

通信制大学院
- 通信制大学院 記事一覧
- 【通信制大学院】文芸領域教員コラム「ビバ!寄り道、回り道、迷い道。」(石戸谷 直紀)
2025年11月11日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「ビバ!寄り道、回り道、迷い道。」(石戸谷 直紀)

文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。
今回は編集者の石戸谷 直紀さんのコラムをご紹介します。

【石戸谷 直紀】(いしどや・なおき)
1961年兵庫県生まれ。舞踏家・大野一雄、大野慶人に身体表現を学びつつ、出版社にて書籍等の企画・編集・営業に携わる。2012年より中学校国語教科書『現代の国語』編集長。担当書籍に『プレイフル・ラーニング』『うめ版 新明解国語辞典×梅佳代』『ニッポンには対話がない』『女脳文学特講』など。2021年より、日本大学芸術学部非常勤講師、東京書籍高校国語教科書『国語表現』編集委員を務める。
ビバ!寄り道、回り道、迷い道。
山で道に迷いました。東京郊外の標高800メートルに満たない低山を一人で歩いていたときのことです。頂上から下っていくと道が二つに分かれていました。しっかり踏み固められた、幅の広い右の道ではなくて、いかにも歩く人が少なそうな、少し荒れた感じの左の道を選んだのですが(左向き矢印の下に記された山里の名になんとなく惹かれて…)、歩きはじめてすぐに、道の両側から下草がわんわんと覆いかぶさって足元が見えなくなって、湿ってつるつるの木の根っこに足をとられながら行くうちに、いつの間にか「道」は「踏み跡」になっていて、岩がごろごろの沢筋に入ったところで、その踏み跡も完全に見失ってしまいました。やっちまった…か? 夕闇が迫る森のなか、目を凝らしてあたりを見まわしますが道を示すサインはどこにも見つかりません。やっちまったな。荷物を下ろして、ペットボトルに残った水を口に含んでゆっくりのどに流し込みました。
実は、けっこう道に迷います。数年に一度ほどの割合で迷っています。不可抗力の要素もないわけではありませんが、たいがいは自分の不注意、地図地形の読み取りの経験と能力の不足、計画の甘さなどによるもの。遭難案件にもつながりかねない、避けるに越したことはない行為です。褒められたものではありません。
一方で、ひとりで山を歩くときの私には、この「迷い道」体験を心密かに望んでいるフシがあります。道に迷うというピンチ逆境は問題解決力やレジリエンスを鍛える絶好の場となるのではないか、という感覚もありますが、それよりもなによりも大きいのは、このシチュエーションがもたらすドキドキであり、ハラハラであり、ワクワクです。おきまりのおしきせのおぜんだてられた規範のルートから外れる解放感。見通しのよい効率重視のキレイな一本道を逸脱する背徳感。予定調和的ストーリーを土壇場で裏切られる快感。それは、ミス、ドジ、やらかし、頓珍漢が駆けまわる祝祭空間。予期せぬ風景、出来事、人(自分を含めて!)との偶然の出逢いと発見に驚く瞬間。
迷い道は身体に変化を起こします。森のなか、道なき道を行くとき、理屈や理性で自然を統御し征服するというよりも、山全体、森全体に我と我が身をまるごと晒して、委ねて、溶け込ませる。身体をまるごと耳に、舌に、肌にして、風の湿りぐあい、樹木の匂い、地面の硬さや傾き、岩の大小と形状、沢のせせらぎ、空の色の移ろい、雲の速さ…世界をまるごと感じて、対話する。そんなしなやかな身体に近づいていく感覚があります。
進学、就職。友人関係、家族関係。恋愛、失恋、結婚、離婚。出産、育児、介護。勉学、研究、仕事。かくも複雑で怪奇で艱難と辛苦の人生山脈を旅する私たちにとって「迷い道」は、そして「寄り道」「回り道」は、合目的化と効率化で頭でっかちになって凝り固まった身体と思考をほぐして、ほどいて、そこに「あそび」を呼び込む装置なのではないでしょうか。もちろんリスクは背負うもの。でもそのリスクは神様からの贈り物。安心安全安定、規範的で予定調和の予測可能な状況に不安や危機は潜み、不安でリスキーで不安定、奔放で脱予定調和の予測不能性のなかにこそ、安心の実が、安全の種が、成長の芽が、学びの芯が、喜びの根が宿る──そんなパラドキシカルな世界の仕組みを、私たちは生きている。そんな思いが年々強くなっています。
──────────────────
説明会情報
【2025年11月13日(木) 19:00-20:30】
「文芸領域=『クリエイティブ・ライティング』 ~その新しい可能性~」
大学院で、それも通信教育(完全オンライン)で、広義の「文芸」分野について、専門的に学び、創作や制作に深く打ち込める、本学大学院「文芸領域」。2023年度創設から現在に至るまで多くの優れた学生が学びと創作に打ち込み、昨年度、初の修了生を輩出しました。 これまでは、小説など物語創作、また編集制作など、ことばの表現の各ジャンルを専門的なレベルまで深めて学ぶという特性がありました。 次年度からは、既存の「文芸」ジャンルを今一度「ことばの表現」全般ととらえ直して、新しいゼミ指導体制、「クリエイティブ・ライティング」ゼミがスタートします。 従来の小説や物語の創作、編集制作といったわたしたちの専門ジャンルをより高め、深めるのみならず、専門性の「垣根」をなるべく取り払い、学生のみなさんが在学中に多様なジャンルに触れ、さまざまな学びと創作・制作を深化させられる新たな仕組みとなります。 非フィクション系の多様なテクストを社会に向け、SNSなどを通じて発信を行いたい、けれどそのために何をどうすればよいのか、とお悩みの方々にとっても、意義ある学びの場となるよう、力を尽くします。
登壇者一覧)
■指導担当者
⁕山本隆博(コピーライター・「クリエイティブライティング」ゼミ指導教員) ⁕あわいゆき(書評家・非常勤講師) ⁕新保博久(ミステリ評論家・非常勤講師)⁕石戸谷直紀(編集者・非常勤講師)
司会進行)
⁕辻井南青紀(作家・文芸領域長・「クリエイティブライティング」ゼミ指導教員)
↓説明会の参加申し込みは文芸領域ページ内「説明会情報」から!
▼京都芸術大学大学院(通信教育)webサイト 文芸領域ページ

