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アートライティングコース

2025年12月25日

【アートライティングコース】女が纏うタカラガイたちが語りかけてくるもの

こんにちは。アートライティングコース教員の大辻都です。
少し前ですが、国際芸術祭あいち2025「灰と薔薇のあいまに」を訪れました。芸術祭ということで一日ではまわりきれない量の作品が展示されていましたが、今回はぜひとも見たい一番のお目当てがありました。名古屋から少し離れた瀬戸市にある愛知県陶磁美術館に展示されていたシモーヌ・リーの陶器を用いた作品です。
ニューヨークを拠点とするこのアーティストの彫刻作品をこれまで写真などでは見たことがあり、その造形の面白さと訴えかけてくる力に一度実物に接してみたいと思っていたのです。
今日はそのときの体験を、アートライティング視点も交えつつ、ご紹介していきます。

国際芸術祭あいち2025「灰と薔薇のあいまに」
https://aichitriennale.jp/index.html

さて、名古屋のすぐ隣ぐらいに思っていたこの美術館。思ったほどは近くなく、リニアモーターカーの最寄駅に降り立ってなお、ここから本当にたどり着けるのかと不安に思ったほどでした。
駅からしばらく木に囲まれた人気ない道を歩き、ようやく美術館に到着します。紅葉した樹々にかこまれ、広々とした敷地のあちこちに陶器のオブジェが置かれ、その最奥に昭和モダニズムの建築家、谷口吉郎の設計した本館がありました。聳え立つ展望塔と切妻屋根が印象的な建物。はるばる訪ねた甲斐があると感じさせてくれる会場です。

本館中央のオープンな階段を降りたところに、リーの「タカラガイ」作品は立っていました。立って、と擬人化していうのは、女性の姿をした作品だから。粘土でできた頭と胴体は黒人女性の姿。そしてその腰から下を無数のタカラガイが覆い、長いスカートをかたちづくっています。
これまで画像や映像で見てきたリーの作品の多くが、黒人女性の頭部や裸の上半身を表現したものでした。そして腰から下は大きく膨らんだスカートで覆われているのが印象に残ります。堂々たる頭部やまっすぐな視線、突き出した胸が力強さを感じさせます。
さまざまなグラデーションの白っぽいタカラガイは陶器製。リアルな形状をしていますが、もちろん本物はもっと小さなものです。中心にギザギザがある独特なかたちで、子供のころ、千葉の海岸で拾ったことを思い出しました。
タカラガイはかつてアフリカや中国、インドなど世界のいくつもの地域で、通貨として使われていたことをご存知でしょうか? アフリカと西欧諸国のあいだの貿易でも、この通貨は使用されていました。その貿易の中には、アフリカから船で大西洋を渡り、カリブ海やアメリカ合衆国のプランテーションに奴隷として売られる人間も含まれていました。貨幣としてのタカラガイには、そうした奴隷貿易の歴史が否応なくつきまとってきます。

今回展示されていた《無題》(2023-2024)だけでなく、リーの作品ではしばしばタカラガイのモチーフが目につきます。無数のタカラガイが束になり天井からぶら下がっているもの、膨らんだスカートの上に大きなタカラガイが鎮座しているもの、タカラガイのタワー……。タカラガイはこのアーティストの主要なモチーフとしてくり返し現れてくるのです。
通貨、貨幣である一方、タカラガイはその形状から古来女性器が連想され、豊穣の意味合いを持ってきました。また同じ連想から、占いや魔除けにも使われてきたようです。もともと自然のものであるタカラガイは、こうしていくつもの象徴となってきたのです。
リーのインスタグラムを見ていたら、ころんとしたかたちのタカラガイを制作するのに、彼女が楕円形の本物の西瓜を型として使っているのを発見しました。西瓜もまた、彼女の特徴的なモチーフとなっています。
Brick House(2019)の、5メートルほどもある巨大な黒人女性像が纏っているフープのようなスカートは、半円形の西瓜そのものでした。西瓜もまた、黒人女性を性的放縦さと結びつける侮蔑的なイメージを形成してきたアイテムですが、リー作品に現れる西瓜型のスカートは「容器、避難場所、シェルター」、つまり匿ってくれる包容力をも意味しているといいます。
リー作品の大きなテーマが、アフロ・ディアスポラ(ディアスポラは故郷からひき離された人々を指す)としての歴史やアフリカの民間信仰、フェミニズムなど複数の視点が交錯するなかに黒人女性の姿を捉えようとするところにあるのは知られています。タカラガイも西瓜も元来自然に育まれるものでありながら、植民地主義や奴隷貿易、人種差別と結びつき、後天的な文脈を帯びるに至りました。それはネガティヴな文脈ではありますが、リーはその意味を逆手にとり、鑑賞者の想像力に訴えかけ、思考させようとしているように感じます。

会場には、タカラガイをモチーフとした作品がもう一点ありました。《水差し》と名づけられた、その名の通り巨大な水差し型のオブジェで、側面にはやはりタカラガイがいくつも貼りつけられています。
リーによれば、このオブジェは19世紀前半、アメリカ合衆国のサウス・カロライナ州エッジフィールドで盛んに作られていた水差しをモデルに作られているそうです。
エッジフィールドはかつて製陶業が栄えていた地域で、奴隷制が敷かれていた19世紀半ばまでは、その生産に多くの奴隷たちが従事していました。彼らが作るストーンウェア製の水差しはフェイス・ヴェッセルと呼ばれ、その側面に人間の顔がいくつもついている個性的な意匠が有名です。リー作品では、それらの顔が貨幣という象徴的存在となったタカラガイに代えられているところに作家の意図が込められているのでしょう。
リーはシカゴでジャマイカ移民の家庭に生まれ、ニューヨークを拠点とするアメリカ人ですが、その視野は、自らの祖先たちが奴隷船で送られてきた大西洋の反対側、アフリカの貨幣、宗教、呪術などにも向けられ、自らを含めた黒人女性をトランス・アトランティックなまなざしで捉えようとしているかに見えます。
陶磁美術館の建物じたいは落ち着きがあり素晴らしかったのですが、アメリカの街なかに置かれているというこのアーティストの作品はさらに生き生きとしているのではないか、体験してみたい!との思いに駆られました。

国際芸術祭あいちの出展作品は、この陶磁美術館でも、名古屋市の会場でも多くを鑑賞しました。個人的には、焼き物と身体の関係を模索した西條茜、熊を自然そのものとして捉える永沢碧衣、巨大なタペストリーとさまざまなテキストを呼応させる大小島真木など日本人作家の作品にも共感しました。
……と、少し前に鑑賞した作品を思い返しながら書いてきましたが、今月(202512月)から、ソニア・ボイスの日本初の個展が森美術館で開催されているようです。ボイスもまた、直接作品に触れてみたかったアーティストのひとりなのです。
ロンドン生まれのボイスは1980年代にブラック・アーツ・ムーヴメントに関わり、映像やインスタレーションなどさまざまなスタイルを使いながら、リーと同じく、ブラック・ディアスポラの経験や他者とのコラボレーションを模索しているアーティストです。
この冬はボイスとの初めての出会いでどんな刺激的な体験ができるか楽しみです。

MAMプロジェクト034:ソニア・ボイス
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/mamproject034/index.html

 

参考資料
Tiffany Johnson Bidler, “ Interiority, Metamorphosis, and Simone Leigh’s Hybrid Cowries”
https://www.researchgate.net/publication/378982997_Interiority_Metamorphosis_and_Simone_Leigh’s_Hybrid_Cowries

(2025年12月23日検索)

 

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