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2026年08月25日
【芸術学コース】美術史入門者の頃
こんにちは、業務担当非常勤講師の白石恵理です。
8月も半ばを過ぎ、4月の入学式から早くも半年が経とうとしています。
主に新入生を対象としたスクーリング「芸術学研修K1」が、今年も6月に京都で開講され、私も同行しました。実は、その時の学生との短い会話が今でも気になっています。
午前中に京都国立近代美術館のコレクション展を見学し、次の京都市京セラ美術館のコレクションルームをめぐっている時でした。ある学生が真剣な顔つきで「先生は、前の美術館で何か気に入った作品はありましたか」と聞いてきたのです。私が一つ気になった陶芸作品について答えると、その学生はとても困ったという表情で「私には一つも好きな作品がなかったんです」と言いました。言外に「これって、何か問題でもあるのでしょうか」という含みが感じられて、一瞬答えに窮しましたが、結局「それでいいと思いますよ」と返しました。学生は腑に落ちない様子で離れていき、私も言葉足らずを少し後悔しました。
あの時、「それでいい」という答えは決して間違いではなかったと思うのですが、おそらく学生が期待したのは、そういうことではなかったのだと反省しています。作品を「好き」「嫌い」という独自の感性で即断するほかに、「決して好きではないけれど、面白い」とか、「別の見方もできるかも」と、作品を前に逡巡するような余地がどのように見出せるのかと、本当は尋ねたかったのではないでしょうか。深読みし過ぎかもしれませんが、芸術学や美術史を学ぶ「学生」と作品との向き合いかたをあらためて考えさせられました。
初めて「美術史」を学び始めようとすると、その世界はあまりにも広く深遠で、どこから手をつけてよいのか、戸惑う人が多いかと思います。自分が初学者だった頃を振り返ると、美術館・博物館に足繁く通い、できるだけ多くの実作品と相対するのは当然ながら、まずはやはり、基本と思われる図書を片っ端から読みあさりました。「芸術学」や「美術史学」とは何かを説くような入門書を皮切りに、より興味ある分野の専門書へと手を伸ばし、何はともあれ、地道に知識を深めていく。オーソドックスではありますが、基礎から応用へ、そして独創(独自の発見)へというプロセスは、どの学問も同じだと思います。そして、他人の著作をたくさん読むことは、自分自身の「書く」作業の栄養にもなります。この時期は特に、読書をお勧めします。
今回はせっかくの機会なので、私が90年代に美術史を学び始めた頃に集めた本の中から、とびきり読みやすく、今でも色褪せず役に立つであろう一冊をご紹介しましょう。

『絵画の探偵術』(島本浣・岸文和編、昭和堂、1995年)。楽しそうな題名に、書店で迷わず手に取った記憶があります。この本はまさに「あと「少し」何かを知ったらもっと楽しくなるだろうに、と感じている人たち」(「はじめに」より)に向けた、絵画の見かたの指南書です。絵を見るための学習は、外国語を学ぶことに似ているというユニークなコンセプトを基に、本文は「解釈編」「文法編」「歴史編」「資料編」の大きく4部構成となっています。全編を通して西洋と日本の絵画を同時に扱っていて、東西のイメージ比較ができるのも初学者にはうってつけです。
外国語の学習プログラムの「リーダー」に相当する、第Ⅰ部「解釈編」では、〈物語る〉〈讃える〉〈世界を観る〉〈記録する〉〈誇示する〉といった絵画作品の持つ「機能」に着目し、グループごとに読解が進められます。たとえば、〈物語る〉絵画では、旧約・新約聖書の世界や仏陀の生涯をめぐるイメージから、東西の古典モティーフまでが紐解かれ、〈誇示する〉絵画では、画家が自らの技術や知識をいかに誇示したかを大胆にあぶり出します。第Ⅱ部「文法編」では、遠近法、明暗法、時間表現、身ぶりの意味、構図といった、絵画の基本規則(グラマー)が学べます。
本書が刊行された時期は、伝統的な美術史学の解釈観を批判的に検証しようとする研究理論が「ニュー・アート・ヒストリー」と呼ばれ、脚光を浴びていました。従来の「様式論」や「図像学」に加え、社会史やジェンダーの視点から作品を解釈するといった、今では珍しくない方法論が受容され出したのは、実はつい最近のことだとわかります。第Ⅲ部「歴史編」巻末の参考文献には『女・アート・イデオロギー』(ポロック/パーカー、1992年)や『日本美術史の方法論』(清水善三、1994年)などが挙げられ、当時の最新動向に関しても目配りされています。

