章の中であらゆる視点から覗き込んで、書き綴ることができます。小説や物語に真摯に向き合いさえすれば、嘘をいくらついてもいいし、途轍もなくたくさんの文字や文章を使ってもいい。ある意味とても自由で、書くのにすごく時間がかかる、一括りの日記なのだと思います。
小説を書く理由は人それぞれだと思います。別に理由なんてなくても良いとも思いますし、むしろ書いている時に理由など考えていません。その時は人物の感情や風景を取りこぼさないように必死でそれどころではないでしょう。ようやく書き終えて何年か経った後に読み返した時、あの頃の自分の嘘のない姿や感覚が映っていたら、それは自分にとって良い小説と言うことができる気がします。考えてみれば何かを強く残したいと思う気持ちもまたおかしなことにも思えますが、私はそんなふうにして日々私の小説を書いています。
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説明会情報
【2024年12月4日(水)19:00~20:30】
文芸領域 入学説明会
カリキュラム・学び方について教員が解説します。 参加者はカメラ・マイク不要の視聴型説明会です。
質疑応答コーナーでは、チャット機能で質問・相談ができます。
登壇者)
*辻井南青紀(作家/文芸領域長)
↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!
▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ
文芸領域では入学後、以下いずれかのゼミに分かれて研究・制作を進めます。
●小説創作ゼミ
小説、エッセイ、コラム、取材記事など、広義の文芸創作について、実践的に学びます。
●クリティカル・ライティングゼミ
企画、構成、取材、ライティングから編集レイアウトまで、有効な情報発信とメディアのつくり方を実践的に学びます。
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