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2026年06月22日
【コミュニケーションデザイン領域】研究を、社会の現場へ。高橋英行さんが育てる「日本庭園3Dアーカイブ」の現在地。
こんにちは。京都芸術大学大学院コミュニケーションデザイン領域・領域長の大谷義智です。
京都芸術大学大学院・コミュニケーションデザイン領域での学びは、作品や論文を完成させることだけにとどまりません。自分の中にある問題意識を、研究として深め、さらに社会の中で動く実践へとつなげていくこと。その往復のなかに、この領域ならではの面白さがあります。
今回ご紹介するのは、2024年度に本領域を修了した高橋英行さんです。高橋さんは在学中、「日本庭園の体感型3Dアーカイブに関する研究 ―文化財の保存と活用の両立を目指して― 」というテーマに取り組み、日本庭園という伝統文化を、保存と活用の両面から捉え直す研究を行いました。

インタビューでまず印象に残ったのは、高橋さんが長年、通信業界の第一線で新規事業に携わってきた実務家であるということです。NTTドコモの立ち上げ初期に入社し、約30年にわたって数多くの新規事業を立ち上げ、関連会社各社では代表取締役社長も務めてきました。その一方で、経営の現場では、論理だけでは人は動かないという実感も深めていったといいます。MBA的なアプローチで考え抜いた戦略に対して、社員から返ってきたのは「正論ですが、全くワクワクしません」という言葉でした。高橋さんが大学院でコミュニケーションデザインを学び直そうと考えた背景には、この経験がありました。正しさを伝えるだけではなく、人の心を動かし、行動を変えるには何が必要なのか。その問いが、次の学びへとつながっていったのです。
そうした高橋さんの問題意識が、「日本庭園」というテーマへ結びついていった背景には、京都での体験がありました。高橋さんは、伝統文化や、100年以上続く京都の企業に関心を持つなかで、「伝統とは守るだけのものではなく、時代に応じた革新を重ねながら継承されていくものだ」と考えるようになったと語ります。さらに私的なレベルでは、京都・光明院の庭を前にしたとき、「見た瞬間に涙が出てきてしまう」ほど深く心を揺さぶられた経験が、大きな転機になりました。志望理由書にも、文化財の保存費用を文化財そのものの活用によって支える「文化保存のエコシステム」をつくりたいという構想が記されていますが、その構想は、この感動と問題意識の両方から生まれてきたものだったのでしょう。
大学院での研究では、その問いが具体的なかたちを取り始めます。高橋さんが対象としたのは、「京都・東福寺塔頭光明院の波心庭」です。論文では、3DアーカイブとVR技術を活用しながら、日本庭園を単に記録するのではなく、体験としてどう立ち上げるかが重視されていました。従来のアーカイブが情報を足していく方向に向かいがちなのに対し、高橋さんの研究では、むしろ没入感を高めるために情報を絞り込み、「実物を見に行きたい」と感じさせるような設計が試みられています。デジタルはリアルの代替ではなく、リアルへの関心を喚起する入口になりうる。その発想には、コミュニケーションデザイン領域での学びが色濃く表れているように思います。高橋さん自身も、大学院では「デザインの力で人の行動を変える」ということにフォーカスし、「体験を設計する、デザインするということを意識できた」と振り返ります。


そして何より印象的だったのは、この研究が修了とともに終わるのではなく、卒業後の活動へとそのままつながっていることでした。高橋さんによれば、大学院2年目の夏、日本庭園に関する有識者へのインタビューを重ねていた際、光明院のご住職から「YouTuberの松永さんにも見てもらったらどうですか」と勧められたことが、現在の協働のきっかけになったそうです。その後、松永さん本人から「高橋さんの活動を僕もやりたい」と連絡が入り、二人の活動が本格的に動き始めました。高橋さんが大学院で育ててきた構想と、松永さんがYouTubeで続けてきた日本庭園の映像発信が出会ったことで、研究は社会の現場へと大きく開かれていきます。

実際、松永さんの公開動画( https://www.youtube.com/watch?v=BRzkDMfeELA )からも、その動きはよく伝わってきます。活動開始時の動画では、日本各地の日本庭園を3Dスキャンし、デジタルアーカイブとして残していくプロジェクトの始動が語られており、クラウドファンディングによって3Dスキャン機材と移動用の車両を整えたこと、全国の庭園をめぐりながら継続的に記録を重ねていく方針が示されています。企画段階の動画でも、3Dスキャンによって画像だけでなくX・Y・Z座標を含む空間情報を記録し、平面図や立面図を超える詳細なアーカイブをつくるという構想が語られています。高橋さんはインタビューの中で、昭和の作庭家・重森三玲が全国の庭園を実測図として残した営みを、現代のデジタル技術でもう一度なぞるように実現したいと話しており、「10年かけて300か所ぐらいスキャンをしよう」という目標を掲げています。