唯一、令和の今との大きなギャップを感じさせるのは、第Ⅳ部「資料編」です。テキストや画像のデジタル化が進んだ現在、特に通信で学ぶ学生の情報ソースはネット環境が中心ですが、90年代はまだ紙媒体が主流でした。そのため、美術図書の探索場所として、大学図書館、美術館内の図書館のほか、東京・大阪・京都の書店名と電話番号(!)が数多く、具体的に挙げられています。当時としてはありがたい情報でしたが、例えば京都だけを見ても、掲載された多くの書店が今は姿を消しています。ただ、こうやって古いリストを眺めていると、今度の休日、展覧会へ行ったついでに、ぜひ古書店も訪ねてみようと思えるから不思議です。
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8月も半ばを過ぎ、4月の入学式から早くも半年が経とうとしています。
主に新入生を対象としたスクーリング「芸術学研修K1」が、今年も6月に京都で開講され、私も同行しました。実は、その時の学生との短い会話が今でも気になっています。
午前中に京都国立近代美術館のコレクション展を見学し、次の京都市京セラ美術館のコレクションルームをめぐっている時でした。ある学生が真剣な顔つきで「先生は、前の美術館で何か気に入った作品はありましたか」と聞いてきたのです。私が一つ気になった陶芸作品について答えると、その学生はとても困ったという表情で「私には一つも好きな作品がなかったんです」と言いました。言外に「これって、何か問題でもあるのでしょうか」という含みが感じられて、一瞬答えに窮しましたが、結局「それでいいと思いますよ」と返しました。学生は腑に落ちない様子で離れていき、私も言葉足らずを少し後悔しました。
あの時、「それでいい」という答えは決して間違いではなかったと思うのですが、おそらく学生が期待したのは、そういうことではなかったのだと反省しています。作品を「好き」「嫌い」という独自の感性で即断するほかに、「決して好きではないけれど、面白い」とか、「別の見方もできるかも」と、作品を前に逡巡するような余地がどのように見出せるのかと、本当は尋ねたかったのではないでしょうか。深読みし過ぎかもしれませんが、芸術学や美術史を学ぶ「学生」と作品との向き合いかたをあらためて考えさせられました。
初めて「美術史」を学び始めようとすると、その世界はあまりにも広く深遠で、どこから手をつけてよいのか、戸惑う人が多いかと思います。自分が初学者だった頃を振り返ると、美術館・博物館に足繁く通い、できるだけ多くの実作品と相対するのは当然ながら、まずはやはり、基本と思われる図書を片っ端から読みあさりました。「芸術学」や「美術史学」とは何かを説くような入門書を皮切りに、より興味ある分野の専門書へと手を伸ばし、何はともあれ、地道に知識を深めていく。オーソドックスではありますが、基礎から応用へ、そして独創(独自の発見)へというプロセスは、どの学問も同じだと思います。そして、他人の著作をたくさん読むことは、自分自身の「書く」作業の栄養にもなります。この時期は特に、読書をお勧めします。
今回はせっかくの機会なので、私が90年代に美術史を学び始めた頃に集めた本の中から、とびきり読みやすく、今でも色褪せず役に立つであろう一冊をご紹介しましょう。

表紙の絵は、川原慶賀《洋人絵画鑑賞図》紙本着色、1820−30年頃
『絵画の探偵術』(島本浣・岸文和編、昭和堂、1995年)。楽しそうな題名に、書店で迷わず手に取った記憶があります。この本はまさに「あと「少し」何かを知ったらもっと楽しくなるだろうに、と感じている人たち」(「はじめに」より)に向けた、絵画の見かたの指南書です。絵を見るための学習は、外国語を学ぶことに似ているというユニークなコンセプトを基に、本文は「解釈編」「文法編」「歴史編」「資料編」の大きく4部構成となっています。全編を通して西洋と日本の絵画を同時に扱っていて、東西のイメージ比較ができるのも初学者にはうってつけです。
外国語の学習プログラムの「リーダー」に相当する、第Ⅰ部「解釈編」では、〈物語る〉〈讃える〉〈世界を観る〉〈記録する〉〈誇示する〉といった絵画作品の持つ「機能」に着目し、グループごとに読解が進められます。たとえば、〈物語る〉絵画では、旧約・新約聖書の世界や仏陀の生涯をめぐるイメージから、東西の古典モティーフまでが紐解かれ、〈誇示する〉絵画では、画家が自らの技術や知識をいかに誇示したかを大胆にあぶり出します。第Ⅱ部「文法編」では、遠近法、明暗法、時間表現、身ぶりの意味、構図といった、絵画の基本規則(グラマー)が学べます。
本書が刊行された時期は、伝統的な美術史学の解釈観を批判的に検証しようとする研究理論が「ニュー・アート・ヒストリー」と呼ばれ、脚光を浴びていました。従来の「様式論」や「図像学」に加え、社会史やジェンダーの視点から作品を解釈するといった、今では珍しくない方法論が受容され出したのは、実はつい最近のことだとわかります。第Ⅲ部「歴史編」巻末の参考文献には『女・アート・イデオロギー』(ポロック/パーカー、1992年)や『日本美術史の方法論』(清水善三、1994年)などが挙げられ、当時の最新動向に関しても目配りされています。

神戸市内のある古書店風景(筆者撮影、2026年8月)
唯一、令和の今との大きなギャップを感じさせるのは、第Ⅳ部「資料編」です。テキストや画像のデジタル化が進んだ現在、特に通信で学ぶ学生の情報ソースはネット環境が中心ですが、90年代はまだ紙媒体が主流でした。そのため、美術図書の探索場所として、大学図書館、美術館内の図書館のほか、東京・大阪・京都の書店名と電話番号(!)が数多く、具体的に挙げられています。当時としてはありがたい情報でしたが、例えば京都だけを見ても、掲載された多くの書店が今は姿を消しています。ただ、こうやって古いリストを眺めていると、今度の休日、展覧会へ行ったついでに、ぜひ古書店も訪ねてみようと思えるから不思議です。
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