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2025年06月13日
【文芸コース】「文学フリマ東京40」参加レポート

文学フリマ東京40、開場15分前、ブース設営完了の様子。
皆さん、こんにちは。文芸コース主任の川﨑昌平です。
いつもいろいろな場面で「自分で本をつくりなさい。もう出版社だけが本を生み出す時代ではないのです。自分で表現し、自分で編集し……そして自分で出版し、自分で読者と出会いなさい」と言っている私ですが、言うだけなら容易いというか、こうした実践論って、主張している人間がやってなかったら、口先だけ立派な感じがして、めちゃくちゃ格好悪いですよね。
というわけで、やりました。「自分で表現し、自分で編集し、自分で出版し、自分で読者と出会う」ことを。舞台は2025年5月11日に開催された「文学フリマ東京40」です。
いや、同人誌をつくることが大好きな人間として、前から出たいとは思っていたんです、文学フリマ。私はCOMITIAならもうかれこれ10年前から出ているんですが(子どもが生まれてからは毎回の参加は難しくなってしまいましたが)、私の同人誌が漫画主体なこともあり、文学フリマはなんとなく遠慮していました。が、昨年あたりから「漫画じゃない、文章だけの本」を自分でつくるようになり、これはいよいよ打って出るべきかもしれないと思い、勇気を出して参加申し込みをしました。
無事にブースがもらえ、執筆をし、InDesignで組版作業をし、表紙をつくり、印刷所に入稿し……といういつも通りの作業工程を経て、いよいよ本番当日。新刊と既刊、合わせて段ボール三箱を車に乗せて一路東京ビッグサイトへ。普段なら車でビッグサイトなんて(駐車場の空きがあるわけもないから)絶対行かないんですが、「文学フリマか……回を追うごとに参加者が増えているらしいが……とはいえビッグサイトの駐車場が全部埋まるってことはないだろう、コミケやCOMITIAとは違って」と推測して行ってみたら、大正解。南館の駐車場は会場一時間前でも潤沢に空きがあり、スムーズに駐車できました。いや、車だとホント搬入がラクです。

車で搬入できると確かにラクだが、イベントによっては駐車場に空きがないことも。事前に荷物を届けてもらう「宅配搬入」や、印刷所にお願いしてブースまで新刊を届けてもらう「直接搬入」などの手段のほうが、安全かつ確実かもしれない。
会場15分前に設営完了。サークル名は「漂流社」。私の代表作である『重版未定』(中央公論新社、全3巻)における主人公の勤務する架空の出版社が漂流社というんですが、その名前で参加しました。ちなみに元ネタこそ自作の作中の架空出版社なんですが、私の同人誌の結構な数はこの漂流社名義で出しています。数年前にKDPで電子書籍を売っていたときも発行元は漂流社でした(以前はISBNも取得していたんです。更新しないので途切れちゃいましたが……。もしこの記事をお読みの方で漂流社に参加したいとか漂流社から著書を出してみたいとか、そういう奇特な方がいらっしゃいましたらご一報ください。改めてISBNを取得してガチで出版事業を始めたいと思いますので)。