この活動の背景にある考え方は、お二人で立ち上げた「一般社団法人日本庭園アーカイブ協会」のウェブサイト( https://www.jgarchive.jp/ )にもよく表れています。そこでは、石や水、植物によって構成される庭を、季節とともに移ろい、経年とともに美しさを増す「生きた芸術」と捉える一方で、その美しさが、繊細な手入れと技術の継承、そして自然災害のリスクの上に成り立っていることも率直に語られています。守られてきた景色の背後にある、不確かな未来に向き合いながら、その「場」を後世へつないでいくこと。高橋さんが大学院で探究してきた「文化財の保存と活用の両立」というテーマは、まさにこうした現場の実践と深く響き合っています。
高橋さんの取り組みの面白さは、文化財保存を単なる記録作業としてではなく、体験、教育、発信、そして行動変容まで含めた広いコミュニケーションとして捉えている点にあります。修士論文では、3Dアーカイブが実物への訪問意欲を高める可能性や、教育・研究、災害時の復元、庭師の技術継承などへの応用可能性も示されていました。つまり、デジタル化の目的は、現実を置き換えることではなく、価値を次の世代へつなぎ直すことにあるのです。高橋さん自身も、大学院での学びを「社会実装していくという前提」で捉えていたと語っています。研究を理論の中に閉じ込めず、現実の場で機能するものへと開いていく。その姿勢こそ、この領域での学びのひとつのかたちなのだと思います。
今回のインタビューを通して見えてきたのは、大学院での学びは、すでに答えを持っている人のためにあるのではなく、自分の中の問いを、社会に届くかたちまで育てたい人のためにある、ということでした。ビジネスの第一線にいた高橋さんが、あらためて芸術大学院で学び、伝統文化とデジタル技術をつなぐ研究に向かい、その研究を卒業後も協働と実践のなかで育て続けていること。その歩みは、これから本領域で学ぼうとする人にとっても、大きな示唆になるはずです。
研究を深めることと、社会の現場で動かすこと。その二つを往復しながら、自分の問いを現実の活動へとつなげていくこと。高橋英行さんの現在の取り組みは、京都芸術大学大学院コミュニケーションデザイン領域が、そのための場であることを、静かに、しかし力強く示しているように思います。
高橋さん、ありがとうございました。
京都芸術大学大学院・コミュニケーションデザイン領域での学びは、作品や論文を完成させることだけにとどまりません。自分の中にある問題意識を、研究として深め、さらに社会の中で動く実践へとつなげていくこと。その往復のなかに、この領域ならではの面白さがあります。
今回ご紹介するのは、2024年度に本領域を修了した高橋英行さんです。高橋さんは在学中、「日本庭園の体感型3Dアーカイブに関する研究 ―文化財の保存と活用の両立を目指して― 」というテーマに取り組み、日本庭園という伝統文化を、保存と活用の両面から捉え直す研究を行いました。

高橋英行さん
インタビューでまず印象に残ったのは、高橋さんが長年、通信業界の第一線で新規事業に携わってきた実務家であるということです。NTTドコモの立ち上げ初期に入社し、約30年にわたって数多くの新規事業を立ち上げ、関連会社各社では代表取締役社長も務めてきました。その一方で、経営の現場では、論理だけでは人は動かないという実感も深めていったといいます。MBA的なアプローチで考え抜いた戦略に対して、社員から返ってきたのは「正論ですが、全くワクワクしません」という言葉でした。高橋さんが大学院でコミュニケーションデザインを学び直そうと考えた背景には、この経験がありました。正しさを伝えるだけではなく、人の心を動かし、行動を変えるには何が必要なのか。その問いが、次の学びへとつながっていったのです。
そうした高橋さんの問題意識が、「日本庭園」というテーマへ結びついていった背景には、京都での体験がありました。高橋さんは、伝統文化や、100年以上続く京都の企業に関心を持つなかで、「伝統とは守るだけのものではなく、時代に応じた革新を重ねながら継承されていくものだ」と考えるようになったと語ります。さらに私的なレベルでは、京都・光明院の庭を前にしたとき、「見た瞬間に涙が出てきてしまう」ほど深く心を揺さぶられた経験が、大きな転機になりました。志望理由書にも、文化財の保存費用を文化財そのものの活用によって支える「文化保存のエコシステム」をつくりたいという構想が記されていますが、その構想は、この感動と問題意識の両方から生まれてきたものだったのでしょう。
大学院での研究では、その問いが具体的なかたちを取り始めます。高橋さんが対象としたのは、「京都・東福寺塔頭光明院の波心庭」です。論文では、3DアーカイブとVR技術を活用しながら、日本庭園を単に記録するのではなく、体験としてどう立ち上げるかが重視されていました。従来のアーカイブが情報を足していく方向に向かいがちなのに対し、高橋さんの研究では、むしろ没入感を高めるために情報を絞り込み、「実物を見に行きたい」と感じさせるような設計が試みられています。デジタルはリアルの代替ではなく、リアルへの関心を喚起する入口になりうる。その発想には、コミュニケーションデザイン領域での学びが色濃く表れているように思います。高橋さん自身も、大学院では「デザインの力で人の行動を変える」ということにフォーカスし、「体験を設計する、デザインするということを意識できた」と振り返ります。

