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芸術学コース

2026年07月23日

【芸術学コース】森美術館「ロン・ミュエク」展、スケールの差異と共感性

今年も蒸し蒸しとした夏がやってきました。みなさんお元気ですか。業務担当非常勤講師の松田です。
さて、現代アートが好きな方なら、「十和田市現代美術館にある大きなおばさん」といえばピンとくる方も多いでしょう。あの大きなおばさん、《スタンディング・ウーマン》を制作したロン・ミュエク(1958-)の大規模個展が、現在森美術館で開催されています。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》(部分)、2005年、ミクストメディア、162×650×395cm



上の画像は作品《イン・ベッド》の部分を切り取ったものですが、これだけを見ると生身の人物を写した写真と見紛うほどのリアリティがあります。肘を曲げ、頬に手を添えた時に生じる、脇から手首にかけての皮膚の皺と引き攣れ、皮膚の下に透ける血管や班状の赤み、さらには皮膚の弛み具合が精緻に表現されており、彼女の年齢まで推測できそうなほどです。

ロン・ミュエクのキャリアは、テレビ、映画界での造形制作から始まりました。対象を精巧に再現する技術に優れていることは間違いのないところですが、著名人を瓜二つに再現する蝋人形とは一線を画す彼の芸術性は、いったいどんなところにあるのでしょうか。

ロン・ミュエクの作品を語る上で欠かせないのが、作品と実物のスケールの差異です。
この記事では、そのスケール感を実感していただけるよう、すべての作品キャプションにサイズを記載しています。ぜひその点にも注目して読み進めてください。

 

ロン・ミュエク《ゴースト》、1998/2014年、ミクストメディア、202×65×99cm



《ゴースト》は、思春期の水着の少女が足を投げ出し、壁にもたれている姿が表されています。
このポーズのままで作品の高さが2メートルくらいありますから、もし少女が立ち上がれば身長は3メートル近くになることでしょう。

あまりにも大きな少女の姿は、『不思議の国のアリス』で、ケーキを食べて急激に大きくなったアリスが戸惑う場面を思わせます。その戸惑いは思春期に訪れる自分自身の身体の変化への不安とも重なって見えてきます。

少女は生きているかのように精巧に表現されていますが、よく見ると上から足元を見下ろしたような遠近法のために足だけが長く造形されていることに気づきます。
このわずかなアンバランスさは、少女がここに留まることなく、これからさらに大きく成長していく未来までも暗示しているかのようです。

ミュエクの作品は、実物よりも大きく、あるいは小さく造形すること、そして微妙なプロポーションのアンバランスさを取り入れることによって、登場人物の内面や心情を表現しています。

 

ロン・ミュエク《エンジェル》、1997年、ミクストメディア、110×87×81cm



《エンジェル》は、18世紀に描かれたジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロが描いた《ヴィーナスと時間の寓意》から着想を得ています。ティエポロの作品では、時の寓意である翼を持つ老人が新しい命である赤ん坊を抱いていますが、ミュエクの《エンジェル》は中年の男性で、どこか冴えない表情を浮かべています。実物よりも小さく作られているためか、物思いにふける姿はいっそう頼りなく映り、思わず慰めの言葉をかけてあげたくなるような気持ちにさせられます。

 

ロン・ミュエク《買い物中の女》、2013年、ミクストメディア、113×46×30cm



《買い物中の女》は、ミュエクがスタジオ近くの交差点で目にした母子の姿をきっかけに制作された作品です。コートに包まれた赤ん坊は、彼女にとって守るべき存在であることが伝わってきます。一方で、母親は隈のある疲れ切った表情で立ち尽くしています。両手に抱えたレジ袋には、ベビーオイルやイギリスで親しまれているヨークシャー・ティなどの日用品が入っています。そこには、日常の生活に追われ、疲労に満ちた母親の姿が小さなスケールによっていっそう切実に表現されています。

このように等身大より大きく、あるいは小さく造形された人物たちは、そのスケールとリアルな表情を通して、それぞれの心情を私たちに語りかけてきます。

私自身も、《ゴースト》には思春期の不安的な心境を、《買い物中の女》には子育てに追われ疲れ切っていた日々を重ね合わせ、いつしか自分自身を彼女たちに投影してしまいました。

 

ロン・ミュエク《マス》(部分)、2016-2017年、合成ポリマー塗料・ファイバーグラス、サイズ可変



展示の最後を飾るのは、広い展示室いっぱいに100点もの巨大な頭蓋骨で構成された《マス》です。頭蓋骨は約1×1.5メートルにも及び、西洋美術において「メメント・モリ」を象徴するモチーフでもあります。

「マス(Mass)」には、「大量」「一般大衆」「集団」の意味があるほか、キリスト教では「ミサ」を意味します。また彫刻用語では、日本語で「マッス」とも呼ばれ、物体が空間を占める量感、すなわち「量塊」を指します。

しかし、よく見てみると、それぞれの頭蓋骨は歯の欠け具合、鼻腔の形などが少しずつ異なっています。「マス」という集団を構成しているひとつひとつが、かけがえのない「個」であることを、この作品は静かに私たちに突きつけています。

全体を眺めているだけでは気づけませんが、この大量の頭蓋骨のひとつひとつには、とある誰かの個性が宿っています。積み上げられた大量の頭蓋骨をどのように解釈するか、鑑賞者の人生経験によって読み解くことを促しています。

ロン・ミュエクの作品は、まず等身大ではないスケールによって、私たちを惹きつけ、驚かせ、その存在を凝視したい欲求を呼び起こします。そして人物の全身や顔の表情を丁寧に見つめていくうちに、人種や年齢、性別の違いを超えて、いつしか自分自身や身近な誰かとの姿を重ね合わせていることに気づきます。その普遍的な共感性こそが、彼の作品を「本物そっくりの作り物」にとどまらない芸術性へ昇華されているのでしょう。

 

この展覧会の会期は、2026年9月23日までです。
ロン・ミュエク展 公式サイト https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/ronmueck/index.html

文中の写真は、すべて会場内で筆者により撮影されたもの。
「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利改変禁止4.0 国際」ライセンスの下で許諾されています。

参考文献:
森美術館編著、『ロン・ミュエク』、美術出版社、2026年(展覧会カタログ)

 

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