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2025年06月26日
【歴史遺産コース】くずし字を読む②
前回、このブログで私は「くずし字を読む」という記事を書いて、史料読解について紹介しました。
今回は、さらにその続きを少し書いてみたいと思います。
前近代の日本のことを知るためにはどんな風に史料を読んでいくのか、知ってもらえればと思います。
前回も書きましたが、くずし字の読解は大変ですが、クイズやパズルのような体験でもあります。是非気軽にいろんな人に試してもらいたいです。
さて、前回の記事では、
・くずし字の史料とは
・学習に際して使う辞典について…児玉幸多編『くずし字用例辞典 普及版』(東京堂出版、1981)
・学習にちょうど良い史料の紹介
などについて書きました。
今回は、三つ目で紹介した史料について、実際に少し読んでみようかと思います。
前回紹介していた史料はこちら。
『万手形案文』という、江戸時代に出版されていた手習い用の教科書です。

(『万手形案文』(京都大学附属図書館所蔵、谷村文庫3-23/ヨ/1)https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00010373?page=4
前回も書いた通りですが、『万手形案文』という、江戸時代に刊行された書物です。
商家で手習いを学ぶために作られたもので、様々な証文(契約書)の雛形が並んでいます。
この本で最初に載っている証文が次のもの。

(『万手形案文』(京都大学附属図書館所蔵、谷村文庫3-23/ヨ/1)https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00010373?page=7
これをちょっと読んでみましょう。
まず、全体の構成を確認します。
冒頭の行の五文字は「萬手形案文」と書いてあって、本全体の書名ですね。今回読む証文の内容とは関係ありません。
その次の行(画像二行目)の文字が証文のタイトルです。
次の行(画像三行目)には、「一(ひとつ)、◯◯也」とあります。箇条書きで証文の対象物を示しています。
さらに次の行(画像四行目)からが「右之」で始まる本文。四行分あります。
更に改行して(次の画像の最初の行)、差出(「何屋何兵衛」)・年月日(「年号月日」)・宛先(「何屋何右衛門殿」)。雛形なので「何屋」などの実在しない名が書いてあります。
(実際には、宛先の後に「右之…」から始まる付文がついていますが、今回は省略)
以上のような
・証文のタイトル
(・箇条書き)
・本文
・差出、年月日、宛先
が証文の構成です。
では、これを踏まえて内容が読めるかどうか。
タイトル部分(画像二行目)はどうでしょうか。一文字目はふりがながついていますね。ふりがなから読んでみましょう。
「あつ」の二文字は読めると思います。その次の文字は難しいかもしれません。これは「可」をくずした文字で、「か」の変体仮名です。つまり、ここのふりがなは「あつか」。
漢字の方は、右側が「頁」(おおがい)なのはきれいに書いてあるのでわかるはず。
右側が「頁」で、読みが「あつか」となる漢字…
つまり「預」ですね。「あづか」る、というふりがなで、濁点を記していないわけです。
その次の文字はどうでしょうか。
なにやらごちゃごちゃしていますね。一マスに一文字を書くというようなルールで書いてはいませんので、実はここは二つの文字が横に並んでいます。
右側は「預」の送り仮名。左側は別の漢字です。
送り仮名の方は「り」ですね。「預り」となります。
漢字の方は、「中」がくずれた形にも見えますが、実は横棒一本が省略されていて、「申」という字のくずしです。
「申します」の「申」ですね。ここでは送り仮名が省略されていて、「申」だけで「もうす」と読みます。
ここまでで「預り申」(あずかりもうす)。
次の字は前回のブログでも触れていた漢字です。
くずし字辞典をもし持っていれば、「銀」の文字を調べてみると、近い形の字を見つけることができるでしょう。

