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2026年04月30日

【コミュニケーションデザイン領域】“声を使わない”からこそ見えてきた。修了生 夏目文絵さん がひらく、コミュニケーションデザインのミライ。

こんにちは。京都芸術大学大学院コミュニケーションデザイン領域・領域長の大谷義智です。
コミュニケーションデザイン領域第1回目のブログに、2024年度に修了された夏目文絵さんにお話を伺いました。夏目さんは三重県いなべ市で、廃校となった木造校舎を活用した「桐林館喫茶室/筆談カフェ」を運営しながら、アール・ブリュットの推進や、学校・企業向けの研修、地域にひらかれたワークショップなど、多面的な実践を続けています。

夏目文絵さん





夏目さんの修士研究のテーマは、「聞こえない世界のコミュニケーションがもたらすUXデザイン」。音声を使わず、筆談、手話、ジェスチャーなどでやりとりをする「筆談カフェ」の実践を通して、私たちが当たり前のように前提にしているコミュニケーションのかたちを問い直した研究です。修士論文では、「筆談カフェ」を、単なる体験型の場としてではなく、無意識の偏見に気づくきっかけとなる空間として位置づけ、その体験価値を検証しています。

修了から約1年。今回のインタビューで印象的だったのは、夏目さんが大学院での学びを「自分が入学前から続けていた活動を、きちんと見つめ直すための時間だった」と振り返っていたことです。もともと「筆談カフェ」というテーマ自体には手応えがあった一方で、「自分が面白いと思っているだけでは、なかなかいろんなものを巻き込んで波及させられない」とも感じていたそうです。大学院でコミュニケーションデザインを学んだことで、その実践を「自己満足だけで終わらせない」視点が得られた、と語っていました。

実際、夏目さんは修了後のこの1年を振り返って、「自分が持っている空間が、大学院の学びで少しはっきり見えるようになった」「少し自信が持てるようになった」と話しています。この言葉は、芸術大学院で学ぶことが、単に知識を増やすことではなく、自分の実践を捉え直し、その意味を深く理解することでもあるのだと教えてくれます。

「桐林館喫茶室/筆談カフェ」は、おしゃべり禁止のカフェではありません。音声を使わないコミュニケーションを楽しむ空間です。筆談やジェスチャー、手話など、普段は補助的なものとして捉えられがちな方法が、この場所では主役になります。公式サイト(https://www.torinkan.com/)にも、「あたりまえがなくなるとき、そこには新しい発見がある」と記されていますが、夏目さんの実践はまさに、その「あたりまえ」をずらすところから始まっています。

筆談カフェ



ノート(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000101087.html)こちらは2022年の記事です。



興味深いのは、「筆談カフェ」の価値が、単に「福祉的に良いことをしている場」ではない点です。夏目さんはインタビューの中で、「筆談カフェ」は「単なるSDG’s的な場や体験を提供する機会」ではなく、人々の中に無意識に存在するアンコンシャスバイアスに気づかせてくれる場だと語っています。研究テーマでもある「聞こえない世界のコミュニケーションがもたらすUXデザイン」という視点は、まさにこの点にあります。誰かを配慮される側として見るのではなく、自分自身の前提を問い直す。そのための場として「筆談カフェ」があるのです。

大学院での学びを通して、夏目さんは「体験価値を周りの人々、生活者にどう与えるかを丁寧に考えるようになった」とも語っています。また、「社会問題をきちんと自分の課題として捉える」「なんでこれが問題なのかな、ということを見る力、見直す力、問い直す力」を学べたとも話していました。この「問い直す力」は、コミュニケーションデザイン領域の大きな魅力のひとつだと感じます。目の前の実践をそのまま肯定するのではなく、構造として見直し、他者に伝わるかたちへと言語化していく。その営みが、夏目さんの活動をより強いものにしています。

「筆談カフェ」を続けるなかで、新たな発見もあったそうです。たとえば、「音声オフの会話を楽しんでもらう」ことをテーマに掲げた結果、当初は想定していなかった層の来訪者が現れたことです。なかでも印象的だったのは、静かな空間を求めて訪れる方々の存在でした。夏目さんは「世の中、聞こえすぎ、というのに気づいたことが、むしろ音声オフにしようという意識と、静かな空間の価値を再認識した新しい発見でした」と振り返っています。「筆談カフェ」は、聞こえない/聞こえるという二項対立だけで語れない、現代のコミュニケーション環境そのものへの問いにもなっているようです。

また、文字による対話そのものへのまなざしも印象的でした。夏目さんは、「文字筆談の書き文字って、ハチャメチャな人たちもいるし、その面白い盛り上がりや、関係性がノートの上に踊っているんです」と話しています。会話は声だけで成り立つものではなく、筆跡や間、書く速度、視線や身ぶりなど、さまざまな要素によって立ち上がるものだということを、この場は教えてくれます。そこにこそ、コミュニケーションを伝達ではなく体験として捉える、夏目さんの実践の豊かさがあるのでしょう。

修了後の現在、夏目さんは「筆談カフェ」の運営を続けながら、その知見を学校や企業向けの研修やワークショップにも展開しています。公開プロフィールによれば、講義だけでなく、筆談カフェ体験や筆談・手話を用いたワークショップなど、実践型のコンテンツとして提供しているとのこと。さらに、アール・ブリュット作家の作品展示や販売のサポート、市内在住の障害児者を対象にした日中一時支援なども行っており、場の実践が地域社会のさまざまな接点へと広がっています。

今回のインタビューでは、その先の展望についても伺いました。夏目さんは、次のチャレンジとして、「コミュニケーションデザインのスキルをちゃんと生かしていかなければならない事業」を新たに考え、すでに走り出していると語っています。つまり、桐林館という拠点の中だけにとどまるのではなく、そこで培ってきた経験や設計思想を、より広い社会へひらいていこうとしているのです。「筆談カフェ」という一つの実践が、地域、教育、福祉、企業研修へと接続されていく未来は、コミュニケーションデザインが社会にどう貢献できるかを示す好例だといえるでしょう。

最後に、これから大学院で学ぼうとする人たちへの言葉も、とても印象的でした。夏目さんは、「散らかって迷って、悩んでいるときこそ、大学院にいきましょう」と語っています。すでに完成された人が学ぶ場所なのではなく、まだ言葉にならない違和感や、あやふやな手応えを持っている人こそ、学びを通して自分の実践を深められる。そんなメッセージとして受け取りました。

自分が続けてきた実践を、研究によって見つめ直すこと。そこから、自分自身の活動の価値を言葉にし、他者にひらき、社会の中へと接続していくこと。夏目文絵さんのお話からは、コミュニケーションデザイン領域での学びが、まさに、そのためにあるのだということが伝わってきました。実践と研究を往復しながら、自分の問いを磨きたい人にとって、本領域はとても豊かな場所なのだと思います。

夏目さん、ありがとうございました。



※夏目さんの初出版書籍『桐林館喫茶室【筆談カフェ】筆談と手話とアートがつないだ音声オフの記録』にご興味のある方はこちらから!→ https://forms.gle/G4sZkQNdm1kP3wea7

 

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