高橋さん3D確認/修了制作

高橋さん研究画面/修了制作
そして何より印象的だったのは、この研究が修了とともに終わるのではなく、卒業後の活動へとそのままつながっていることでした。高橋さんによれば、大学院2年目の夏、日本庭園に関する有識者へのインタビューを重ねていた際、光明院のご住職から「YouTuberの松永さんにも見てもらったらどうですか」と勧められたことが、現在の協働のきっかけになったそうです。その後、松永さん本人から「高橋さんの活動を僕もやりたい」と連絡が入り、二人の活動が本格的に動き始めました。高橋さんが大学院で育ててきた構想と、松永さんがYouTubeで続けてきた日本庭園の映像発信が出会ったことで、研究は社会の現場へと大きく開かれていきます。

徳島県阿波国分寺 と 高橋さん
実際、松永さんの公開動画( https://www.youtube.com/watch?v=BRzkDMfeELA )からも、その動きはよく伝わってきます。活動開始時の動画では、日本各地の日本庭園を3Dスキャンし、デジタルアーカイブとして残していくプロジェクトの始動が語られており、クラウドファンディングによって3Dスキャン機材と移動用の車両を整えたこと、全国の庭園をめぐりながら継続的に記録を重ねていく方針が示されています。企画段階の動画でも、3Dスキャンによって画像だけでなくX・Y・Z座標を含む空間情報を記録し、平面図や立面図を超える詳細なアーカイブをつくるという構想が語られています。高橋さんはインタビューの中で、昭和の作庭家・重森三玲が全国の庭園を実測図として残した営みを、現代のデジタル技術でもう一度なぞるように実現したいと話しており、「10年かけて300か所ぐらいスキャンをしよう」という目標を掲げています。

3Dスキャンカメラ/ https://www.jgarchive.jp/archive.html
この活動の背景にある考え方は、お二人で立ち上げた「一般社団法人日本庭園アーカイブ協会」のウェブサイト( https://www.jgarchive.jp/ )にもよく表れています。そこでは、石や水、植物によって構成される庭を、季節とともに移ろい、経年とともに美しさを増す「生きた芸術」と捉える一方で、その美しさが、繊細な手入れと技術の継承、そして自然災害のリスクの上に成り立っていることも率直に語られています。守られてきた景色の背後にある、不確かな未来に向き合いながら、その「場」を後世へつないでいくこと。高橋さんが大学院で探究してきた「文化財の保存と活用の両立」というテーマは、まさにこうした現場の実践と深く響き合っています。
高橋さんの取り組みの面白さは、文化財保存を単なる記録作業としてではなく、体験、教育、発信、そして行動変容まで含めた広いコミュニケーションとして捉えている点にあります。修士論文では、3Dアーカイブが実物への訪問意欲を高める可能性や、教育・研究、災害時の復元、庭師の技術継承などへの応用可能性も示されていました。つまり、デジタル化の目的は、現実を置き換えることではなく、価値を次の世代へつなぎ直すことにあるのです。高橋さん自身も、大学院での学びを「社会実装していくという前提」で捉えていたと語っています。研究を理論の中に閉じ込めず、現実の場で機能するものへと開いていく。その姿勢こそ、この領域での学びのひとつのかたちなのだと思います。
今回のインタビューを通して見えてきたのは、大学院での学びは、すでに答えを持っている人のためにあるのではなく、自分の中の問いを、社会に届くかたちまで育てたい人のためにある、ということでした。ビジネスの第一線にいた高橋さんが、あらためて芸術大学院で学び、伝統文化とデジタル技術をつなぐ研究に向かい、その研究を卒業後も協働と実践のなかで育て続けていること。その歩みは、これから本領域で学ぼうとする人にとっても、大きな示唆になるはずです。
研究を深めることと、社会の現場で動かすこと。その二つを往復しながら、自分の問いを現実の活動へとつなげていくこと。高橋英行さんの現在の取り組みは、京都芸術大学大学院コミュニケーションデザイン領域が、そのための場であることを、静かに、しかし力強く示しているように思います。
高橋さん、ありがとうございました。
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