(児玉幸多編『くずし字用例辞典 普及版』(東京堂出版、1981))
ということで、「申」の次の字は「銀」です。
その次の文字は見た通りで、「子」。
もう一度、くずし字辞典の「銀」の文字のページを見てみると、「用例」のところに「銀子」という字があって、「銀子」という表現があることもわかります。
銀子は、「ぎんす」と読んで、銀貨を指しています。
「預り申銀子」まできました。
その次に「ミ」のような文字があって、最後は漢字の「事」です。
「ミ」をとりあえず空けておくと、「預り申銀子■事」(あずかりもうすぎんす■こと)、となります。「ミ」のままだと文意が通りませんね。
では何でしょうか。
実は証文などのタイトル部分は「~の事」とするものが多いのですが、ここもそれにあたります。
しかし、形は「の」には見えない。カタカナの「ノ」でもない。漢字の「の」は…と考えると、「之」がありますね。
改めて史料の画像を見ると、「之」のくずしであるのがわかるでしょうか。
手元にくずし字辞典があれば、それで調べてみてください。もし無ければ、ネット上でくずし字が検索できる「史的文字データベース連携検索システム」で検索してみると、「之」の文字のくずしの事例を多数確認することができます。
ということで、タイトルが読めましたね!
「預り申銀子之事」(あづかりもうすぎんすのこと)です。
現代語訳するなら、「預かります銀貨のこと」。銀を「預かる」ことについての証文です。「預かる」としていますが、もらったのではなくて返却の必要がある、つまり、借りているということになります。この証文は、借金(銀)の証文なのでした。
本当はここから順番に本文も読んでいく…といきたいところなのですが、分量も長くなってきましたので、別の機会へと譲りましょう。
興味のある方は是非、文書自体についているふりがなや、くずし字辞典・「史的文字データベース連携検索システム」などを使って、読解にチャレンジしてみてください。
少しアドバイスをすると、
・「預」の文字は本文にも何度か出てきますが、右側の「頁」部分のくずし方が変化しています。辞典などで調べてみるとわかるかもしれません。
・タイトルに送り仮名の「り」が出てきましたが、似たような形で小さい文字が他にもいくつか出てきます。カタカナの「ニ」や漢字の「而」(「て」と読む)などです。
・漢文のように返り点を付けて読む部分が三ヶ所だけあります。一ヶ所は既に史料に返り点がついています。他の二ヶ所は独特な表現もあり、難しいかもしれません。答えを書いてしまえば、「可致候」–致すべく候(そうろう)–と「依而如件」–依(よっ)て件(くだん)の如し–という二つの表現があります。
チャレンジしたい方向けに、実際の読解(本文部分)も書いておきましょう。句点は読みやすいように追加してあります。( )内は文書にあるふりがなです。
「一、合銀(ぎん)何拾何貫目也、
右之銀子(ぎんす)慥(たしか)ニ預(あつか)り申處(ところ)
実正(しつしやう=じっしょう)也、其元(そのもと)御入用(いりやう)次第(したい)
何時(なんとき)ニ而茂、急度(きつと)返済(へんさい)可致候、
為後日(ごにちのため)預り證文、依而如件、」
「拾」は「十」のこと。「處」「證」は「処」「証」の旧字体ですね。
私が行った現代語訳も付けておきます。
「一、 合わせて銀◯十◯貫目
右の銀をたしかに預かりましたこと、間違いありません。そちらの方で必要になり次第、いつでも必ず返済いたします。後日のための預かり証文、以上の通りです。」
どうでしょう。くずし字読解の楽しさを少しでも感じてもらえたでしょうか。
今回読んだのは文書の雛形ですので、実際の証文ではありませんが、これが読めるようになれば、実際のものもある程度わかるようになります。
例えば、デジタルで閲覧できる貨幣博物館所蔵の「預り申銀子之事(借用銀預り証文)」という文書などを見てみてください。
実は先ほど読んだ雛形とかなりの程度表現が一致しています(先に出てきていない表現として「然ル上者」「成共」「此手形ヲ以」などがあります)。
このようにして、徐々に読めるものを増やしていくと、いろいろな古文書が読めるようになっていきます。
最初は大変ですが、読めるようになってくると達成感もあり、どんどん楽しくなっていくものだと思います。是非やってみてください。
以上、再びくずし字の読解について紹介してきました。
本学歴史遺産コースでは、このような史料を用いて学習・研究を進めることができます。
例えば、「歴史遺産III-5 くずし字史料の読解」などの科目をもうけて、皆で史料読解の知識や技術を学ぶ場をつくっています。
みなさんも私たちと一緒に、史料の読解にチャレンジしてみませんか?
歴史遺産コース|学科・コース紹介

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