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2025年10月21日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「見失いがちなこと」(岡 英里奈)

文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。
今回は作家、編集者の岡 英里奈さんのコラムをご紹介します。

【岡 英里奈】(おか・えりな)
作家、編集者。1995年、大阪府生まれ。2016年、小説「カラー・オブ・ザ・ワールド」で第22回三田文学新人賞佳作受賞。『すばる』『文藝』『ユリイカ』『三田文學』「図書新聞」などに寄稿。
近作に「とどまる人」(『すばる』)「小さな穴と水たまり」(『小説紊乱』)など。2017年より編集者として三田文學編集部で勤務。2023年より同副編集長、京都芸術大学通信制大学院文芸領域・非常勤講師。
2024年よりNHK文化センター町田の小説創作講座講師を務める。
X: https://twitter.com/erina______oka
見失いがちなこと
怒られるのが嫌で、間違えないことに必死な子供だった。怒られたくなさが過剰になると好かれたさが生まれる。いい子でいたくて思ってもないことをぺらぺらとしゃべる。そんな感じが、いまだに滲みでてしまう。書くときに。
言葉は注意していないと嘘をつく。大きくて、安全で、大丈夫な流れのほうに寄っていこうとする。
先日、三年ほど書きあぐねていた作品を、一旦書くのをやめることにした。
私は愛のことがよくわからない。にもかかわらず、それを信じる人を登場人物にして、三年間苦しかった。あたりまえだ。そんな人間の心の動きが私にわかるはずがない。いま冷静に考えればそうはっきりわかるのに、自分に嘘をついてそんな造形にした。
嘘に気づけたのは、読んでくれた編集者の方からの率直な言葉があったからだ。
「どうしてこの話を書きたいと思ったのでしょうか。何が嫌で、何を思っているのか、作品の表層の下に隠れている、本当のほうを知りたいです」
ということをその方は話してくれた。
この言葉がなかったら、気づかないうちに嘘ばかりつき、表層にこだわっていつまでも空疎で苦しかったんじゃないかと思う。書く時だけは本当を。そう思っていたはずなのに、愛という大きな物語に乗っかろうとした。小説のなかでさえいい子でいようとしていた自分に気づき愕然とした。
この日から、本当に少しずつだけれど、書くことを通して嘘を剥がしていけるようになった。霧のなかにいるみたくぼやけていた自分の形が少しずつ見えてくる。どうしようもない自分を知っていくことは諦めであり、希望でもあった。
作品を通して返ってくる言葉で、こんなふうに自分自身を知ることがある。誰かに読んでもらう機会の多いこの大学の場でも、ひとりひとりが、新しい自分にきっと出会えると思う。
読むこと、書くことを繰り返していくうちに、なんらかの軸ができる。その軸はときに強固になり、こちらを揺らがしてくる。〈おまえのそれでは、誰にも理解されない〉と。
だからといって自分のなかにあるものをないことにしたら苦しい。もちろん〈私〉のなかにあるものだけを見ていてもいけない。いろんなもので合成されてできあがったひとつの軸。それに頼りきりになると〈私〉を忘れはじめてしまうように思う。地図はない。安全な道もない。手探りでこわごわ進む。不安だけれど、そうしていれば自分を見失って苦しむこともないだろう。ひるまず、何にもよりかからず、この世界と自分、その両方をいつまでも見つめつづけたい。
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説明会情報
【2025年10月29日 (木) 19:00~20:30】
文芸領域「ことばの表現」の新しい可能性
「ことばの表現」ジャンルは、人類最古のものに見えてその実、SNS隆盛の現代においては、もっとも新しくラディカルな可能性を持った手立てとなりつつあります。この世のほとんどあらゆるものを、きわめて精確に表現しうる。人間社会を根底から揺り動かす絶大な力に満ちている。それでいて、そのほんとうの起源がいまだにわかっておらず、大きな謎も秘めています。
この神秘的で同時にきわめて現代的な「ことば」なるものの新たな可能性を掘り起こし、小説など広義の物語創造から、各種の批評、エッセイ、コラム、取材記事執筆、そしてSNSにおける発信など、多種多様なジャンルにおける「ことばの表現」の近未来を展望します。登壇するのは、気鋭の文芸評論家、小説家、そしてフォロワー数83万人のコピーライター。どうぞふるってご参加ください。よろしくお願いいたします。
登壇者一覧)
■指導担当者
⁕池田雄一(文芸評論家)
⁕山本隆博(コピーライター)
司会進行)
⁕辻井南青紀(作家/文芸領域長)
↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!

▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ
入学すると、一学年にひとつの「クリエイティブライティング・ゼミ」に入り、その中にある3つの専門性の高い指導グループのうちのどれかに所属します。
●クリエイティブライティング・ゼミ
小説などの物語創作や評論、エッセイ、コラムなどのテクスト、あるいは社会に向けて自身の思いを発信する活動など、さまざまなジャンルを横断的に学び、実践できる仕組みがあります。学びと創作の取り組みを可能な限り自由にするために、前期や後期など期ごとにゼミ内グループを移動することも出来ます。特定の分野やジャンルのみならず、大学院の二年間のうちにいろいろなことばの表現に触れ、実力をつけることが出来る機会があります。
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