拙著『重版未定 第1巻』(中央公論新社、2021年)、51ページより。中央にいる人物が主人公で、その勤務先が漂流社。弱小出版社という設定。
さあ、いよいよ会場、たいして告知もしていないし、SNSにおける私の発信力などたかが知れているし、何しろ文学フリマは初参加だし、これは閑古鳥間違いなし、と覚悟を決めていたんですが、どうしてどうして、数分おきぐらいに人が立ち寄ってくれました。やっぱり嬉しいですよね、自分ではない人間が、自分の本を手にしてくれるというものは。ちなみに「自分でつくった本」を売るときに一番うれしい瞬間って何かわかりますか? まあ、人にもよるんでしょうが、私の場合は「立ち読みをしてくれたとき」です。手にとってじっと紙面に目を落としてくれるその時間が私にとっては何よりの興奮となります。その間、私もじっと手にしてくれた人の目線を追いかけます。重要なのはどこで本を閉じるか。ちょっと読んですぐ閉じられたら「ああ、導入のインパクトが弱かったのかな」とか、しばらく読んでパタンと閉じられたら「ほう、そこで興味が途絶えたわけですね。なるほど中盤の展開がダルかったのかな」とか、いろいろと考えられて楽しいんです。なので私は立ち読み大歓迎。買ってくれなくても全然平気。むしろタダで私の本の評価を物理的・身体的行為によって示唆してくれるわけですから、感謝しか芽生えません。
が、幸いなことに立ち読みだけのお客さんばかりではなく、買ってくれる方も結構いらっしゃいました。複数の本を持ち込んだこともあって、しどろもどろに「ええっと、三冊お買い上げですね、それとそれとそれで……1,700円になります……多分」みたいなやりとりをしながら、懸命にブースに立ち寄ってくれる人のお相手をしていたら……トラブルが。
恥ずかしい話ですが、トイレに行きたくなったんです。ところが頼れる友人なども私はいないため、今回の文学フリマにはひとりで参加してしまったんですね。となると当たり前ですが店番は私だけ。ゆえに離席したい場合には、ブースを空っぽにしなければなりません。COMITIAであれば時間帯と人の流れがだいたいわかるので「あ、ちょっと10分ぐらいは離席できるな」と見当がつくのですが、文学フリマは人の流れがCOMITIAと全然違い、タイミングがつかめない。途中、何人か「あ、川﨑先生!」と声をかけてくれる、京都芸術大学通信教育部文芸コースの学生さんが立ち寄ってくださり、感謝すると同時に「あ、いいところに! ちょっと10分でいいから店番変わってくれませんか?」という言葉が喉元まで込み上げたのですが、公私混同はよくありません。今回は川﨑昌平一個人の漂流社というサークルで参加しているわけだから学生は関係ない……と言い聞かせて我慢しました。結局トイレは一度しか行けず、お昼休憩などもできませんでした。次回参加することがあれば、必ず誰かと一緒に参加しようと決心しました。
さて、開場から3時間近く経過しても人が途切れません。私のブースだけではなく、会場全体からも人が全然消えません。コミケのように午前中が主戦場で午後はのんびり……というわけでもなく、COMITIAのように午後2時ぐらいからお目当てのものをだいたい買い終えたお客が帰っていく……ということもなく、いつまでも人がいます。持ち込んだ本の半分ぐらいが売れて、もう帰ろうかなあと思っても、まだ訪れてくれる人もありました。このゆったりとしたユーザーの時間感覚は、文学フリマの特徴かもしれません。確かに漫画を買うときより本を買うときのほうがじっくり書店にいるなあ……などと思いました。妻から帰宅を催促する連絡をもらわなければ、きっと私は閉場までその場にいつづけたかもしれませんが……私は午後3時過ぎに撤収の支度をし、3時半にはビッグサイトを後にしていました。
何名の方が漂流社ブースに訪れてくれたか、カウントはしていないのでわかりませんが、売れた冊数から考えると、50名以上は来訪者があったものと思われます。京都芸術大学の学生さんも4〜5名いらしてくださりました。ありがとうございます。この場を借りて御礼申し上げます。
それにしてもやっぱりいいですね、自分でつくった本を直接読者となってくれる方に手渡せるのは。よく講義や講評で「読者をしっかりとイメージしなくてはいけません」と主張する私ですが、机に向かっているだけでは読者って想像できないですよ、やっぱり。でも、リアル空間で接すれば、読者の顔は比喩ではなく現実に見えるわけで、そこで得た発見は何者にも代えがたい財産となります。「ああ、私の本はこういう人が読んでくれるのか」という気づきは、読者をイメージする絶大なヒントになりますし、その経験は畢竟、明日の私の創作に力を与えてくれるわけです。
ですので、創作の活力が欲しい人は、ぜひ、文学フリマに参加しましょう。いや、文学フリマだけではありません。当節はこうした「自分でつくった本」を頒布するイベントがたくさんあります。東京以外の場所でも盛んに開催されているようですから、積極的に参加を計画してみることをオススメします。売れなくても別にいいんです。そんなこと大した問題ではありません。重要なのは、リアルの読者と出会えるかどうか。売れなかったら売れなかったで、「存在しないリアルの読者」というものに出会えたことになるわけですから、それはそれでかなりの経験値になります(かくいう私も、初めて参加したCOMITIAでは、2冊しか本が売れませんでした。でもその体験が、今の私をつくっています)。
この記事を読んで「自分で本をつくって、自分でイベントに参加することに興味が出たが、何から始めたらよいかわからない」とか「印刷所に入稿するときってどうしたらいいの?」とか、そうした疑問を抱いた方は、お気軽に私まで質問してください。あるいは「イベント出てみたいけど勇気が出ない……誰か一緒に参加して」と思った人は……そうですね、大学の学友と一緒に参加してみるのもおもしろいかもしれませんね。今は知りませんが、昔はコミケなどではジャンルとして「大学のサークル」が存在していましたし。
いろいろと書き連ねてしまいましたが、おもしろい体験であったことだけは自信を持って断言します。おそらく次回も私は参加するでしょう。今度こそは店番を手伝ってくれる人とともに。参加して気がついたんですが、一人で参加してしまうと、他のブースの本をゆっくり吟味して買い求める時間がとれないんですよ。「書いて発表する」だけでは文学フリマに限らず、イベント参加の醍醐味は味わえません。やっぱり「買って読む」こともしないと、イベントのおもしろさは体験できないなあ、というのが私の意見です。
文芸コース主任 川﨑昌平
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