入学すると、一学年にひとつの「クリエイティブライティング・ゼミ」に入り、その中にある3つの専門性の高い指導グループのうちのどれかに所属します。
●クリエイティブライティング・ゼミ
小説などの物語創作や評論、エッセイ、コラムなどのテクスト、あるいは社会に向けて自身の思いを発信する活動など、さまざまなジャンルを横断的に学び、実践できる仕組みがあります。学びと創作の取り組みを可能な限り自由にするために、前期や後期など期ごとにゼミ内グループを移動することも出来ます。特定の分野やジャンルのみならず、大学院の二年間のうちいろいろなことばの表現に触れ、実力をつけることが出来る機会があります。
おすすめ記事
-

通信制大学院
2025年11月11日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「ここにシャレあり」(新保 博久)
文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。 今回はミステリー評論家の新保 博久さんのコラムをご紹…
-

通信制大学院
2025年11月04日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「円滑さから離れた贅沢な言葉へ」 (佐藤 述人)
文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。 今回は作家の佐藤 述人さんのコラムをご紹介します。 …
-

通信制大学院
2025年10月21日
【通信制大学院】文芸領域教員コラム「心地いい銭湯」(あわい ゆき)
文芸領域への入学を検討されている「作家志望者」「制作志望者」に向けて、本領域の教員がコラムをお届けします。 今回は書評家、ライターのあわい・ゆきさんのコラムをご…






















